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掠れる心
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「うわっ、」
下駄箱を開けて上履きを取出したときだった。
くしゃくしゃになったティッシュがぼとぼとと落下し、これも僕が片付けるのかと思うと朝から憂うつな気分になる。
廊下に張り出された美化委員会の校内美化のポスター が物寂しく存在を主張する。
ため息一つ、なんだか直接触りたくないそれを嫌々ながらもつまみ上げて近くのゴミ箱にぽいぽいっと捨てる。
犯人はわからない。何でこんなことになってるのかもまったくわからない。自覚の無いままそういった標的になるのは精神的にかなり疲れる。
そういえば中学校の頃も、頻繁に文房具やら教科書やらがなくなることがあったなと思い出す。
それを思いつくと、いじめの対象になりやすい行動でもしたかなと首を傾げた。
「きーいち。朝から何しかめっ面してんだ?」
「高杉くん…」
なんとなく、上履きの中にもなにか入ってるのではと確認しようと掲げ見るような格好でいる所を声をかけられた。
朝からまったくもって爽やかの極みである。切れ長の二重の彼は、なんとなく物怖じしてしまう相手だ。
「上履き、はかないのか?」
「うーん、うん。」
トントン、と上履きを手のひらの上で弾ませると、コロコロと画鋲が手のひらに落ちてきた。あっぶな!!マジでこれ履いてたらトラウマ案件である。
高杉くんも眉間にシワをよせて凝視してくる。流石にこの場面を見て平然とした顔はできないようだ。
「なんだそれ、すげぇ陰湿な嫌がらせ…」
「なんか最近こんなんばっかなんだよねぇ…」
「大丈夫か?あんま無理すんなよ。」
「うん、朝からやなもん見せてごめんね、」
心配してくれてるのだろう。他人事と言って関わらないほうが良いだろうに、励ましてくれる。スポーツマンって情に厚いのだろうか。心配してくれる人が学校にいるだけ、まだ頑張れる気がした。
頷いた僕に満足そうに笑いかけると、わしゃりと頭を撫でてくる。俊くんと同じくらいの強さだ。こんなこと重ねちゃいけないんだろうけど、その手の大きさや撫でてくる強さに少しだけ気が抜けてしまった。
「いこう、一緒にクラス入れば変なこと起きねーよ。」
「みんな普通に接してくれるのに、なんでだろ。」
クラスのみんなは好奇心の塊のような目で見ては来るものの、からかい混じりで絡んでくるだけで悪意はあまり感じていなかった。それに、そういうことが起こるのはクラス以外でだった。
「疑心暗鬼にはなりたくないよ、」
「きいち…」
僕の内心は結構疲れていた。最近は益子も学も忙しそうで全然話せてない。益子は白黒写真にこだわりすぎて商店街の写真館に足繁く通っているらしい。弟子入りでもするのかと思う位、真剣な様子だった。
苦手な高杉くんはその二人の隙間を埋めるかのように話し相手になってくれる。嬉しいし、ありがたいのだが、少しだけ構えてしまう。
本人はそんなつもりはないのだろう、こればっかりは僕の被害妄想なだけかもしれない。
「きいち!」
「あ、益子。」
考えを改めるべきかな、と逡巡していると、にこにこごきげんな様子で益子が入室してくる、噂をすればとはこのことか。
益子は、どかりと僕の隣の席に座ると、ゴムの束で纏められたモノクロ写真を取り出しながら、嬉しそうに話しだした。
「俺の写真が写真館に飾られることになったんだ、いやぁ、足繁く通ったかいがあったわー!」
「へぇ、すごいじゃん!わー、ほんとに打ち込んでるんだねぇ。」
「これなんかよく撮れてる。誰この人?」
「忽那葵さん!写真館の人だ!」
モノクロ写真は、窓ガラス越しに掃除をする綺麗な女性を外から撮影したものだった。
他のものも、よく見るとその人が写っているものが多い。ひときわ僕の目を引いたのは、華奢な手と男らしい手の指先がかすかに触れ合うようにテーブルの上に置かれた写真だった。
「僕これすきだな。」
「それが飾られることになったんだ。俺も気に入ってる。」
「被写体は忽那さん?」
「まあな。」
照れたような、嬉しそうな顔でその一枚を手に取る。もしかして、益子の好きな人はこの人ではないかと思ってしまうくらい、その手つきが優しかった。
「なんかいいな。そういうの。」
触れ合った指先から伝わるのは確かな愛情だ。
高杉くんも、目を細めてその写真を見ていた。何気ない一枚なのに、意味のあるものにすることが出来る益子の撮影技術は凄いのかもしれない。
「きいちもごめんな!最近一緒にいられなくて。」
「まあ益子のかわりに俺が居たからさ。」
「あはは、おかげでボッチではなかったよ。」
おかげさまで、と高杉くんの顔色をうかがうようにちらりと見上げると、キョトンとした顔の後にニコリと微笑まれた。顔面偏差値高すぎてびっくりする。
「そういや学は?まだ拗ねてんのかあいつ。」
「拗ねてはないとおもうけど…忙しいんじゃないかな。」
不意に、益子が言った僕のことが好きなんじゃないか。という言葉がふわりと頭を横切る。
仮にそうだとしても、最近はなんだか避けられている気がするのだ。
益子はふぅん、と気のない返事をして考え込んでいた。僕と益子の間にいたはずの学の位置に、今は高杉くんが居て興味なさそうに欠伸をしている。
そういえば学の友達を増やそうと、高杉くんともつるむようになったんだっけか。当の学はまだ高杉くんとは話していない。
そもそも僕が友達増やすきっかけになれば、と勝手に気を回したのも変な話だ。
学が僕から離れていくとしたら、ちょっとだけ悲しい気持ちになる。
だけどそんなことを思うのもなんだか烏滸がましい気がして、そして自分から声をかけて避けられている事実を知るのも嫌で、そんな僕の弱い部分が僕らの距離を少しずつ離しているのだと自覚している。
結局何かがうまく行かないと、途端に臆病になる僕は、なんにも成長してないままだった。
下駄箱を開けて上履きを取出したときだった。
くしゃくしゃになったティッシュがぼとぼとと落下し、これも僕が片付けるのかと思うと朝から憂うつな気分になる。
廊下に張り出された美化委員会の校内美化のポスター が物寂しく存在を主張する。
ため息一つ、なんだか直接触りたくないそれを嫌々ながらもつまみ上げて近くのゴミ箱にぽいぽいっと捨てる。
犯人はわからない。何でこんなことになってるのかもまったくわからない。自覚の無いままそういった標的になるのは精神的にかなり疲れる。
そういえば中学校の頃も、頻繁に文房具やら教科書やらがなくなることがあったなと思い出す。
それを思いつくと、いじめの対象になりやすい行動でもしたかなと首を傾げた。
「きーいち。朝から何しかめっ面してんだ?」
「高杉くん…」
なんとなく、上履きの中にもなにか入ってるのではと確認しようと掲げ見るような格好でいる所を声をかけられた。
朝からまったくもって爽やかの極みである。切れ長の二重の彼は、なんとなく物怖じしてしまう相手だ。
「上履き、はかないのか?」
「うーん、うん。」
トントン、と上履きを手のひらの上で弾ませると、コロコロと画鋲が手のひらに落ちてきた。あっぶな!!マジでこれ履いてたらトラウマ案件である。
高杉くんも眉間にシワをよせて凝視してくる。流石にこの場面を見て平然とした顔はできないようだ。
「なんだそれ、すげぇ陰湿な嫌がらせ…」
「なんか最近こんなんばっかなんだよねぇ…」
「大丈夫か?あんま無理すんなよ。」
「うん、朝からやなもん見せてごめんね、」
心配してくれてるのだろう。他人事と言って関わらないほうが良いだろうに、励ましてくれる。スポーツマンって情に厚いのだろうか。心配してくれる人が学校にいるだけ、まだ頑張れる気がした。
頷いた僕に満足そうに笑いかけると、わしゃりと頭を撫でてくる。俊くんと同じくらいの強さだ。こんなこと重ねちゃいけないんだろうけど、その手の大きさや撫でてくる強さに少しだけ気が抜けてしまった。
「いこう、一緒にクラス入れば変なこと起きねーよ。」
「みんな普通に接してくれるのに、なんでだろ。」
クラスのみんなは好奇心の塊のような目で見ては来るものの、からかい混じりで絡んでくるだけで悪意はあまり感じていなかった。それに、そういうことが起こるのはクラス以外でだった。
「疑心暗鬼にはなりたくないよ、」
「きいち…」
僕の内心は結構疲れていた。最近は益子も学も忙しそうで全然話せてない。益子は白黒写真にこだわりすぎて商店街の写真館に足繁く通っているらしい。弟子入りでもするのかと思う位、真剣な様子だった。
苦手な高杉くんはその二人の隙間を埋めるかのように話し相手になってくれる。嬉しいし、ありがたいのだが、少しだけ構えてしまう。
本人はそんなつもりはないのだろう、こればっかりは僕の被害妄想なだけかもしれない。
「きいち!」
「あ、益子。」
考えを改めるべきかな、と逡巡していると、にこにこごきげんな様子で益子が入室してくる、噂をすればとはこのことか。
益子は、どかりと僕の隣の席に座ると、ゴムの束で纏められたモノクロ写真を取り出しながら、嬉しそうに話しだした。
「俺の写真が写真館に飾られることになったんだ、いやぁ、足繁く通ったかいがあったわー!」
「へぇ、すごいじゃん!わー、ほんとに打ち込んでるんだねぇ。」
「これなんかよく撮れてる。誰この人?」
「忽那葵さん!写真館の人だ!」
モノクロ写真は、窓ガラス越しに掃除をする綺麗な女性を外から撮影したものだった。
他のものも、よく見るとその人が写っているものが多い。ひときわ僕の目を引いたのは、華奢な手と男らしい手の指先がかすかに触れ合うようにテーブルの上に置かれた写真だった。
「僕これすきだな。」
「それが飾られることになったんだ。俺も気に入ってる。」
「被写体は忽那さん?」
「まあな。」
照れたような、嬉しそうな顔でその一枚を手に取る。もしかして、益子の好きな人はこの人ではないかと思ってしまうくらい、その手つきが優しかった。
「なんかいいな。そういうの。」
触れ合った指先から伝わるのは確かな愛情だ。
高杉くんも、目を細めてその写真を見ていた。何気ない一枚なのに、意味のあるものにすることが出来る益子の撮影技術は凄いのかもしれない。
「きいちもごめんな!最近一緒にいられなくて。」
「まあ益子のかわりに俺が居たからさ。」
「あはは、おかげでボッチではなかったよ。」
おかげさまで、と高杉くんの顔色をうかがうようにちらりと見上げると、キョトンとした顔の後にニコリと微笑まれた。顔面偏差値高すぎてびっくりする。
「そういや学は?まだ拗ねてんのかあいつ。」
「拗ねてはないとおもうけど…忙しいんじゃないかな。」
不意に、益子が言った僕のことが好きなんじゃないか。という言葉がふわりと頭を横切る。
仮にそうだとしても、最近はなんだか避けられている気がするのだ。
益子はふぅん、と気のない返事をして考え込んでいた。僕と益子の間にいたはずの学の位置に、今は高杉くんが居て興味なさそうに欠伸をしている。
そういえば学の友達を増やそうと、高杉くんともつるむようになったんだっけか。当の学はまだ高杉くんとは話していない。
そもそも僕が友達増やすきっかけになれば、と勝手に気を回したのも変な話だ。
学が僕から離れていくとしたら、ちょっとだけ悲しい気持ちになる。
だけどそんなことを思うのもなんだか烏滸がましい気がして、そして自分から声をかけて避けられている事実を知るのも嫌で、そんな僕の弱い部分が僕らの距離を少しずつ離しているのだと自覚している。
結局何かがうまく行かないと、途端に臆病になる僕は、なんにも成長してないままだった。
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