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2章

夢の中の君

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「こえええええ!!!なんだよあれ、地上の覇者みたいなゴツいオカマはああ!」
「和葉ちゃん。俊くんのいとこ。」
「どう遺伝子組み替えればあんなのが出来上がんだっての!!まじで人間としての尊厳を失うところだったわ!!!!!」
「ええ?そうかなぁ、割といい人だけどね?」

誰が!?と声を揃えて益子と俊くんが喚く。カズちゃんはクライアントとの約束に遅れちゃうとか言って慌ただしく帰っていった。わざわざ顔見に来てくれたのは嬉しかったけど、カズちゃんひとり居なくなるだけで一気に部屋が広くなった。

葵さんは未だにうっとりとしながらスマホの待受を眺めている。よほど嬉しかったらしい、益子が地味に悔しがっていた。
人間としての作りが違いすぎて嫉妬こそ起きなかったものの、あんなに可愛くはしゃぐなら俺がそうさせたかったと言う。

「いやぁ、僕も最初は驚いたよねぇ、会ったの2回目だけど、存在感すごすぎて若干慣れたよね。」
「俊くん従兄弟なら手綱にぎっといてくれよぉ!」
「無理だろ。手綱ってなんだ。注連縄でもねえかぎり捕まえらんねーぞ。」

俊くんの言葉に誰も反論はしなかった。わかるよ、注連縄でもないかぎりねぇ…。

「っと、そろそろ俺らも帰るか。きいちも晩飯の時間だろ?」
「あー、たしかに。時間たつの早いねえ。」
「まあ、色々あったしな。つかれた…」
「あ、俊くん数学わかんないとこあったから今度教えて。あとこれ、提出お願いしやす。」

ほい、と終わった分の課題を渡すと、鞄から数学のノートを取り出した。どうやら貸してくれるらしい。付箋が貼ってあるところが参考にする数式とのことだ。

「明日また来る。」
「はぁい、夜道に気をつけろよぅ。」

見送るのに物騒なこと言うなと苦笑いされる。わしわしと犬のように頭を撫でられたので、三人を見送りながら髪の毛の乱れを直した。
スライドの扉が閉じ、無機質な室内でなんだかすこしだけ心細い。そのうち看護師さんがご飯を持ってきてくれるのだが、賑やかな先程までとは真逆すぎて、僕はベッドの背もたれに寝転がりながらなんのしなしに手の甲を見つめる。

ぐーぱーと意味もなく握り締めては開くを数度繰り返す。なんだかこう、一人で安静にしていると余計に色々な事を考えてしまう。うだうだしているうちにもご飯は届けられ、退院後の栄誉バランスのメニューの参考の為に写真を撮る。
病院食の写真の枚数が増えるたびに、退屈な入院生活を送っていることにげんなりした。

「まあ、オートミールが意外と美味しかったのはしれてよかったけど…」

僕が自分の管理をきちんと出来なかったから、君にも不便を敷いてるんだろう。そう思いながら腹を撫でる。
ごめんね、とちょっと落ち込んだらそれが駄目だったらしい。番とも離されてるからか、僕のメンタルがどんどん弱くなっていく。

「………。」

もそもそと食べても、栄養があるからと言われても、一人でご飯を食べるのは寂しかった。
俊くんの足の間やら、膝の上やら、もたれ掛かりながら甘えたい。
俊くんが食べてるものと、同じものが食べたい。
俊くんが食べているところを見ながらご飯を食べたい。

食べかけの味気無いオムレツに、お湯のようなお吸い物、焼魚は少し冷めていて、ほうれん草のお浸しだけは鰹節効果か味がしっかりしていた。
食器を置く。全部食べなきゃいけないのに、情けないくらい食が進まない。再び匙を持ち、またもそもそと食べる。匙を置く、食べるの繰り返しだ。

「明日は何時に来るのかな…。」

早く寝ればその分だけ明日に近づく。お見舞いしてくれるカズちゃんや益子、忽那さんが来てくれて嬉しかった。学も明日行くと連絡がきたのだ。多分末永くんも来るだろう。

有り難いことに僕の病室にはお見舞いで人の出入りが多い。それだけ周りから大切に思われて産まれてくるのだ、幸せなことである。

「でも、キスしてないなぁ…」

カズちゃんがきてから、更に俊くんが忙しそうだ。一週間はキスしてない。こんなにしなかったことないのに、俊くんは気づいてるのだろうか。

もに、と唇に触れることも増えた。ぼけっとしたままもにもにと触っていると、食器を回収しにスタッフの人がやってきて、あわてて受け渡す。きっと間抜けな顔を見られたに違いない、
もう早く寝るためにも少し早いけど歯でも磨くか。そう思ってゆっくりと立ち上がった時だった。

「お、?」

きゅう、とお腹がすこしだけ引き絞られた感覚がした。ほんの一瞬だったので気のせいかもしれない。ベビさんがやけに元気にぐるぐるもだもだと動いていて、しゃこしゃこと歯を磨きながらなだめる様に腹を撫でる。
最近は寝相がすごい、動くのはいいのだが僕の腰はお陰様で痛くて仕方がない。トイレ以外はベッドの上なのをいいことにずっと寝転んでいる。
本当に息抜きは面会くらいだなぁ、なんて思いつつ、お腹の子のためにも今は我慢かと自覚しているので駄々はこねない。
備え付けのシャワー室で軽く浴びたあと、忍さんがくれたクリームをぬりぬりとお腹に塗る。オメガの妊娠線は凄いらしく、膨らみ始めたうちからしっかりやれと言われてたのでこれも日課の一つだ。

「比較がわかんないけど…まあ、薄いのかなあ?」

薄い稲妻のような線を見たときは悲鳴を上げたけど、今はもう見慣れた。鏡を駆使して見えづらいとこまでしっかりと塗り込めば寝る前のルーティンの終わりである。

俊くんに、明日に備えてもう寝るねとメッセージを飛ばしてゆっくりと横になる。
前に体をいつもどおりに操ろうとして腰をひねってしまったことがあってから、気をつけるようになったのだ。あれは痛かった。
よいせとが仰臥する。時刻はまだ9時をまわってない。見たいテレビもないし、さっきからベビさんも大変元気がよろしくていらっしゃる。

そろそろ寝てくれー、とお願いをするように腹を撫でながら、気づけば僕は夢の世界へ旅立っていた。

夢の中では、まつげの長い仏頂面の眠そうな目の赤ちゃんが、抱っこをせがむように僕に手を伸ばしている。新庄先生に言われたとおりに恐る恐る抱き上げると、ご機嫌に口元をうにょうにょ。
僕はなんだかその様子が可笑しくて、暖かくて、なんだか甘い香りがしていた。
瞳の色は僕とよく似ている。よく見るとなんだかこのむすっと顔も俊くんに似ているぞ。
もしかして、と思った時にはフワリと優しい風が吹いて夢から冷めていた。

白いカーテンが優しく揺れている。まだ早朝の静かな朝だ。チュン、と小鳥がなく。風の動きはまるでゆっくりと部屋を包むようにカーテンを優しく広げては収める。おはようと、誰かに挨拶をされた気がした。

「………、なぎ…がいい、なあ…」

ぼそりと、寝ぼけ半分で浮かんだ言葉を言う。凪、凪がいい。夏の朝、柔らかい日差しにふわりと広がるような優しい風だ。

お腹を撫でながら、夢の中で見た男の子は、もしかしたら凪くんかもしれない。俊くんに早く会いたい。柔らかい風みたいに優しく包んでくれるような、そんな男の子になってほしい。だから凪くん。

早く会いたい、それで、名前を教えるんだ。決まったよって。



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