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悪魔は誰
しおりを挟むやばい、どれくらいやばいかというと表現はできないが、ちょっと笑えない状況かもしれない。
マジをつかいたいけど、マジはさっき使ったから本当にこのヤバさを表現できない。
もっとまじめに国語をしておけばよかった。
きいちが先生に連れて行かれてから気付いたが、作戦と大きくかけ離れている。そもそも個別指導なんて今までなかったから、どのタイミングで救出に行くのがいいのか。
見計らった、というよりはクラスの全員から急かされるようにして後を追いかけた結果、到着した準備室には鍵がかかっていた。
さっき、こっそりと扉を引いてみたら締め切られていたので、中にいるのは間違いはない。
「きいちへいきかな…」
やけに静かな様子に、黙々と課題を出されて泣き顔でこなしているきいちの様子が思い浮かぶ。
連れてかれた時の哀愁と言ったら、まさにドナドナがふさわしい。いやああれを表現するなら出荷されていく家畜と同じような顔をしていた。不覚にも少し笑ってしまったことが悔しい。
「案外、なにもおこらんのかもな…」
これは、ある意味の予言だったのかもしれない。
寄りかかっていた背中が痛くなり、もぞりと背中を壁から話した時だった。
ガタンとなにかが倒れる大きな音がした後、間髪入れずに荒っぽく鍵を開ける音がする。切羽詰まっているような慌ただしい様子に思わず後ずさる。
中々鍵が開かなかったのか、ガタガタと大きく震えるようにして動く引き戸はホラー以外の何者でもない。
一体、何が起きたのか。
「な、なに」
ガチャンという大きな音に思わず目をつむった一瞬のすきをついて、何かが勢いよく俺にぶつかって飛び出していく。
「いって、え、えぇ?」
「とまれ!!おい!!」
一拍開けて怒りながら顔を出したのは六村先生だ。じゃあ、さっき飛び出していったのは、
「なんだ!いつからそこにいる!」
「きいち!」
先生の怒りの矛先が向いたことに構う暇なく、はじかれた様に後を追った。わけはわからないままだったが、そうしなきゃいけない感覚に従うしかなかった。
飛び出した瞬間、目の前にいた俊君に思い切りぶつかってしまった。怪我していないといいな、と思う。
パニックになりながらバタバタと大きな足音を立てて廊下を走ってきてしまった。目的地である校長室に行くということは頭から抜けていた。
校庭の隅にある給水場で、バシャバシャと顔を洗いながら、大きく深呼吸をする。
「教室戻って鞄とってこないと…」
先生、いないといいな。ぞわりと這い上がるようにして嫌悪感が忍び寄る。先生の大きな手が、口を覆ってきた光景がフラッシュバックする。
あの手は怖い。来ていたシャツのボタンは弾け飛び、数個を残して残りはなくなっていた。
「そのまえに俊君、俊君探しに行かないと。」
きっと探してくれているはずだ、まずは合流して、報告をしなくてはいけない。
驚くほど頭が落ち着いている、安易な作戦を立てたことの後悔はもちろんあったが、あのイベントが終わったから、とにかくあって落ち着こう。
口の中が異様に乾く。はじめて冷や汗というものがなんなのかを理解した。
疾走したからか、靴の中に紛れ込んでしまった小石がチクチクと足裏に突き刺さる。いつもは気にしないのに、何故だか今日はその痛みがやけに響く。
「いた!」
水場からちょうどホワイエに移動したときだった。響いた俊君の声には、焦りと、責め立てるような色が含まれている。
「きいち!なんだってあんなことに、」
「俊君。」
「先生、顔を真っ赤にして怒り狂ってた。何があった?」
「はは、すごいや、ちょっと見てみたかったかも。」
俊君の視線がつむじに突き刺さるのを感じながら、必死で取り繕う。あの時先生が何をしたかなんて、言ったとしても理解はしないと思ったからだ。
「別に、男子同士の戯れでもあるやつだよ、」
「戯れならかまわないだろ!」
「うん、うん、」
頭では分かっているのに、順を追って説明することができない。見かねた俊君が、わかったと一言つぶやき、僕の手を引いて歩き出した。
「ど、どこ行くの」
「保健室。」
「僕どこも悪くないよ!」
「うるさい!」
有無を言わさない力でぐいぐいと引っ張られる。足がもつれそうになり、思わず背中に頭突きをすると、渋い顔をして歩調を合わせてくれた。
あのときと逆だ。俊君のことを思って怒ってた僕が、俊君に怒られる。
同じくらいの、小さい手が引っ張ってくれる。
体温が移動するように、冷たかった手があたたかみを帯びてきたことにホッとした。
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