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思春期じゃあるめえに。

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 市井は相変わらず雑多であった。穢に侵入を許した事で、大いに暴れまわれたのが楽しかったのか、稀に力比べと称して妖かし同士の喧嘩などが勃発し、取り締まる以外は特に変わらぬ日常を取り戻していた。
 琥珀はというと、漢方臭い部屋の中で、酷く不機嫌な顔つきで胡座をかいていた。

「おいらの部屋から出てってくれよぉ!!治安悪い顔面で客足遠のくわぁ!!」
「うるせえ、もうちっと声を絞りやがれってんだ。」
「なにこの理不尽!」

 天井からいくつも吊るされた乾燥した草花や、何が入っているかわからない、漆塗りの小さな引き出しがいくつもはめ込まれている棚。天嘉はここをノスタルジックと宣って、松風の首をよく傾けている。琥珀も知らぬその単語の説明を求めても、ざっくばらんとしてよくわからない、雰囲気みたいな?とか言っていたか。
 乾燥した鹿の角まである。琥珀はそれを目にして、チィッと囀るように舌打ちをした。

「おいらの仕事部屋なのに、無言の抗議をかんじる…」
「なんでそんなもん置いてんだ。」
「滋養強壮とかに聞くんだよ、後は鎮痛、血行良くしたり筋力向上したり。」
「ふうん。」
「興味ないなら聞くなよなあ!」

 珊瑚のような短いそれを、ずい、と松風の方に寄せる。何だか気分的に側に置きたくはなかったのだ。琥珀のよくわからぬ行動は今に始まったことではない。松風は無言でそれを手に取ると、素材を駄目にされる前に引き出しの中に仕舞った。

「まったく、なんか相談があるんなら聞きゃあいいのに、変なとこでかっこつけなんだから。」
「……格好つけてねえ。」
「ほう、なら言ってごらんよ、どうらお兄さんに言ってみなさい。」
「クッ、顔がムカつく…!」

 にまにまと整った顔を意地悪に歪めて見つめてくる松風に、琥珀はぎりぎりと歯を鳴らす。今日の琥珀は誂い甲斐があって大変よろしいと尾を振る松風が、素材の一つである高麗人蔘を取り出すと、琥珀はますます渋い顔をした。

「おや、人参嫌いだったかね。」
「それ、買ってこいって睡蓮に言われたんだ。」
「高麗人蔘を?」
「普通の人参。でかくておおきいの。」
「おや、琥珀が頭悪いこと言ってる。」

 でかいもおおきいも同じじゃんかよ。そう言って笑う松風の持つ高麗人蔘を摘み上げる。

「高麗人蔘はウコギの仲間で、普通の人参はセリの仲間だよ、似てるからそう呼ばれてるだけで、こんなん睡蓮が買ってこいだなんて言うわけ無いじゃん。」
「これなら丁度いい大きさだと思うんだがな。」
「…丁度いい大きさってなにさ。」

 琥珀の呟きに不穏なものを感じた松風が、値の張るそれを琥珀の手から奪い取る。松風は仕事にならないと悟ったのか、漢方を作る手を止めると、卓袱台を引き寄せた。

「あいつ、発情期なんだよ。」
「おうっふ、おま、そういうのって持っと柔らかく言うもんじゃねえの!」
「繁殖期?」
「ちが、もー!!おいら睡蓮に嫌われたくねえんだけど!」

 それでも、やはり松風だって男だし、そういう話題は嫌いではない。大きな耳はしっかりと琥珀の方に向いているあたりむっつりであった。

「発情期、相手も居ねえでどう乗り切るんだって聞いたんだ。そうしたら、あいつ人参を使うんだってよ。」
「…やめ、だ、大胆…って、そ、そんなことあるか!?あ、まて。だからって、お、大きさってそういう意味!?」
「兎の姿で乗り切るんだと。普通の人参だと破裂しちまうだろうに、口がでけえから平気とか言いやがる。」

 胡座をかき、はき捨てるように宣う。松風は顔を赤らめながら、なるほどなあとしたり顔である。確かに大きさ的には…と考えて、はたと気がついた。

「いや思春期かよ!!」
「あ?」
「下のお口なわけねえじゃん!!上のお口に決まってんじゃん莫迦かよ!!」

 松風が卓袱台をひっくり返す。雷親父さながらの振る舞いに、それを受け止めた琥珀は不機嫌な顔である。
 松風は、人型で人参を使うとかならわかるけどさ、と頬を染めつつ宣う。琥珀によって押し返された卓袱台を元の通りに設置すると、おほんと咳払いを一つした。

「あのねえ、おいら達は雄だから可愛い子への視線が不適なものになっちまうのは仕方ねえけども、拗らせた考えで突っ走るのはいけねえよ。」
「あん?」
「それに睡蓮は前も後ろも知らねえもの。だって、由春がそう言ってたし。」
「なんでそこで由春が出てくるんだあ。」

 すぐ不機嫌になるじゃん!!と引きつり笑みを浮かべたが、松風は気を取り戻すと、常識を解くように琥珀を見つめた。

「まず、兎の好物は人参だ。」
「知ってら。」
「だよな、ほんで睡蓮の好物も人参。」
「知ってらあって。」
「だからさ、そんな好物を尻に嵌めるかね。雄を知らねえのに。」
「知って…、」

 松風の言葉に、琥珀の口が止まる。その分かりやすく固まった琥珀の様子に、松風はホラなと言わんばかりである。琥珀は思い込むきらいがある。しかも、妙な方向に。危うく松風も引き摺られて下衆な方向に思考を飛ばしたが、あのほんわかして下ねたも言えぬ睡蓮が、好物を尻に収めて己を慰めるわけがないのだ。

「~~っ、くそ、童貞でもあるめえに…。」

 頭を抑え、羞恥ここに極まれりと言わんばかりに琥珀が顔を歪ませる。顔を赤らめても様になるとはどういう了見だと思いながら、松風は少しばかし誂ってやるかと染み染みとした顔で言った。

「わかるよ、好きな子にゃあ邪な妄想しちまう気持ち。おいらだってお加代ちゃんでそういう妄想しちまうもの。」
「だまれ筋肉達磨、別に睡蓮はそういうんじゃねえし。」
「おやぁ食い気味。琥珀の思春期はいつになったら終わるのかしら。」

 口をむすりと尖らせ、興が冷めたと話題を終わらせようとする琥珀に、松風はその男らしい腕をがしりとまわして引き寄せた。

「おいら知ってンだからね。お前さんが血相変えて睡蓮抱えて帰ってきたこと。」
「だから、それは俺のせいで、」
「おやおやぁ、マ、そう言ってられんのも今のウチってね。」
「わけ分かんねえこと言うな、くそ。」

 松風の腕を振り払うと、琥珀は邪魔したなと言葉を添えて立ち上がる。にまにましたその顔がムカつく。下駄を履いて引き戸を開けると、松風がおおいと声をかけてきた。

「いる?」
「いらねえ!!!」

 松風の指先に摘み上げられた高麗人蔘を見て、琥珀が喚く。松風は、普段誂われている分楽しくて仕方がない。年下の可愛らしい弟分である琥珀の恋事情など、存ぜぬのは本人達ばかりである。
 肩を怒らせて出ていく姿を見送る。やれやれといった顔で、松風は高麗人蔘を棚にしまい込む。

「あーーんだけ睡蓮を大事にしといてちげえだもんなあ。恋の枕草紙でも買ってやろうかしら。」
  
 わは、と笑う。きっと八百屋に行って人参を買うのだろう、琥珀の買い物なんぞに興味はないが、今回ばかりは琥珀の目利きは見ものだろうなあと、少しだけ興味が湧いた松風であった。



 結局、無駄に五本も買ってしまった。多いと思う。結局どれだって良いだろうに、それを美味そうに齧る睡蓮を想像してしまったのだ。別に邪な想像では無いはずなのに、それすらも慌てて振り払ったが。

「ちょいと琥珀、お寄りよ。」
「おや、今日の店番はお前さんかい。」
「あん、お前さんじゃなくて、きちんとおしのと呼んでおくれよ。」

 反物屋を営む飛縁魔のおしのは、男食いで有名ないろおんなであった。無論、琥珀も世話になったことがあったが、どうやら余程気に入りになったらしく、こうして市井に琥珀が繰り出していると聞きつけては、嬉々として店先に顔を出すようになったという。

「おしのよ、お前さん賃金を貰ってる身分なんだから、きちんと仕事をしてやらねえと。」
「野暮なこと言うじゃないか。あんたが嫁探ししてるって広まってなければ、あたいらだってこうして現を抜かさなくて済むんだよ?」
「俺のせいだってか、随分と罪な男になったもんだ。」

 しなだれかかるおしのが、琥珀の手に抱えられた人参を見る。お使いでも頼まれているのだろうか、こういうところを見ると、まだ琥珀が若いのだと思ってしまう。

「かわいらし、天嘉殿から任されたのかい?あんたたち雁首揃えて面が良いから、揃っていたらもっと仕事にならなかったかも。」

 胸を押し付けるように腕に抱きつくおしのを、やんわりと嗜めるように体を離させる。いつもの琥珀なら、その気のときは相手にしてくれるというのに、おしのは不思議そうな顔で見上げると、琥珀はにこりと微笑んだ。

「俺あまだ器がデカくねえから、嫁は取らねえって決めたんだ。おしの、広めといてくれ。」
「嫁はとらないって、なんでまた?」
「器がデカくねえしな。それに、女遊びもしねえ。ちっと落ち着かねえと、ダチに示しもつくめえよ。」

 男の友情ってやつかい?おしのは素直に体を離すと、その柔らかそうな唇をつんと尖らせた。

「声掛けてくれてありがとよ、おしの。お前さんも別嬪なんだからよ、手短で気に入りに探すのやめとけよ。お前ならもっと選び放題だろうしな。」
「あら、女を喜ばせるのが上手いのは相変わらずだねえ。」

 そりゃあよかった。にこりと笑う。普段なら抱擁の一つでも交わして去るのだが、琥珀は人参を買ってからずっと睡蓮が頭にチラついていた。おしのに別れを告げて家路の道を歩みながら、松風の言葉が琥珀の思考を少しずつ染めていく。

ーわかるよ、好きな子にゃあ邪な想像しちまう気持ち。

 思えば、今までそういった想像をしてきたことが無かったのだ。琥珀は、それなのに睡蓮でその想像をしてしまったのだ。発情期の甘い匂いが鼻に残る。それがなんだか癪で、そして少しだけ悔しかった。


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