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2章

はじめましてこんにちは

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約束どおり、週末に葵を含めたいつものメンツが雁首揃えてやってきた。
昼すぎ、ちょうど授乳中に扉をガラリと開けて顔を出した学が、お前そんな声出したことないだろと思うくらいの甘ったるい声で叫んだ。

「うわぁあぁかぁぁあんわいいいぃぃ!!!」
「おわ、やっほー。こないだ俊くんが置いてっちゃってごめんねぇ。」
「ち、ちいさい…ええ、おめめ綺麗だねぇ…」
「へへ、火曜日にはもう退院きまったんだぁ。お外でれるのは一ヶ月からだから、先にみんなに顔見てほしくて。」

ふにふにと学が恐る恐る頬を突く。むず痒いのか顔をクシャッとさせると、まるで抗議するかのようにふんっと腕をゆるゆると動かした。学も葵も愛らしさにめろめろらしく、俊くんはその様子をみてニヤリと口元を歪めて笑う。心底ドヤ顔をし愛でられて嬉しいのだが、あんまりはしゃいで親ばかと言われるのも癪なので、まるで悪役のような笑顔になってしまったのは致し方ないだろう。
心の内では盛大にふんぞり返っているが。

「出産大変だったんだろ?何時間かかったん?」
「6時間かなあ。いやぁ、人生で経験したことのない痛みだった。多分あれ経験したら刺されたとしても余裕で動ける気がする。」
「え、し、強いて言えばどれくらい?」

自分も妊娠をしているからか、やはり葵も気になるようだった。益子はその例えにイマイチピンときていないが、当たり前だろう。当事者しかわからない痛みは、うまく表現できるものではない。

「タンスの角に足の小指ぶつける痛みの100倍はかたい。」
「うわあ…鈍痛かぁ…」

なんとも言えない顔をしながら葵が想像して身震いをした。益子も末永も、立ち会いをした俊くんの感想も気になるらしく、ほんとに悪気なくカジュアルな感じで聞いた。

「立ち会いって旦那なにすんの?応援すればいい?」
「陣痛を和らげるために撫でるとかは聞くが、」
「何もするな。」

まるで食い気味に低いトーンで言う。心の底から思っているとわかるような、トラウマを思い出すかのように眉間にしわを寄せながら。

「なにもするなって、なんかしらあるでし…」
「邪魔にならないところで息を殺しておけ。まじで、お産は、旦那はおとなしくしておけ。まじで。」
「お、おう…」

え、そんなに…?アルファ二人は怖くてそれ以上突っ込んで聞くことができなかったという。

一方きいちたちは凪を恐る恐る抱く葵が、きょとんとしたかおで見上げるつぶらな瞳の愛らしさに悶え、母乳でるかも。と割と真顔で言ったのが相当面白かったのか、こちらはこちらで大いに盛り上がっていた。

「凪が夜泣きしたときにさ、俊くんがぎこちなくあやそうとしたんだけど、乳首布越しに吸われて悲鳴上げてた。ある意味初乳あげたの俊くんかもしれない。」
「なにそれくっそうけるんですけど。俊が取り乱すとかどんだけだよ。まあ、あいつあやすの下手そうだもんな。」
「ふふ、でも良いお父さんになりそうだね。」
「うんうん、でもあやし方の様子がおかしいって新庄先生がめちゃくちゃわらってた。」

ほら、ときいちがスマホを取り出すと、先日おじさんちに送る用の動画撮影をしたファイルを開いた。
そこにはちゅむちゅむと謎の音が混じってはいるが、きょとんとした凪がカメラ目線で写っている。

「これ、この音。俊くんが気を引こうとしてずーーーっとちゅむちゅむ言わせるから凪もポカーンとしちゃってさ、」

野良猫じゃねんだからって笑い堪えるのきつかったぁ…とつづけた言葉に、なるほどこれは下手かもしれんわと妙な納得をした。
イケメンが真顔でチュムチュム言うのは事案なのでは?とも思う。

「ああ、可愛いよな。この子はなんて澄んだ目をしているんだ。」
「ぶほっ、」

後ろからファイルを覗き込んだ俊くんがうっとりした顔で言う。親ばかすぎて話にならない、むしろセリフ地味たことを言うせいで、益子なんか堪えきれずに吹き出している。

「一事が万事こんな具合でさぁ。」
「ああ、いつ見ても可愛いだろう。ちんちん見るか。レアだぞ。」
「これ、いつまで続くのかなぁって思ったら頭痛くなるよね。」

虚無の目で微笑むきいちに、ああ大変なんだろうなァ。ということしかわからなかった。ちなみに凪の写真を桑原家に送りつけたところ、何故か皿にプリントされたものをもらった。
玄関に飾るといいとのことだが、きいちは受け取ったときに割れたら怖いからしまうとか言っていたので日の目は浴びなさそうである。

「きいち、おむつ替えていいか。」
「うん、じゃあお願いしようかな。」

ポーカーフェイスで内心ウキウキだ。きいちからのお許しをもらった俊くんが、ベビーベッドに凪を寝かせると手際よくおむつを外した。ぱぱっと汚れを拭き取ると、ニヤリとした笑みを浮かべて益子たちに見せつけるように抱き上げる。

「みろ、くそかわいいだろう。」
「うわちっちぇえー!!!」
「お腹冷えちゃうからはやくおむつしてあげてぇ!」

益子と学は大はしゃぎをしてたが、凪からしてみたらいい迷惑である。公衆の面前で親の手によって辱められたのに、本人はくありとあくびをしていた。末永はその様子を見て、堂々としてる様は俊くんに似ているなと思ったらしい。

「まったく…いや、可愛いのはわかるんだけど、ねぇ…多分益子もあんな感じになるだろうから、葵さんがんばれ。」
「う、うん。うちもまだ産まれてないのに名付け名鑑とか買ってきたから覚悟はしてる…」

大いに心当たりがありすぎるようで、互いの苦労話を肴に今度ご飯でも行こうと硬く握手をかわした。

「そういえばきいちくんたちは写真とらないの?」
「写真?」
「ほら、番ってからそんな話でないから俺だけ期待してるようで気まずいんだけど…ウエディング的な。」
「う、ウエディング!?!?!?」

葵の言葉に素っ頓狂な声を上げたせいで、うにゃああと泣き始める凪に、ワタワタと俊くんが必死であやす。親ばか発言といい、慣れてないぶきっちょなあやし方といい今日は大盤振る舞いだ。

「え、えらいなあ!泣くのが仕事だもんなあ、俺の息子は仕事ができるなあ、なあきいち!」
「ウエディングっていったって、僕ドレス着られないよ!?だ、だって、男だしさ!?」
「あ、いや。ほら俺んとこ写真館だろ?せっかくなら記念にどうかなって思って。スーツなら貸せるし。」
「誰か気づいてやれ、桑原が悲しそうな顔してこちらを見ていることに。」

末永がしょもしょものオーラを出す俊くんに耐えきれずについに進言した。ちなみにあやし方は、末永からみても下手だと思った。完璧な人間なんていないのだなとしみじみする。

「てかよぉ!ウエディングすりゃーいいべ?メイクは誰かに頼みゃーいいし。」
「頼むったって、そんな都合よく…」

葵の申し出に心が揺らがないわけではないが、なんだか気恥ずかしくて困る。それにそんな都合よくメイクしてくれる人だっていない。桑原家も片平家も男親だからだ。

「ちぇー、見たかったなぁ。きいちのウエディングフォ、」
「いるわよ。」

学の声を、低くて甘い声が遮った。

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