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結局イルミネーションは忘年会までは光っていてくれず、百貨店周辺は新年に向けてラストスパートであった。たかだか数時間で今年が終わる。なんだか怒涛の一年間であった。
終わりなんて、呆気ないものだ。柴崎とも話せず仕舞いのまま、今日に至る。機会はあったのだ。それも、旭が少しだけ勇気を出して声をかけようと事務所に向かったのだ。
それでも、なんだか忙しなさそうで声をかけるのをやめたのは、福袋の積み込みがどうとかで、受話器を肩に挟みながらパソコンに向かう柴崎が、怖い顔をしていたからに他ならない。
当たり前である。百貨店職員なんて、新年に向けての準備が一番大変なのだ。だから、大晦日の今日。職員が集まっての細やかな忘年会に参加したのは、主催である柴崎が来ないわけないだろうと踏んだからだ。
「結局、大晦日まで引きずったなー。」
休憩室の机で、組んだ腕に突っ伏しながら呟いた。周りを見渡せば出来上がっているグループが、既に缶ビール片手に乾杯をしていた。
今日、館は十八時で閉店し、二十時から忘年会なのだ。セールの準備が終わったブランドは既にチラホラ集まってきており、会場となる従業員休憩室にまだ柴崎の姿はなかった。
目端に映るのは、シャンパンタワーの様に積み上げられた缶チューハイだ。おそらく今夜は無礼講。既に到着したシニアマネージャーは鼻眼鏡をかけてスタンバイしていた。
「旭だ。」
「わ、大林じゃん。タグつけ終わったの?」
「うち倉庫からキャリー品届くからさ、単純に納品したの出すだけなんだよね。」
「何それ超いいじゃん。」
お疲れー。と、ゆるい空気を纏って前を陣取ったのは、最近移動してきた向かいのブランドの三番手だ。同い年で、百貨店に勤めながらも両耳に開けられたピアスホールの数はバンドマンさながらである。
ブランド自体も黒くてモードな服ばかりを扱っているので、雰囲気も相まって旭は大林のことを黒猫みたいなやつだなあと思っていた。
大林が、アシメントリーなウルフカットの黒髪を耳にかける。猫目で、日本人にしては珍しい薄茶色の瞳で旭を見ると、片眉をくいと上げた。
「集まり悪くね。旭んとこは全員参加?」
「藤崎さんは奥さんからアルコール禁止令でてっからって帰った。それ以外は散らばってる。」
ほら、と目くばせをすれば、恰幅が良く気の強いシニアマネージャーが北川に絡んでいた。鼻眼鏡をかけた姿で、似た体格のもの同士記念写真を撮っているらしい。カメラマンを任された洋次は、死んだ顔をしている北川の反応になぜか喜んでいる。
「マジ。藤崎さんは逃げたな。」
「それな。」
白々しく、参加したいのは山々なんですけどね!!いやあすみません!!などとほくほくとした顔で、奥さんからの帰宅を催促するメッセージ画面を見せつけられたのだから、まあ仕方ない。いつもなら無視をしているのを知っている旭は、なんで今日に限って帰るんだろうと首を傾げてしまったが。
それに続こうとして、俺も。と言いかけた北川が、現在は彼方にいる。死んだ目の理由はこれだ。
「な、前から思ってたんだけどさ。旭ってバンドとかしてた?」
「俺?俺はどっちかって言うと追いかけてた。」
「あ、そっちか。ピアスの開き方見てそうかなって思ってたんだよな。」
「いやそれをお前が言う?」
「そら言うだろ。仲間だったら嬉しいもん。」
大林は見た目通り、お化粧バンドが好きだったらしい。旭も同じグループが好きだったことを話せば、そこそこに話題に花が咲いた。どちらかというと、アパレル学生らしく衣装が好きで追いかけていたのだというと、そう言う楽しみ方は新しいと笑われた。
「やっぱさ、習性っていうか、同じ匂いする奴には惹かれちゃうよな。」
「俺大林みたいにピアスいっぱい開いてないもん。」
「よく言うよ、ファーストピアスが軟骨って相当だからな。」
それは否定できない。と旭が気恥ずかしそうに肩をすくめる。しかし、若気の至りだからと言う割に、旭は己の両耳に開いたピアスの位置を気に入っているのだ。
大林の整えられた指先が、そっと旭の耳朶に触れる。擽る様に触れられた柔らかい耳朶は裂けており、そこはピアスがちぎれてしまった部分だった。
「髪で隠れてっけど、ここかっこいいね。」
「イヤホン引っこ抜いた時に持ってかれたんだよ。」
「うわそれはダサいわ!」
ワハハ、と楽しそうに笑った大林が、フニフニと裂けたそこを弄る。なんだかそれがくすぐったくて肩をすくめると、振り払わずに素直に指先を受け入れている旭を見て、思うところがあったらしい。
「大林、くすぐったい…」
「ん?ふふ。」
何が楽しいのかはわからない。だけど、大林は手を離す気もない様であった。袖口が旭の首筋を撫でる。そのくすぐったさで、ひくんと肩が揺れた旭に、大林は猫目を柔らかく緩める。なんだか妙な空気になってしまった気がして、旭はじんわりと頬を染めた。不思議な魅力のある友人を前に、どうしていいかわからなくなった。その時だった。
「お、おおばや、」
「弱いものいじめはやめてくださ-ーーい!!!」
「いっでぇ!!!」
間抜けな制止の声と共に、突然音もなく現れた柴崎によってヘッドロックをかけられた大林が、濁声と共に驚愕する。ニコニコ顔の癖に、眉間にはばっちりと皺を刻み込み、不服と愉快を顔に共存させた器用な表情の柴崎を前に、旭は思わず固まった。
終わりなんて、呆気ないものだ。柴崎とも話せず仕舞いのまま、今日に至る。機会はあったのだ。それも、旭が少しだけ勇気を出して声をかけようと事務所に向かったのだ。
それでも、なんだか忙しなさそうで声をかけるのをやめたのは、福袋の積み込みがどうとかで、受話器を肩に挟みながらパソコンに向かう柴崎が、怖い顔をしていたからに他ならない。
当たり前である。百貨店職員なんて、新年に向けての準備が一番大変なのだ。だから、大晦日の今日。職員が集まっての細やかな忘年会に参加したのは、主催である柴崎が来ないわけないだろうと踏んだからだ。
「結局、大晦日まで引きずったなー。」
休憩室の机で、組んだ腕に突っ伏しながら呟いた。周りを見渡せば出来上がっているグループが、既に缶ビール片手に乾杯をしていた。
今日、館は十八時で閉店し、二十時から忘年会なのだ。セールの準備が終わったブランドは既にチラホラ集まってきており、会場となる従業員休憩室にまだ柴崎の姿はなかった。
目端に映るのは、シャンパンタワーの様に積み上げられた缶チューハイだ。おそらく今夜は無礼講。既に到着したシニアマネージャーは鼻眼鏡をかけてスタンバイしていた。
「旭だ。」
「わ、大林じゃん。タグつけ終わったの?」
「うち倉庫からキャリー品届くからさ、単純に納品したの出すだけなんだよね。」
「何それ超いいじゃん。」
お疲れー。と、ゆるい空気を纏って前を陣取ったのは、最近移動してきた向かいのブランドの三番手だ。同い年で、百貨店に勤めながらも両耳に開けられたピアスホールの数はバンドマンさながらである。
ブランド自体も黒くてモードな服ばかりを扱っているので、雰囲気も相まって旭は大林のことを黒猫みたいなやつだなあと思っていた。
大林が、アシメントリーなウルフカットの黒髪を耳にかける。猫目で、日本人にしては珍しい薄茶色の瞳で旭を見ると、片眉をくいと上げた。
「集まり悪くね。旭んとこは全員参加?」
「藤崎さんは奥さんからアルコール禁止令でてっからって帰った。それ以外は散らばってる。」
ほら、と目くばせをすれば、恰幅が良く気の強いシニアマネージャーが北川に絡んでいた。鼻眼鏡をかけた姿で、似た体格のもの同士記念写真を撮っているらしい。カメラマンを任された洋次は、死んだ顔をしている北川の反応になぜか喜んでいる。
「マジ。藤崎さんは逃げたな。」
「それな。」
白々しく、参加したいのは山々なんですけどね!!いやあすみません!!などとほくほくとした顔で、奥さんからの帰宅を催促するメッセージ画面を見せつけられたのだから、まあ仕方ない。いつもなら無視をしているのを知っている旭は、なんで今日に限って帰るんだろうと首を傾げてしまったが。
それに続こうとして、俺も。と言いかけた北川が、現在は彼方にいる。死んだ目の理由はこれだ。
「な、前から思ってたんだけどさ。旭ってバンドとかしてた?」
「俺?俺はどっちかって言うと追いかけてた。」
「あ、そっちか。ピアスの開き方見てそうかなって思ってたんだよな。」
「いやそれをお前が言う?」
「そら言うだろ。仲間だったら嬉しいもん。」
大林は見た目通り、お化粧バンドが好きだったらしい。旭も同じグループが好きだったことを話せば、そこそこに話題に花が咲いた。どちらかというと、アパレル学生らしく衣装が好きで追いかけていたのだというと、そう言う楽しみ方は新しいと笑われた。
「やっぱさ、習性っていうか、同じ匂いする奴には惹かれちゃうよな。」
「俺大林みたいにピアスいっぱい開いてないもん。」
「よく言うよ、ファーストピアスが軟骨って相当だからな。」
それは否定できない。と旭が気恥ずかしそうに肩をすくめる。しかし、若気の至りだからと言う割に、旭は己の両耳に開いたピアスの位置を気に入っているのだ。
大林の整えられた指先が、そっと旭の耳朶に触れる。擽る様に触れられた柔らかい耳朶は裂けており、そこはピアスがちぎれてしまった部分だった。
「髪で隠れてっけど、ここかっこいいね。」
「イヤホン引っこ抜いた時に持ってかれたんだよ。」
「うわそれはダサいわ!」
ワハハ、と楽しそうに笑った大林が、フニフニと裂けたそこを弄る。なんだかそれがくすぐったくて肩をすくめると、振り払わずに素直に指先を受け入れている旭を見て、思うところがあったらしい。
「大林、くすぐったい…」
「ん?ふふ。」
何が楽しいのかはわからない。だけど、大林は手を離す気もない様であった。袖口が旭の首筋を撫でる。そのくすぐったさで、ひくんと肩が揺れた旭に、大林は猫目を柔らかく緩める。なんだか妙な空気になってしまった気がして、旭はじんわりと頬を染めた。不思議な魅力のある友人を前に、どうしていいかわからなくなった。その時だった。
「お、おおばや、」
「弱いものいじめはやめてくださ-ーーい!!!」
「いっでぇ!!!」
間抜けな制止の声と共に、突然音もなく現れた柴崎によってヘッドロックをかけられた大林が、濁声と共に驚愕する。ニコニコ顔の癖に、眉間にはばっちりと皺を刻み込み、不服と愉快を顔に共存させた器用な表情の柴崎を前に、旭は思わず固まった。
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