上 下
10 / 273

喧嘩の理由

しおりを挟む

「きいち。」

でた。

「入ってこないで!」

もう怒ってないよアピールなのかわからないが、空気を読まないお父さんがドア越しに声をかけてくる。鍵も何もない頼りないドアの向こうで、なんの悪びれもなく、一人だけ日常を取り戻そうとする様子にいらいらした時だった。

「おーい、お母さんですよ。」
「おい!」

なんということだ。ついにお母さんまで登場してしまった。お父さんの様子からすると、まさか割り込んでくるとは思わなかったんだろう。

「今は一人にして!」
「何時まで?」
「えぇ!?」

すっとんきょんな声の主はお父さんだ。時間決めたらいいとかそういう問題じゃないだろ?とかなんとかドア越しにお母さんをたしなめる声に、純粋に何しに来たんだこいつらと思った僕はきっと悪くないはずだ。

「いつまで。」
「ほ、ほとぼりがさめるまで!」
「わかった。じゃあ9時までにほとぼり冷めさせるんだぞ。」
「う、うん…」
「いいんだ…。」

呆気にとられた様子のお父さんの言葉に、不本意ながら同じことを思ってしまった。結局マイペースなお母さんに制限時間を決められてしまったので、その時間内で自分の中で落としどころを見つけるしかなくなる。
さっきまで腹の底からマグマのように湧き上がる悔しさと戦っていたつもりだったのに、なんかもうぐだぐだである。
結局、9時までの3時間で折り合いをつけた僕は、本当にしぶしぶといった態度でリビングに下りて行った。

「おつかれ。」
「…うん」


お母さんは一人リビングでドラマを見ていたようで、きょろりと見回した僕に、お父さんはもう寝たよ。とによによしながら言ってきた。このチシャ猫のような笑みを浮かべるときに限って、何かよからぬことを企んでいる。

頑張れ、言いたい音をぶつける今がこの時、おらに力を!

深呼吸ひとつ、腹に力を込めて向かい合うようにして座った僕を見たお母さんは、なんだか変なものを見る様な顔である。

「3時間で自己完結した?」
「完結はしてないけど、言いたいことはまとまりました。」
「ほう、オトンのことかね?」
「なんかあったでしょ、絶対。」
「いいきるねぇ」

むふん、と面白そうに笑うお母さんの様子にムッとしながら、手元にあったチャンネルを使い、テレビの電源を落とす。

「うわまじかよ!ドラマ途中なのに!」
「親子の会話でしょ!もう!」
「ったく、べつに大事とかじゃないんだけどなぁ。」
「じゃあ言って!」

名残惜しそうに暗くなった画面をちらと見た後、僕の真剣さが伝わったのか、お母さんはため息ひとつで話題を整えた。

「喧嘩しただけ、しかも一方的な奴。」

だろうな、と思った。伊達にこの二人の間で育ってきてないのだ。

「お父さんが怒ってるだけ?」
「そ、怒っても仕方ないことだけどね。きいちのおじさんの話。」
「勇おじさんのこと?」

なんというか、これは本当にどうしようもないことだと理解した。お父さんの気持ちも、お母さんの気持ちもわかる、確かに大人の問題であったのだ。

お母さんの弟にあたる勇おじさんは、若いころ、それはそれは素晴らしいスポーツ選手だった。
レスリングでは国の選抜選手に選ばれ、金メダルもも狙えるのではと言われるくらいの人物だ。

実際強化選手にもなったほどで、そう言った意味での自負もあっただろう。
でもそれは、未来ごと打ち砕かれたのだ。

おじさんは、より高みへと目指すために打ち込んだ練習中に、悲劇に襲われた。
脊椎損傷、下半身不随、一生車いす生活だ。
プライドの高い人物が、トイレも一人ではままならない生活。
僕はまだ生まれて十年もたっていないけど、子供だからで自分を擁護できる場面は沢山ある。
でもおじさんは、突然何もできなくなった。僕だったらどうだろう。沢山のなんで、どうしてが積もり、いっぱいいっぱいになって癇癪を起こすに違いない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

或る実験の記録

フロイライン
BL
謎の誘拐事件が多発する中、新人警官の吉岡直紀は、犯人グループの車を発見したが、自身も捕まり拉致されてしまう。

【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎

亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡ 「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。 そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格! 更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。 これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。 友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき…… 椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。 .₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇ ※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。 ※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。 楽しんで頂けると幸いです(^^) 今後ともどうぞ宜しくお願いします♪ ※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...