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こっち向いて、運命。ー半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話ー
カルマの策略 4
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特別なシチュエーションってなんだ。あれからカルマは光明見出したりと言わんばかりに、ミハエルから恋愛小説を山ほど借りて読みまくった。恐ろしいくらい臭いセリフや、いやこれフラグやないかいと言いたくなるような下手な展開が繰り広げられるものばかりであったが、それらは皆女性が主人公のものがほとんどであった。アイリスからは、花言葉に愛を込めて贈る殿方もいらっしゃいますよと言われたので、花屋にも行った。しかしまあキラッキラしすぎていたので怖気付いて逃げるように帰ってきたが。
そう、なんでカルマがそんなに必死こいて準備をしていたかというと、ついにシスとのデートに漕ぎ着けたのである。蜘蛛の巣メンツの飲み会などではない。マンツーマン、そう、さしである。
もう一度好きだと事故的に言ってしまっていたので、何も怖いものがない。後日兵舎で飯を食っていたシスの元に歩み寄り、今度の休日を俺にくれと堂々と言ってやったのだ。もう、なりふり構っていられない。スタート地点に立ったのなら、気がすむまでやってやろうというスタンスであった。当然、まさか人前でそんなことを言われるとは思っていなかったらしいシスは、食べていた魚のソテーをフォークから落とすほどのびっくり顔であった。
「お待たせ。」
「おわあ、」
そうして当日。カルマの第一声に渋い顔をしたシスの目線を受けたわけだが、奇声あげるなという方が無理なんじゃねえかなと思った。
「なんだよ、そんな変な格好してる?」
「髪下ろしてんの、すげえいい。」
「そ、うっすか!」
ぶっきらぼうに返すシスとは真逆で、カルマは開始早々熱っぽい視線で見てしまった。だって仕方ないだろう。遮る前髪がないんだから。
カルマはシスの髪を下ろした姿が一番可愛と思っている。綺麗と言われることの多いシスに可愛いというと、やり直し。と怒られるから言わないが、すごくすごく好きであった。待ち合わせ場所は、ミハエルとアイリスに相談して決めたカエルの噴水がある公園。どうやら幸せなカップルが蔓延る場所らしく、場の空気に飲まれ手くれたら御の字作戦ということだ。なるほどカルマには到底思いつかない戦略であった。
「てか城に詰めてんだから、表門で待ち合わせればよかったんじゃね。」
「デートって言ったら待ち合わせが大事なんだろ?」
「あ、やっぱこれデートなんだ…。」
カルマも言い分に、じんわりとシスの耳が赤くなる。カルマ自身デートなんてまともにしたことがないからわからないのだが、まあ本で読んだので予習はバッチリである。ミルクティの髪を遊ばせたシスが、少しだけ踵の高い靴を履いてきたらしい。長い足でそそくさと隣に立つ姿が可愛すぎて、カルマは口から火を吹くかと思った。まあ吹けないのだが。
「んで、お前は僕をどこに連れてってくれるわけ。」
「劇場?」
「劇場なんて隣町いかなきゃないけど!?」
ギョッとしたシスに、カルマが苦笑いをした。そうなのだ。恋愛小説に載っていたデートスポットは、実に多岐にわたっていたのだが、このシュマギナール皇国が誇る劇場に向かうには、馬車に乗らないといけない。気軽にデートで劇場に向かうなら、まあ前日に泊まるとかをしなければ難しいのだ。
「いや、劇場って思ってたんだけどさ。やっぱ近くないじゃん。遠出して泊まりになって警戒されんのも嫌だしさ。」
「僕のこと抱いたくせによくいう。」
「ちがうっての。そりゃ抱きたいけど、なんかそういうの体目的みてえだから普通にやじゃん。」
「…ふうん。」
なんだよ、カルマのくせにちょっとだけかっこいいじゃないか。シスはちろりと横顔を見た。公園に集まったはいいが、まだベンチに座ったままなのだ。周りを見ていれば、随分と恋人同士の多いこと。シスの目の前で唇を重ねる輩までいるのだ。かまいはしないが、今はやめてくれやと思う。
「なんでここにしたの。めちゃカップルばっかじゃん」
「だって、雰囲気ある方が流されてくれるかなって。」
「おい下心満載か!?」
少しでも格好いいじゃんとか思ったのに!とシスがむくれると、その掌を掬い上げるかの様にカルマが持ち上げた。
「デート許してくれんだから、手ぇ繋ぐのも許してくれんのかなって。だめ?」
「だっ…」
ダメじゃないけど!!と言ってやりたかったのだが、口が思うように動いてくれない。こいつ、いちいち聞いてくるのか。と思った次第である。シスが無言でゆるゆると握り返すと、カルマはわかりやすく顔を赤らめて固まった。
「す、なおー…」
「うるっさいデートなんだろ!?」
「あっは、うっす!」
ぎこちなく握り返したカルマが、モニョりと口を動かす。どうやら照れているらしい。長く重苦しかった前髪では伺えなかった表情も、こうして見て見れば実に豊かであった。シスはそんなカルマの様子にきゅうっと唇をつぐむ。なんだよそれ、カルマのくせに可愛いじゃん。そんな忙しない心境が、シスの体温を上げるのだ。
手を引いたり、引っ張ったりしながら、公園を出た二人は食べ歩きだの店を冷やかしたりだのをしていた。大の大人が雁首そろえて手探りのデートである。周りに蔓延る若いカップルの方が、謎の余裕すら感じるのだ。カルマはカルマで、シスの手が意外に小さいことに衝撃を受けたり、シスはシスでヒールでよろめいた体がぶつかっても揺らがぬカルマの体幹に、さらにどきりとしてしまう。
手探りのデートは新たな発見も多く、二人の距離を少しずつ縮めていったのだ。
「あ、ねえ下着買いに行きたい。」
「それ俺がいる時に買わなきゃダメ?」
「なんだよ、股ぐらに同じもんぶら下がってんだから照れんなって。」
「照れるでしょうが!?」
カルマの反応が面白い。シスは時折こうして揶揄っては反応を見て楽しむということもしていた。だって、本当に意識しているんだなあというのがわかるのだ。カルマが耳を赤くしながら、シスに手を引かれて誘導される。本気で嫌なら手を振り払ってもいいくらいなのに、カルマは素直についていく。ダメだとおもうな俺は!?と口先だけで抵抗は続いていたが。
こうして、シスにせがまれて無理くり選ばされた下着であったが、まあどの選択肢も実に極まっていた。恥ずかしがるカルマを見て大いに笑われたということもあり、カルマも仕返しはしたが。
「マジふざけんなよ仕返しの仕方くせ強すぎか!」
「いや、あの店員の顔が面白すぎたわ。やっぱ俺はこっちの方が向いてっかも。」
顔を真っ赤にしながら、繋いだ手を振り回して怒る。なんと、あろうことかシスによって選ばされた下着代を払った挙句、すぐに使うんでむき身でくださいなどと言いやがったのだ。これには横にいたシスも吹き出したし、店内が大いにざわついた。
「もう僕はどこで下着買えばいいわけ!?」
「あんなやらしい下着買わなくていいっしょ。」
「だって仕事道具も兼ねてん、し…」
と言った途端、カルマの空気が変わった。シスが口を黙ながら、恐る恐るカルマを見ようとした時だった。
「ぅわ!な、なんっ!」
あろうことか、唐突に抱え上げられたのだ。まさかこんな軽々と抱き上げられるとは思っていなかったらしい。シスはギョッとしたままカルマによって人気のない路地へと連れ込まれると、ようやく地面に下ろしてもらえた。薄暗い路地、時間帯もあるだろうが、シス御用達の下着屋は歓楽街の一角にあったのだ。揶揄いが行き過ぎた自覚はある。シスはその身を壁際に追いやったカルマの不機嫌そうな顔を見返すと、ついバツが悪くて目を逸らしてしまった。
「やめろとは言わないよ、現に俺らもお前使って情報収集してるくらいだしな。」
カルマの、少しだけ暗い声がポツリと落ちて地面に染み込む。シスは、やってしまったと思った。蜘蛛の巣の諜報活動の一環として、平気で肌を重ねてきたのだ。それはもちろんカルマの知るところでもあった。
「ごめんって、ちょっとデリカシーなか、っ」
「………。」
「…おい、おーい?」
ぎゅう、と抱きしめられた。少しだけ胸が高鳴っただなんて悔しいから言わないが、シスの肩口に顔を埋めながら、カルマが労わるようにシスの後頭部を撫でた。
バクン!カルマのその仕草に、シスの心臓がやかましく跳ね上がる。なんだその手つき。シスの知らない優しい掌が、こうして追い詰めてくるのだ。顔に熱が集まり、少しだけ息が詰まる。これ以上くっついたら心臓の具合がバレてしまいそうで、後退りできないというのに、身じろいだ。
「なんか、謝んのちげえかなってなっちゃって、言葉出てこなくなっちった。」
「ブフっ…!!」
悔しそうなカルマの言葉に、シスが噴き出した。悔しそうな、それでいて申し訳なさそうに、絞り出すような声で言うものだから、つい面白くなってしまったのだ。
「おま、せっかくいい雰囲気だったのに…」
「面目ねー…、でも、まだ挽回できると思ってるからさ。」
「え?調子のん、」
調子乗んなよ。そう言って笑ってやろうとしたシスの声を飲み込むかのように、カルマは唇を甘く啄んだ。
「……。」
「…その顔可愛いね。」
「ヘぁ…」
まさか口づけをされるとは思わなかったらしい。シスは思わず絶句したまま、顔を真っ赤に染め上げる。だって、こんな欲のないキスをされるとは思わなかったのだ。
「ちょ、」
壁に背中を押しつけられて、ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てながら啄むだけの口付に答える。柔らかなそれが押しつけられるだけ、舌だって絡めないこのキスが、シスは苦手だった。
「カ、カルマ…あの、もっと深いのしようよ、」
「やだね。」
「ぇ、ちょ…ン、んんっ、」
手に指が絡まって、親指のはらで付け根を優しく撫でられる。時折ほのかに粘膜が触れるくらいの優しい口づけに、シスは吐息を震わした。優しい手がシスの髪を撫でる。小さく音を立てて離されたそれが名残惜しくて、つい目で追ってしまった。
「俺、シスにはきちんと段階踏んで手ぇ出してくからよろしく。」
「ま、じか…」
それが俺ののシスへの誠意だから、よろしく。
灰色の目が怪しく光って、男らしい顔つきでそんなことを言うものだから、シスは死んでしまうかと思った。だって、こんなにドキドキしたキスは初めてだったのだ。
「…うん」
「ふふん、」
しおらしいシスの反応に、カルマが満足そうに笑う。その形のいい額に口づけを落とすと、再び指を絡ませて手を繋いだ。
大人な恋愛なんて、もう食い飽きているだろう。それならカルマは、シスが毎日自分のことでドキドキしてくれるようにと考えた。
そう、普通の恋愛の段階を、シスと踏んでいきたい。恋愛なんてまともにしたことないからこその手探りだ。でも、存外それが一番いいのかもしれない。
握り返された掌が熱い、どっちの体温かなんて野暮なことは想像にお任せするとしよう。
そう、なんでカルマがそんなに必死こいて準備をしていたかというと、ついにシスとのデートに漕ぎ着けたのである。蜘蛛の巣メンツの飲み会などではない。マンツーマン、そう、さしである。
もう一度好きだと事故的に言ってしまっていたので、何も怖いものがない。後日兵舎で飯を食っていたシスの元に歩み寄り、今度の休日を俺にくれと堂々と言ってやったのだ。もう、なりふり構っていられない。スタート地点に立ったのなら、気がすむまでやってやろうというスタンスであった。当然、まさか人前でそんなことを言われるとは思っていなかったらしいシスは、食べていた魚のソテーをフォークから落とすほどのびっくり顔であった。
「お待たせ。」
「おわあ、」
そうして当日。カルマの第一声に渋い顔をしたシスの目線を受けたわけだが、奇声あげるなという方が無理なんじゃねえかなと思った。
「なんだよ、そんな変な格好してる?」
「髪下ろしてんの、すげえいい。」
「そ、うっすか!」
ぶっきらぼうに返すシスとは真逆で、カルマは開始早々熱っぽい視線で見てしまった。だって仕方ないだろう。遮る前髪がないんだから。
カルマはシスの髪を下ろした姿が一番可愛と思っている。綺麗と言われることの多いシスに可愛いというと、やり直し。と怒られるから言わないが、すごくすごく好きであった。待ち合わせ場所は、ミハエルとアイリスに相談して決めたカエルの噴水がある公園。どうやら幸せなカップルが蔓延る場所らしく、場の空気に飲まれ手くれたら御の字作戦ということだ。なるほどカルマには到底思いつかない戦略であった。
「てか城に詰めてんだから、表門で待ち合わせればよかったんじゃね。」
「デートって言ったら待ち合わせが大事なんだろ?」
「あ、やっぱこれデートなんだ…。」
カルマも言い分に、じんわりとシスの耳が赤くなる。カルマ自身デートなんてまともにしたことがないからわからないのだが、まあ本で読んだので予習はバッチリである。ミルクティの髪を遊ばせたシスが、少しだけ踵の高い靴を履いてきたらしい。長い足でそそくさと隣に立つ姿が可愛すぎて、カルマは口から火を吹くかと思った。まあ吹けないのだが。
「んで、お前は僕をどこに連れてってくれるわけ。」
「劇場?」
「劇場なんて隣町いかなきゃないけど!?」
ギョッとしたシスに、カルマが苦笑いをした。そうなのだ。恋愛小説に載っていたデートスポットは、実に多岐にわたっていたのだが、このシュマギナール皇国が誇る劇場に向かうには、馬車に乗らないといけない。気軽にデートで劇場に向かうなら、まあ前日に泊まるとかをしなければ難しいのだ。
「いや、劇場って思ってたんだけどさ。やっぱ近くないじゃん。遠出して泊まりになって警戒されんのも嫌だしさ。」
「僕のこと抱いたくせによくいう。」
「ちがうっての。そりゃ抱きたいけど、なんかそういうの体目的みてえだから普通にやじゃん。」
「…ふうん。」
なんだよ、カルマのくせにちょっとだけかっこいいじゃないか。シスはちろりと横顔を見た。公園に集まったはいいが、まだベンチに座ったままなのだ。周りを見ていれば、随分と恋人同士の多いこと。シスの目の前で唇を重ねる輩までいるのだ。かまいはしないが、今はやめてくれやと思う。
「なんでここにしたの。めちゃカップルばっかじゃん」
「だって、雰囲気ある方が流されてくれるかなって。」
「おい下心満載か!?」
少しでも格好いいじゃんとか思ったのに!とシスがむくれると、その掌を掬い上げるかの様にカルマが持ち上げた。
「デート許してくれんだから、手ぇ繋ぐのも許してくれんのかなって。だめ?」
「だっ…」
ダメじゃないけど!!と言ってやりたかったのだが、口が思うように動いてくれない。こいつ、いちいち聞いてくるのか。と思った次第である。シスが無言でゆるゆると握り返すと、カルマはわかりやすく顔を赤らめて固まった。
「す、なおー…」
「うるっさいデートなんだろ!?」
「あっは、うっす!」
ぎこちなく握り返したカルマが、モニョりと口を動かす。どうやら照れているらしい。長く重苦しかった前髪では伺えなかった表情も、こうして見て見れば実に豊かであった。シスはそんなカルマの様子にきゅうっと唇をつぐむ。なんだよそれ、カルマのくせに可愛いじゃん。そんな忙しない心境が、シスの体温を上げるのだ。
手を引いたり、引っ張ったりしながら、公園を出た二人は食べ歩きだの店を冷やかしたりだのをしていた。大の大人が雁首そろえて手探りのデートである。周りに蔓延る若いカップルの方が、謎の余裕すら感じるのだ。カルマはカルマで、シスの手が意外に小さいことに衝撃を受けたり、シスはシスでヒールでよろめいた体がぶつかっても揺らがぬカルマの体幹に、さらにどきりとしてしまう。
手探りのデートは新たな発見も多く、二人の距離を少しずつ縮めていったのだ。
「あ、ねえ下着買いに行きたい。」
「それ俺がいる時に買わなきゃダメ?」
「なんだよ、股ぐらに同じもんぶら下がってんだから照れんなって。」
「照れるでしょうが!?」
カルマの反応が面白い。シスは時折こうして揶揄っては反応を見て楽しむということもしていた。だって、本当に意識しているんだなあというのがわかるのだ。カルマが耳を赤くしながら、シスに手を引かれて誘導される。本気で嫌なら手を振り払ってもいいくらいなのに、カルマは素直についていく。ダメだとおもうな俺は!?と口先だけで抵抗は続いていたが。
こうして、シスにせがまれて無理くり選ばされた下着であったが、まあどの選択肢も実に極まっていた。恥ずかしがるカルマを見て大いに笑われたということもあり、カルマも仕返しはしたが。
「マジふざけんなよ仕返しの仕方くせ強すぎか!」
「いや、あの店員の顔が面白すぎたわ。やっぱ俺はこっちの方が向いてっかも。」
顔を真っ赤にしながら、繋いだ手を振り回して怒る。なんと、あろうことかシスによって選ばされた下着代を払った挙句、すぐに使うんでむき身でくださいなどと言いやがったのだ。これには横にいたシスも吹き出したし、店内が大いにざわついた。
「もう僕はどこで下着買えばいいわけ!?」
「あんなやらしい下着買わなくていいっしょ。」
「だって仕事道具も兼ねてん、し…」
と言った途端、カルマの空気が変わった。シスが口を黙ながら、恐る恐るカルマを見ようとした時だった。
「ぅわ!な、なんっ!」
あろうことか、唐突に抱え上げられたのだ。まさかこんな軽々と抱き上げられるとは思っていなかったらしい。シスはギョッとしたままカルマによって人気のない路地へと連れ込まれると、ようやく地面に下ろしてもらえた。薄暗い路地、時間帯もあるだろうが、シス御用達の下着屋は歓楽街の一角にあったのだ。揶揄いが行き過ぎた自覚はある。シスはその身を壁際に追いやったカルマの不機嫌そうな顔を見返すと、ついバツが悪くて目を逸らしてしまった。
「やめろとは言わないよ、現に俺らもお前使って情報収集してるくらいだしな。」
カルマの、少しだけ暗い声がポツリと落ちて地面に染み込む。シスは、やってしまったと思った。蜘蛛の巣の諜報活動の一環として、平気で肌を重ねてきたのだ。それはもちろんカルマの知るところでもあった。
「ごめんって、ちょっとデリカシーなか、っ」
「………。」
「…おい、おーい?」
ぎゅう、と抱きしめられた。少しだけ胸が高鳴っただなんて悔しいから言わないが、シスの肩口に顔を埋めながら、カルマが労わるようにシスの後頭部を撫でた。
バクン!カルマのその仕草に、シスの心臓がやかましく跳ね上がる。なんだその手つき。シスの知らない優しい掌が、こうして追い詰めてくるのだ。顔に熱が集まり、少しだけ息が詰まる。これ以上くっついたら心臓の具合がバレてしまいそうで、後退りできないというのに、身じろいだ。
「なんか、謝んのちげえかなってなっちゃって、言葉出てこなくなっちった。」
「ブフっ…!!」
悔しそうなカルマの言葉に、シスが噴き出した。悔しそうな、それでいて申し訳なさそうに、絞り出すような声で言うものだから、つい面白くなってしまったのだ。
「おま、せっかくいい雰囲気だったのに…」
「面目ねー…、でも、まだ挽回できると思ってるからさ。」
「え?調子のん、」
調子乗んなよ。そう言って笑ってやろうとしたシスの声を飲み込むかのように、カルマは唇を甘く啄んだ。
「……。」
「…その顔可愛いね。」
「ヘぁ…」
まさか口づけをされるとは思わなかったらしい。シスは思わず絶句したまま、顔を真っ赤に染め上げる。だって、こんな欲のないキスをされるとは思わなかったのだ。
「ちょ、」
壁に背中を押しつけられて、ちゅ、ちゅ、と可愛らしいリップ音を立てながら啄むだけの口付に答える。柔らかなそれが押しつけられるだけ、舌だって絡めないこのキスが、シスは苦手だった。
「カ、カルマ…あの、もっと深いのしようよ、」
「やだね。」
「ぇ、ちょ…ン、んんっ、」
手に指が絡まって、親指のはらで付け根を優しく撫でられる。時折ほのかに粘膜が触れるくらいの優しい口づけに、シスは吐息を震わした。優しい手がシスの髪を撫でる。小さく音を立てて離されたそれが名残惜しくて、つい目で追ってしまった。
「俺、シスにはきちんと段階踏んで手ぇ出してくからよろしく。」
「ま、じか…」
それが俺ののシスへの誠意だから、よろしく。
灰色の目が怪しく光って、男らしい顔つきでそんなことを言うものだから、シスは死んでしまうかと思った。だって、こんなにドキドキしたキスは初めてだったのだ。
「…うん」
「ふふん、」
しおらしいシスの反応に、カルマが満足そうに笑う。その形のいい額に口づけを落とすと、再び指を絡ませて手を繋いだ。
大人な恋愛なんて、もう食い飽きているだろう。それならカルマは、シスが毎日自分のことでドキドキしてくれるようにと考えた。
そう、普通の恋愛の段階を、シスと踏んでいきたい。恋愛なんてまともにしたことないからこその手探りだ。でも、存外それが一番いいのかもしれない。
握り返された掌が熱い、どっちの体温かなんて野暮なことは想像にお任せするとしよう。
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