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 藤崎の言葉の棘は、しっかりと旭の胸を貫いた。それでも、納得できるか問われれば、それは出来ないと胸を張って言える。それを、面と向かって藤崎に抗議まじりに言えるのかと問われれば、結局それも出来ないに変わってしまうが。
 
「タイムイズマネー、時間は有限じゃない。お前がロング接客をしている間に来店したお客さんが、忙しそうだわって出てったらどうする。その人が大口になる可能性だってあるんだぞ。」
「でも、」
「でもじゃない。俺は効率の話をしているんだ。」
 
 店の回転率も考えなくてはいけない。藤崎はそういうと、ただ販売だけすればいいってもんじゃねえぞ。と付け加える。
 諭されるような口調なら、もう少し心持ちは違ったのだろうか。旭は、藤崎の言葉を受けながら、ただ沸々とした不満が内側に渦を巻いていた。
 なんでそんなに酷いことを言うのだろう。お客様に気を遣わせた?迷惑をかけた?俺がやっていることは全部から回っているというのだろうか。
 そんなに、俺って販売向いてないわけ?
 
 体の中にタールのようなドロリとした感情が渦巻いた。そんなことばかり考えて接客をしていたから、人間不信になっていたのかもしれない。切り替えなくてはいけないのに、それも出来なくて、自分の内側に凝るその感情を誤魔化しながら、ずっと怯えていた。
 自分に向いているのは、販売だったかもしれない。そう思ったのは勘違いで、本当は出来ないまま、何も変われないまま、旭は独りよがりをしていたのかもしれない。
 
 藤崎に何か言われるのが怖くて、いつも以上に小さくなりながら働いた。惨めだった。だから、余計に目についたのかもしれない。
 
 
 
「旭さ、お客さん選んで接客してるよね。」
 
 北川の無表情が怖い。お得意の、そんなつもりはないんです。は、出てこない。自覚があったからだ。
 
「俺が、出来そうな人をやっていました。」
「…あのね、自分に自信がない販売員に接客されるお客様のお立場を少しでも考えた?」
 
 それが売上に出てるんだけど。と、有名な筆記具メーカのペンが売上報告書を叩く。旭は、あの叱責以来、負のループにハマり、見事に売上最下位であった。
 
「すみません、」
「いつもすみませんって言ってるけどさ、」
 
 理由が言えないなら、文句をつけられないように働けよ。と溜息を吐かれる。肺が苦しくて、うまく言葉が出てこない。自分に自信を無くした今、人の声色の変化に敏感になってた。
 
「すみ、」
 
 また、謝ろうとして口をつぐむ。嫌なことを言われたくなくて、また、同じことを言わせないように、旭なりに努力をしてきたつもりだった。言い訳なんかない、旭はまた空振りをしたのだ。それだけは明確であった。
 仕事が出来ないと言われているようで嫌だった。旭の矜持が、己の首を絞めにくる。
 
「回転率、あげたくて、」
 
 ぽそりと呟く。少しでも旭なりに考えたんだと言うことを、知って欲しくて勇気を出した。
 
「…それ、考えるのは旭じゃないからね、前も言ったけど。自信がないのに変な気を回さないで。」
 
 北川の言うことは尤もだった。旭もそう思う。言わなければよかった、やはり、勇気を出していいことなんて何もない。旭は顔を上げられないまま、小さく頷くことしかできなかった。
 頭上では、北川が溜息を吐いていた。小さく拳を握りしめて、肺を広げるようにして、ゆっくりと呼吸する。吐息は重々しくて、何も言われていないのに、勝手に惨めになってくる。
 
「とりあえず、選ぶ接客はやめて。自信を身につける努力をして、あとすみません。これ禁止ね。」
「はい、」
 
 じゃあ、落ち着いたらお店に戻ってきて。その顔じゃ店頭出られないでしょ。そう言われて、旭は自分がキャパオーバーしていることに気づかされた。優しい北川が、しっかりと語気を強めて教えてくれたのに、旭は泣いていたのだ。気を使わせてしまった。
 無言で小さく頷くのは許してもらえた。声が出なかったから、ありがたかった。
 自分が一番足を引っ張っている。人の迷惑になるのが怖い。情けなくて、情けなくて、辞めてしまいたい。そう、強く思う。明るいことだけが取り柄だと思っていた。でも、そんなのは取り柄じゃなくて、ただの愚かだったのだ。卑下することしかできない今、旭は自分を好きになれなかった。
 
「う、ぅ…っ、」
 
 優しくしてほしい。誰でもいいから、大丈夫だよって励ましてほしい。助けてって言いたい。誰に?でも、その誰かを選んだら、また迷惑になるだろうか。
 不意に、柴崎のことが頭に浮かんだ。あの人なら、と頭をよぎり、そしてかっこいい後輩でいたい。という薄い理由で何も言わなかったあの時のことを思い出した。
 
「結局、言わないんじゃなくて…、言えないんじゃないか。」
 
 ペラペラな理由で嘘をついた癖に、自分の都合で慰めてなんて、言えるわけないじゃないか。
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