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喧嘩の理由
しおりを挟む「きいち。」
でた。
「入ってこないで!」
もう怒ってないよアピールなのかわからないが、空気を読まないお父さんがドア越しに声をかけてくる。鍵も何もない頼りないドアの向こうで、なんの悪びれもなく、一人だけ日常を取り戻そうとする様子にいらいらした時だった。
「おーい、お母さんですよ。」
「おい!」
なんということだ。ついにお母さんまで登場してしまった。お父さんの様子からすると、まさか割り込んでくるとは思わなかったんだろう。
「今は一人にして!」
「何時まで?」
「えぇ!?」
すっとんきょんな声の主はお父さんだ。時間決めたらいいとかそういう問題じゃないだろ?とかなんとかドア越しにお母さんをたしなめる声に、純粋に何しに来たんだこいつらと思った僕はきっと悪くないはずだ。
「いつまで。」
「ほ、ほとぼりがさめるまで!」
「わかった。じゃあ9時までにほとぼり冷めさせるんだぞ。」
「う、うん…」
「いいんだ…。」
呆気にとられた様子のお父さんの言葉に、不本意ながら同じことを思ってしまった。結局マイペースなお母さんに制限時間を決められてしまったので、その時間内で自分の中で落としどころを見つけるしかなくなる。
さっきまで腹の底からマグマのように湧き上がる悔しさと戦っていたつもりだったのに、なんかもうぐだぐだである。
結局、9時までの3時間で折り合いをつけた僕は、本当にしぶしぶといった態度でリビングに下りて行った。
「おつかれ。」
「…うん」
お母さんは一人リビングでドラマを見ていたようで、きょろりと見回した僕に、お父さんはもう寝たよ。とによによしながら言ってきた。このチシャ猫のような笑みを浮かべるときに限って、何かよからぬことを企んでいる。
頑張れ、言いたい音をぶつける今がこの時、おらに力を!
深呼吸ひとつ、腹に力を込めて向かい合うようにして座った僕を見たお母さんは、なんだか変なものを見る様な顔である。
「3時間で自己完結した?」
「完結はしてないけど、言いたいことはまとまりました。」
「ほう、オトンのことかね?」
「なんかあったでしょ、絶対。」
「いいきるねぇ」
むふん、と面白そうに笑うお母さんの様子にムッとしながら、手元にあったチャンネルを使い、テレビの電源を落とす。
「うわまじかよ!ドラマ途中なのに!」
「親子の会話でしょ!もう!」
「ったく、べつに大事とかじゃないんだけどなぁ。」
「じゃあ言って!」
名残惜しそうに暗くなった画面をちらと見た後、僕の真剣さが伝わったのか、お母さんはため息ひとつで話題を整えた。
「喧嘩しただけ、しかも一方的な奴。」
だろうな、と思った。伊達にこの二人の間で育ってきてないのだ。
「お父さんが怒ってるだけ?」
「そ、怒っても仕方ないことだけどね。きいちのおじさんの話。」
「勇おじさんのこと?」
なんというか、これは本当にどうしようもないことだと理解した。お父さんの気持ちも、お母さんの気持ちもわかる、確かに大人の問題であったのだ。
お母さんの弟にあたる勇おじさんは、若いころ、それはそれは素晴らしいスポーツ選手だった。
レスリングでは国の選抜選手に選ばれ、金メダルもも狙えるのではと言われるくらいの人物だ。
実際強化選手にもなったほどで、そう言った意味での自負もあっただろう。
でもそれは、未来ごと打ち砕かれたのだ。
おじさんは、より高みへと目指すために打ち込んだ練習中に、悲劇に襲われた。
脊椎損傷、下半身不随、一生車いす生活だ。
プライドの高い人物が、トイレも一人ではままならない生活。
僕はまだ生まれて十年もたっていないけど、子供だからで自分を擁護できる場面は沢山ある。
でもおじさんは、突然何もできなくなった。僕だったらどうだろう。沢山のなんで、どうしてが積もり、いっぱいいっぱいになって癇癪を起こすに違いない。
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