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潜入、薔薇色のキャンパスライフ
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日差しが暖かくなってきた最近だ。お布団をお外に干して、太陽をたくさん吸い込んだフカフカのそれに、凪が嬉しそうに飛び込んでくる時期でもあった。
今日は休日だけど、なにやら通っている大学で新入生を対象にしたスポーツ大会があるらしい。本来ならば二年生になった俊君が参加することもないのだが、正親さんの仕事柄武道に明るい俊君にパンダになってほしいとか頼みこまれたそうだ。
「いわゆる、客寄せパンダってやつですねえ」
俊くんのミスコンでの戦利品である、ドラム式洗濯機の窓にほっぺたをくっつけた凪は、なにが楽しいのかふんふんとやけにご機嫌である。
今朝は大学に出かける俊君の足にしがみついて、ホギャー! と大騒ぎしていた小さな頭に手を置いた。
僕は眺めていたスマートフォンを尻ポケットに入れると、凪の両脇に手を差し込んで抱き上げる。
「凪くん、パパお昼ぐらいには絶対に上がるって」
「おひる?」
「そ、お昼ご飯遅くなっちゃいそうだけど、パパに会いに大学行く?」
「ふぉ……」
お目目をキラキラにした凪のほっぺは瞬く間に赤くなる。短い手足を引き延ばして元気に喜ぶ姿に思わず笑うと、ちょうど洗濯も終わったらしい。まるで干すのを忘れるなといわんばかりに機械音がなった。
「凪くんお洗濯干すお手伝いからお願いします!」
「いーよぅ!」
短い腕を伸ばして、良い子のお返事。じゃあまずは、君のおねしょシーツから干しに行こうか。
雨で中止になればよかったのに。
そんな、そっけないことを思っていることがバレたら、きっと教授は面倒くさく拗ねるのだろう。
俊君の整った顔には、朝からわかりやすく影が落ちていた。
通っている大学には、スポーツ学科がある。敷地内には駄々っ広い競技場なんかもあり、スポーツイベントの時以外はあまり訪れることもない場所だった。
だからこそ、経済学専攻の俊くんはスポーツ学科に関わることもないだろうと思っていたのだが。
「ねえ、片手間でいいから受けにこない? スポーツ経済学の授業」
「片手間で受けるような授業じゃ絶対ないでしょ」
休日に俊君が駆り出される原因となったのは、馴れ馴れしく肩に腕を回す経済学部教授である田所のせいである。
某有名な経済ジャーナル雑誌に論文を掲載されたこともあるほか、スポーツ理学療法士としての資格も持つ田所はアルファだ。
そして、俊くんに番いがいることも知っている。
「いいじゃんいいじゃん、正親さんとこの理学療法士受けたんだからさあ」
「マジで……俺の知らないところで繋がり作るのやめてもらえますか……」
「ええ、だってお誘い受けたら断るわけなくない? お賃金いいしねえ」
そして、俊くんが田所の頼みを断れない一番の理由。それは、父親である正親の経営する警備会社社員で構成される、実業団バスケットボールチームの理学療法士を田所が務めることになったからである。
『田所先生との約束だから、きちんと果たすように』
有無を言わさぬ正親の笑顔が、俊くんの頭をよぎる。休日はしっかりと家族で過ごしたいから、会社の道場へは行かないという約束は果たされている。しかし、まさかこんな騙し討ちみたいなことをされるとは思わなかった。
「いいじゃん、昼過ぎには開放するから。人助けだと思ってさあ」
「わかった、わかりましたよ」
やけに大きな荷物を持っているなとは思っていたが、どうやらそれは俊君に貸す道着だったらしい。剣道の一式が揃った大きなカバンを押し付けられて、荷物よりも重いため息が漏れる。
どうやら剣道部は入部希望が年々減っているらしく、このままいけば部として認められなくなってしまうという。そこで白羽の矢が立ったのが俊君だ。
実家が警備会社を経営していることもあり、一通りの武道は嗜んでいるのだ。背中を押されるように、新入生が集まるスポーツ学科の保有する体育館へと連れて行かれる。敷地内は文化祭のような賑々しさだ。飛び交うチラシは、どれも勧誘ばかり。文化祭じゃあるまいし、なぜか経済学部のお料理サークルが出店までやっていて二度見した。
「祭りじゃねえってのに」
「なに言ってんの、祭りだよ。ご覧よスポーツ学科のむさ苦しい男どもの目を。探してるのは部員だけじゃないよ、薔薇色のキャンパスライフを彩るオメガちゃんとか恋人を探している獣たちの集いでもある」
「教師のくせになんてこと言いやがる」
雄々しい男どもが蔓延るには、キャンパス内は非常に整えられている。等間隔に植えられた欅の木に囲まれるように、石畳の通りを新入生が続々と歩いてくる。まだ部活を決めていないからと参加した純粋な入部希望者は一握りだろう。道場へと向かう道すがら、初々しい彼らを見下ろしながらそんなことを思った。
今日は休日だけど、なにやら通っている大学で新入生を対象にしたスポーツ大会があるらしい。本来ならば二年生になった俊君が参加することもないのだが、正親さんの仕事柄武道に明るい俊君にパンダになってほしいとか頼みこまれたそうだ。
「いわゆる、客寄せパンダってやつですねえ」
俊くんのミスコンでの戦利品である、ドラム式洗濯機の窓にほっぺたをくっつけた凪は、なにが楽しいのかふんふんとやけにご機嫌である。
今朝は大学に出かける俊君の足にしがみついて、ホギャー! と大騒ぎしていた小さな頭に手を置いた。
僕は眺めていたスマートフォンを尻ポケットに入れると、凪の両脇に手を差し込んで抱き上げる。
「凪くん、パパお昼ぐらいには絶対に上がるって」
「おひる?」
「そ、お昼ご飯遅くなっちゃいそうだけど、パパに会いに大学行く?」
「ふぉ……」
お目目をキラキラにした凪のほっぺは瞬く間に赤くなる。短い手足を引き延ばして元気に喜ぶ姿に思わず笑うと、ちょうど洗濯も終わったらしい。まるで干すのを忘れるなといわんばかりに機械音がなった。
「凪くんお洗濯干すお手伝いからお願いします!」
「いーよぅ!」
短い腕を伸ばして、良い子のお返事。じゃあまずは、君のおねしょシーツから干しに行こうか。
雨で中止になればよかったのに。
そんな、そっけないことを思っていることがバレたら、きっと教授は面倒くさく拗ねるのだろう。
俊君の整った顔には、朝からわかりやすく影が落ちていた。
通っている大学には、スポーツ学科がある。敷地内には駄々っ広い競技場なんかもあり、スポーツイベントの時以外はあまり訪れることもない場所だった。
だからこそ、経済学専攻の俊くんはスポーツ学科に関わることもないだろうと思っていたのだが。
「ねえ、片手間でいいから受けにこない? スポーツ経済学の授業」
「片手間で受けるような授業じゃ絶対ないでしょ」
休日に俊君が駆り出される原因となったのは、馴れ馴れしく肩に腕を回す経済学部教授である田所のせいである。
某有名な経済ジャーナル雑誌に論文を掲載されたこともあるほか、スポーツ理学療法士としての資格も持つ田所はアルファだ。
そして、俊くんに番いがいることも知っている。
「いいじゃんいいじゃん、正親さんとこの理学療法士受けたんだからさあ」
「マジで……俺の知らないところで繋がり作るのやめてもらえますか……」
「ええ、だってお誘い受けたら断るわけなくない? お賃金いいしねえ」
そして、俊くんが田所の頼みを断れない一番の理由。それは、父親である正親の経営する警備会社社員で構成される、実業団バスケットボールチームの理学療法士を田所が務めることになったからである。
『田所先生との約束だから、きちんと果たすように』
有無を言わさぬ正親の笑顔が、俊くんの頭をよぎる。休日はしっかりと家族で過ごしたいから、会社の道場へは行かないという約束は果たされている。しかし、まさかこんな騙し討ちみたいなことをされるとは思わなかった。
「いいじゃん、昼過ぎには開放するから。人助けだと思ってさあ」
「わかった、わかりましたよ」
やけに大きな荷物を持っているなとは思っていたが、どうやらそれは俊君に貸す道着だったらしい。剣道の一式が揃った大きなカバンを押し付けられて、荷物よりも重いため息が漏れる。
どうやら剣道部は入部希望が年々減っているらしく、このままいけば部として認められなくなってしまうという。そこで白羽の矢が立ったのが俊君だ。
実家が警備会社を経営していることもあり、一通りの武道は嗜んでいるのだ。背中を押されるように、新入生が集まるスポーツ学科の保有する体育館へと連れて行かれる。敷地内は文化祭のような賑々しさだ。飛び交うチラシは、どれも勧誘ばかり。文化祭じゃあるまいし、なぜか経済学部のお料理サークルが出店までやっていて二度見した。
「祭りじゃねえってのに」
「なに言ってんの、祭りだよ。ご覧よスポーツ学科のむさ苦しい男どもの目を。探してるのは部員だけじゃないよ、薔薇色のキャンパスライフを彩るオメガちゃんとか恋人を探している獣たちの集いでもある」
「教師のくせになんてこと言いやがる」
雄々しい男どもが蔓延るには、キャンパス内は非常に整えられている。等間隔に植えられた欅の木に囲まれるように、石畳の通りを新入生が続々と歩いてくる。まだ部活を決めていないからと参加した純粋な入部希望者は一握りだろう。道場へと向かう道すがら、初々しい彼らを見下ろしながらそんなことを思った。
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