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お前のママじゃない 1
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その日、男はお目当ての人物がいるマンションの目の前で立ち尽くしていた。
目的を決行するために、集めた情報を握りしめて。
ことは2週間ほど前に遡る。信号を渡ろうとして盛大にころんだ男を優しく助け起こしてくれた、中性的なオメガの彼。左手の薬指には指輪をはめていたので既婚者だろう。
周りの人が邪魔そうに避けていく中、彼だけは駆け寄って手を貸してくれた。
紙袋からこぼれたオタクならではのちょっとエッチな漫画やポスターも、嫌な顔せずに拾って紙袋にいれてくれたのだ。
「痛いところはない?」
「は、はは、はひっ、あ、かんじゃっ、はいっ!」
「あはは!ごめんね、大人の男の人だったよねぇ。つい癖で…」
「あ、あひっぁ、や、そそそそ、そんなっは、はは
っ」
「はい、じゃあ大丈夫そうだからもう行くね、今度は転ばないようにねぇ。」
バイバイ。そういって微笑んで手を振ってくれた彼。
今でもまぶたに焼き付いているのは、まるでママのような優しさで膝の汚れを取り払ってくれたあの瞬間だ。
同人誌ではたくさん見てきた、ちょっと優しいエッチなお兄さん。
一番推しだったキャラクターに、彼が似ているからということもあるのかもしれない。
男は回想を終えると、あの時ばら撒いた同人誌の中から一冊を手に取った。
それは、自分のような太っちょなオタクがエッチなお兄さんに優しくあやされる、そう、いわゆる赤ちゃんプレイといわれる特殊性癖を描いた物語だった。
「まま…か、」
彼なら、あの優しい彼なら押せばいけるんじゃないだろうか。
なんて夢みたいな物語。くっ、と目頭を抑えると、男はペンを手に取った。
今芽生えた尊さを絵にしなくてはオタクが廃る。
男は、男性向けのエロ同人を描く作家でもあったのだ。
さかさかと描き始めたペンを止めるものは誰もいない。さながらこだわりの強い名画の画伯のような鬼気迫る表情でかきあげたそれは、新しい物語の主人公だ。
線の細い、それでいて愛情深い表情で手を差し伸べる裸の男性。それは、あのとき助けてくれた彼にそっくりだった。
やがてことりとペンを置くと、そっと虚空を見つめる。
「そうだ、取材にいこう。」
よりリアルを出すためには、取材が必要だ。
こうして、男による運命のメスお兄さんの日常を切り取るための、ストーカーとも言える行為が始まったのだった。
「ぶぇっくしゅん!」
「なんだ、母さん風邪かあ?」
「うぅ、なんだろ。最近寒気がひどくて…」
さすさすと腕を摩擦するきいちの肩に、そっと千颯がブランケットをかけた。
凪は、相変わらずそつがない弟に顔を顰めると、きいちの横を陣取ったまま千颯を見上げた。
「マザコン。」
「凪と違って、素直なのでねえ。」
嫌味っぽく笑う千颯は凪の反対側に腰掛けると、ふたりしてきいちを挟む形になった。俊くんはお礼参り?とやらで外出しており、きいちは凪が借りてきたホラー映画をリビングで見ようとリモコン片手にソファーに腰掛けていた。
「ちぃブランケットありがと、凪くんもちぃも僕の隣から離れないでね。」
「苦手なら見なきゃいいだろ?」
「苦手でもみたいんですぅ!」
「僕も怖いので手を握ってくれますか。」
「いいよいいよ!3人で握ろっ」
息子たちに挟まれて、指を絡ませながらクチャっとした顔で薄目を開ける。これがきいちのホラーを見るときのスタイルだ。
千颯は基本的に幽霊もゾンビも怖くないので、きいちには甘えて手を繋いでもらってはいるが、足を組んでコーヒーを飲みながら余裕の顔だ。
凪はというと、これもまた映画だとわかっているせいか、なんとなく次の展開が読める作品についは怯えることもない。
シーンは暗がりを歩くヒロインが、うさぎのお面を被った殺人鬼に追いかけられるという場面が、鬼気迫る効果音と共に流れた。
「うわっ、…わっ、あー‥っ、」
両手を握られているために、足をはねさせるくらいしか出来ない。きいちはぴょこんと時折膝をはねさせながら、凪の肩に顔を埋めたり、千颯のほうに寄りかかったりとせわしなくビビる。
やがてその最初の恐怖のシーンから場面が変わると、ソファーの背もたれに背を預けたきいちは二人の手を握りしめたまま言った。
「なんか、つい怖くて振り向いちゃうよねぇ。」
「うちのなかですよ母さん、なにもいませんって。」
「そうだよねえ。つい、いつもの癖で」
「いつもの?」
ぴくりときいちが漏らした一言に反応したのは、凪だ。
「いや、ほらさぁ。僕あんま夜道歩かないけど、こないだ俊くん迎えに行ったときにさ。」
そう続けると、先日起こった奇妙な体験をかたる。
それはある雨の日のことだ。傘を忘れた俊くんを向かえに、傘を抱えて歩き慣れた道を歩いていた時、背後から唸るような声が聞こえたという。
「うう~とか聞こえてさ、びっくりして思わず振り向いたらだぁれもいないの。」
「犬にでも唸られたんじゃねえの?」
「ええ?そうかなぁ。おばけだったらどうし、わぁっ!」
「ふふ、母さん油断してるからですよ。」
突然画面に現れたうさぎのお面をかぶった不審な人物に、ぴょんと跳ね上がり思わず凪に飛びついた。
千颯はくすくすわらいながらきいちの背中をなだめるように撫でる。
「あー、びっくりしたぁ。でもさ、この間も変なことあったんだよ。」
「またおばけか?」
「いや、ベランダに干してた下着が落ちちゃってさ、通行人が拾ってくれたんだけど…」
僕の顔見たら握りしめて走り去っていったんだよねぇ。と続けるきいちに、眉間にシワを寄せたのは千颯である。
「え、それって下着泥棒では…」
「え?女性下着ならわかるけど僕だよ?」
「いや、母さんに関しては男という概念はあまり当てはまらないかと…」
頭にはてなをぽぽんと出す。きょとんとしたまま、よくわかんないけど、と呑気に語る。
「まあパンツの一枚やニ枚ならいいよ。うひぃっ」
「だから母さんは油断し過ぎだって…」
慌てて顔を隠すきいちに苦笑いすると、凪は千颯に目配せをする。瞬きで答えた千颯はきいちの肩に腕を回すとニッコリと微笑んだ。
「母さん、今日は買い物は僕が付き添いますよ。」
「え、まじで。ならお米買おっかな。」
「荷物持ちは任せてください。」
凪はというと映画に集中していると見せかけて考え事をしていた。きいちが変な男につきまとわれているかどうかは不確定だ。たまたま下着を握りしめて走り去っていった可能性…は無いな。ううん、しかし実害はパンツ位だ。
ピンポン、と呼び鈴が鳴る。はーいときいちが立ち上がって玄関に向かうのを、千颯が追いかけた。
「へんなのぉ。」
そんなことを言いながら、ビニール袋片手にきいちが戻ってきた。千颯もムスッとした顔でソファーに座り直すと、きいちがビニール袋から茶色い紙袋を取り出した。
「玄関の外にこれがかかっててさ、」
「え、家特定されてんの?」
「…やめてよ急に開けるの怖くなってきた。」
ホラー映画は一番の盛り上がりを見せている。きいちは小さく身震いすると、紙袋をそっとテーブルの端に追いやる。
「凪が変なこと言うから怖くなってきた!!」
「僕が開けましょう。」
むんずと紙袋を掴むと、千颯がワイルドにビリっと破く。いや広げればいいだろうと凪は思ったが、弟はこういう所がある。ガサガサと雑にテーブルの上で逆さにすると、白い封筒と共に下着が落ちてきた。
「あ、ぱんつ!」
その黒のボクサーは紛れもないきいちのものだった。この家で一番サイズが小さいそれをぴろりと広げると、ほのかに柔軟剤の香りがする。
凪はというと、同封されていた手紙を広げると引きつり笑みを浮かべた。
「きんも。」
「なになに、…思わず持ち去りましたが、返すのが遅くなってスミマセン。お陰様で実にいいものが出来ました。お返しします。かしこ。」
「かしこ!?」
「いや反応するとこそこじゃねえから…」
きいちがかしこというシメの文が余程面白かったのかケラケラと笑う。全くのんきなもので、なんで柔軟剤の香りがするのかとか、もっと考えないのだろうか。
千颯はニッコリと微笑んだまま力いっぱいそのパンツを引っ張り破くと、きいちがぎょっとした顔をする。
「僕のぱんつー!!あわわ、まだ履けたのにぃ…」
「履かせません。まったく、気色が悪い。母さんパンツ買いに行きましょう、今すぐ。米と共に。」
「米と一緒にパンツうってるスーパーなんてあるかなあ…」
しょぼくれながらパンツだった生地を捨てると、見ていた映画を止めた。なんだかもうそれどころではなかったからだ。
凪は一応封筒を俊くんに見せるかと決めると、冷蔵庫にマグネットで貼り付けた。
こうしておけば忘れない。忘れてもビールを取りに来る俊くんがおそらく気づくだろう。
凪は寝ると一言告げてから、俊くんにメッセージを送る。
ストーカーのような事をされてるようだ。端的にそう送ると、直様電話がかかってきた。
『凪、詳しく。』
「いや、母さんが盗られたパンツが玄関の外に引っかかってたんだよ。」
『…なんだそれは、きいちから聞いてねえぞ。』
「親父は?もう終わったん?」
『ああ、もう帰る。きいちはいるのか?』
「凪と晩飯の買い出し行くってさ。いつものスーパーだろ。」
『わかった。帰ったら話してみるわ』
ボディランゲージでですか。とは聞けなかった。
きいちの些細なことでも報告しろと言われているので、俊くんも大概に過保護である。
凪は、恐らく今夜はきいちは鳴かされるのだろうなと思いながら、スマホに充電器を差し込んだ。
そのタイミングで千颯がいつもよりも治安の悪い私服に着替えて入室してくる。
「威嚇する気満々じゃねえか。」
「誰の親に手ェ出してんのかわからせてやる。」
「そこは女が入るだろ普通…」
ぐるると不満をあらわにする弟に、もう俊くんには報告済だと伝える。むすっとしながらもうなずくと、きいちが千颯を呼ぶ。
こんなにヤクザまがいの見た目をしていても、可愛く「ちぃ、いこー!」と呼ばれるとすぐきご機嫌になって踵を返す。
我が弟ながらきちんとした恋愛はできるのだろうかと少しだけ心配になった凪だった。
目的を決行するために、集めた情報を握りしめて。
ことは2週間ほど前に遡る。信号を渡ろうとして盛大にころんだ男を優しく助け起こしてくれた、中性的なオメガの彼。左手の薬指には指輪をはめていたので既婚者だろう。
周りの人が邪魔そうに避けていく中、彼だけは駆け寄って手を貸してくれた。
紙袋からこぼれたオタクならではのちょっとエッチな漫画やポスターも、嫌な顔せずに拾って紙袋にいれてくれたのだ。
「痛いところはない?」
「は、はは、はひっ、あ、かんじゃっ、はいっ!」
「あはは!ごめんね、大人の男の人だったよねぇ。つい癖で…」
「あ、あひっぁ、や、そそそそ、そんなっは、はは
っ」
「はい、じゃあ大丈夫そうだからもう行くね、今度は転ばないようにねぇ。」
バイバイ。そういって微笑んで手を振ってくれた彼。
今でもまぶたに焼き付いているのは、まるでママのような優しさで膝の汚れを取り払ってくれたあの瞬間だ。
同人誌ではたくさん見てきた、ちょっと優しいエッチなお兄さん。
一番推しだったキャラクターに、彼が似ているからということもあるのかもしれない。
男は回想を終えると、あの時ばら撒いた同人誌の中から一冊を手に取った。
それは、自分のような太っちょなオタクがエッチなお兄さんに優しくあやされる、そう、いわゆる赤ちゃんプレイといわれる特殊性癖を描いた物語だった。
「まま…か、」
彼なら、あの優しい彼なら押せばいけるんじゃないだろうか。
なんて夢みたいな物語。くっ、と目頭を抑えると、男はペンを手に取った。
今芽生えた尊さを絵にしなくてはオタクが廃る。
男は、男性向けのエロ同人を描く作家でもあったのだ。
さかさかと描き始めたペンを止めるものは誰もいない。さながらこだわりの強い名画の画伯のような鬼気迫る表情でかきあげたそれは、新しい物語の主人公だ。
線の細い、それでいて愛情深い表情で手を差し伸べる裸の男性。それは、あのとき助けてくれた彼にそっくりだった。
やがてことりとペンを置くと、そっと虚空を見つめる。
「そうだ、取材にいこう。」
よりリアルを出すためには、取材が必要だ。
こうして、男による運命のメスお兄さんの日常を切り取るための、ストーカーとも言える行為が始まったのだった。
「ぶぇっくしゅん!」
「なんだ、母さん風邪かあ?」
「うぅ、なんだろ。最近寒気がひどくて…」
さすさすと腕を摩擦するきいちの肩に、そっと千颯がブランケットをかけた。
凪は、相変わらずそつがない弟に顔を顰めると、きいちの横を陣取ったまま千颯を見上げた。
「マザコン。」
「凪と違って、素直なのでねえ。」
嫌味っぽく笑う千颯は凪の反対側に腰掛けると、ふたりしてきいちを挟む形になった。俊くんはお礼参り?とやらで外出しており、きいちは凪が借りてきたホラー映画をリビングで見ようとリモコン片手にソファーに腰掛けていた。
「ちぃブランケットありがと、凪くんもちぃも僕の隣から離れないでね。」
「苦手なら見なきゃいいだろ?」
「苦手でもみたいんですぅ!」
「僕も怖いので手を握ってくれますか。」
「いいよいいよ!3人で握ろっ」
息子たちに挟まれて、指を絡ませながらクチャっとした顔で薄目を開ける。これがきいちのホラーを見るときのスタイルだ。
千颯は基本的に幽霊もゾンビも怖くないので、きいちには甘えて手を繋いでもらってはいるが、足を組んでコーヒーを飲みながら余裕の顔だ。
凪はというと、これもまた映画だとわかっているせいか、なんとなく次の展開が読める作品についは怯えることもない。
シーンは暗がりを歩くヒロインが、うさぎのお面を被った殺人鬼に追いかけられるという場面が、鬼気迫る効果音と共に流れた。
「うわっ、…わっ、あー‥っ、」
両手を握られているために、足をはねさせるくらいしか出来ない。きいちはぴょこんと時折膝をはねさせながら、凪の肩に顔を埋めたり、千颯のほうに寄りかかったりとせわしなくビビる。
やがてその最初の恐怖のシーンから場面が変わると、ソファーの背もたれに背を預けたきいちは二人の手を握りしめたまま言った。
「なんか、つい怖くて振り向いちゃうよねぇ。」
「うちのなかですよ母さん、なにもいませんって。」
「そうだよねえ。つい、いつもの癖で」
「いつもの?」
ぴくりときいちが漏らした一言に反応したのは、凪だ。
「いや、ほらさぁ。僕あんま夜道歩かないけど、こないだ俊くん迎えに行ったときにさ。」
そう続けると、先日起こった奇妙な体験をかたる。
それはある雨の日のことだ。傘を忘れた俊くんを向かえに、傘を抱えて歩き慣れた道を歩いていた時、背後から唸るような声が聞こえたという。
「うう~とか聞こえてさ、びっくりして思わず振り向いたらだぁれもいないの。」
「犬にでも唸られたんじゃねえの?」
「ええ?そうかなぁ。おばけだったらどうし、わぁっ!」
「ふふ、母さん油断してるからですよ。」
突然画面に現れたうさぎのお面をかぶった不審な人物に、ぴょんと跳ね上がり思わず凪に飛びついた。
千颯はくすくすわらいながらきいちの背中をなだめるように撫でる。
「あー、びっくりしたぁ。でもさ、この間も変なことあったんだよ。」
「またおばけか?」
「いや、ベランダに干してた下着が落ちちゃってさ、通行人が拾ってくれたんだけど…」
僕の顔見たら握りしめて走り去っていったんだよねぇ。と続けるきいちに、眉間にシワを寄せたのは千颯である。
「え、それって下着泥棒では…」
「え?女性下着ならわかるけど僕だよ?」
「いや、母さんに関しては男という概念はあまり当てはまらないかと…」
頭にはてなをぽぽんと出す。きょとんとしたまま、よくわかんないけど、と呑気に語る。
「まあパンツの一枚やニ枚ならいいよ。うひぃっ」
「だから母さんは油断し過ぎだって…」
慌てて顔を隠すきいちに苦笑いすると、凪は千颯に目配せをする。瞬きで答えた千颯はきいちの肩に腕を回すとニッコリと微笑んだ。
「母さん、今日は買い物は僕が付き添いますよ。」
「え、まじで。ならお米買おっかな。」
「荷物持ちは任せてください。」
凪はというと映画に集中していると見せかけて考え事をしていた。きいちが変な男につきまとわれているかどうかは不確定だ。たまたま下着を握りしめて走り去っていった可能性…は無いな。ううん、しかし実害はパンツ位だ。
ピンポン、と呼び鈴が鳴る。はーいときいちが立ち上がって玄関に向かうのを、千颯が追いかけた。
「へんなのぉ。」
そんなことを言いながら、ビニール袋片手にきいちが戻ってきた。千颯もムスッとした顔でソファーに座り直すと、きいちがビニール袋から茶色い紙袋を取り出した。
「玄関の外にこれがかかっててさ、」
「え、家特定されてんの?」
「…やめてよ急に開けるの怖くなってきた。」
ホラー映画は一番の盛り上がりを見せている。きいちは小さく身震いすると、紙袋をそっとテーブルの端に追いやる。
「凪が変なこと言うから怖くなってきた!!」
「僕が開けましょう。」
むんずと紙袋を掴むと、千颯がワイルドにビリっと破く。いや広げればいいだろうと凪は思ったが、弟はこういう所がある。ガサガサと雑にテーブルの上で逆さにすると、白い封筒と共に下着が落ちてきた。
「あ、ぱんつ!」
その黒のボクサーは紛れもないきいちのものだった。この家で一番サイズが小さいそれをぴろりと広げると、ほのかに柔軟剤の香りがする。
凪はというと、同封されていた手紙を広げると引きつり笑みを浮かべた。
「きんも。」
「なになに、…思わず持ち去りましたが、返すのが遅くなってスミマセン。お陰様で実にいいものが出来ました。お返しします。かしこ。」
「かしこ!?」
「いや反応するとこそこじゃねえから…」
きいちがかしこというシメの文が余程面白かったのかケラケラと笑う。全くのんきなもので、なんで柔軟剤の香りがするのかとか、もっと考えないのだろうか。
千颯はニッコリと微笑んだまま力いっぱいそのパンツを引っ張り破くと、きいちがぎょっとした顔をする。
「僕のぱんつー!!あわわ、まだ履けたのにぃ…」
「履かせません。まったく、気色が悪い。母さんパンツ買いに行きましょう、今すぐ。米と共に。」
「米と一緒にパンツうってるスーパーなんてあるかなあ…」
しょぼくれながらパンツだった生地を捨てると、見ていた映画を止めた。なんだかもうそれどころではなかったからだ。
凪は一応封筒を俊くんに見せるかと決めると、冷蔵庫にマグネットで貼り付けた。
こうしておけば忘れない。忘れてもビールを取りに来る俊くんがおそらく気づくだろう。
凪は寝ると一言告げてから、俊くんにメッセージを送る。
ストーカーのような事をされてるようだ。端的にそう送ると、直様電話がかかってきた。
『凪、詳しく。』
「いや、母さんが盗られたパンツが玄関の外に引っかかってたんだよ。」
『…なんだそれは、きいちから聞いてねえぞ。』
「親父は?もう終わったん?」
『ああ、もう帰る。きいちはいるのか?』
「凪と晩飯の買い出し行くってさ。いつものスーパーだろ。」
『わかった。帰ったら話してみるわ』
ボディランゲージでですか。とは聞けなかった。
きいちの些細なことでも報告しろと言われているので、俊くんも大概に過保護である。
凪は、恐らく今夜はきいちは鳴かされるのだろうなと思いながら、スマホに充電器を差し込んだ。
そのタイミングで千颯がいつもよりも治安の悪い私服に着替えて入室してくる。
「威嚇する気満々じゃねえか。」
「誰の親に手ェ出してんのかわからせてやる。」
「そこは女が入るだろ普通…」
ぐるると不満をあらわにする弟に、もう俊くんには報告済だと伝える。むすっとしながらもうなずくと、きいちが千颯を呼ぶ。
こんなにヤクザまがいの見た目をしていても、可愛く「ちぃ、いこー!」と呼ばれるとすぐきご機嫌になって踵を返す。
我が弟ながらきちんとした恋愛はできるのだろうかと少しだけ心配になった凪だった。
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