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「だああ!!意外とすばしっこい!!」
「狩りだと思え!!」
「よく言うよ全く!ああ、紐つけときゃよかった!」

 タタッと軽やかに通路をかけながら、そのぬいぐるみは後ろの四人など気にもせずに突き進む。ジキルの首にしがみつくようにしていたマリーはというと、なんで自分も巻き込まれているのだろうと泣きそうだった。

「おら、待てこら!!」
「ジキル!捕まえようとするな!」
「ねええもう俺もはしりたくないんだけどおおお!」

 目玉を抱きかかえながら文句を言うカルマに同意するかのように、後ろで二人も首を振る。このぬいぐるみときたら、まるで当てつけのようにわざと階段の方ばかりを選ぶのだ。お陰でトレーニングもかくやと言わんばかりの運動量である。こんな具合では、いざ戦闘となってしまえばうまく動けるかもわからない。サディンは少しだけ悩んだ後、くるりと振り向いてジキルとカルマに強化魔法をかけた。

「やっぱりまだ走れってか!!!」
「こんなところでへばられてたまるか。ほら、もうつくだろうから頑張れ!」

 ぬいぐるみが、ぴょんと跳ねて窓から飛び降りる。ぎょっとしたのもつかの間、サディンは躊躇いなく窓から身を乗り出すと、ぬいぐるみが外のバルコニーを階段代わりに上がっているところだった。なるほど、ショートカットすると言うことか。欄干を掴み、そしてサディンも飛んだ。

「むりむりむりむり!!!」
「うるさい!ならお前たちは執務室にそこから向かえ!」
「団長まじでわんぱくだな!?」

 なんの躊躇いもなく、命綱さえなしで城の外壁をよじ登ると、そこから長いコンパスを駆使してバルコニーを足場に駆け上がる。窓ガラス越しにサディンを見たものは、皆一様に呆けたり、はては飲んでいたカップを落とすものまでいた。
 ぬいぐるみが、漸く目的地についたらしい。まるでサディンを待つかのようにぷよぷよと浮かんで待っている。まったくのんきな顔をして、飛んだ鬼教官だなと草臥れながらカインの部屋のバルコニーに降り立った瞬間だった。

「っ、」

 ひゅう、という空を裂くような音とともに、突然短剣が飛んできた。慌ててその柄を掴み構えると、周りの空気が静電気を帯びた。

「くそ、なんだってんだ!」

 危険を察知し慌てて放り投げた短剣に向かって、稲妻が一直線に走る。握りしめることを見越していたらしい。やけに周到過ぎて関心すらする。身を低くして結界を展開させると、頭上から斧を持ったイズナが身をひねり遠心力を加えた勢いで襲いかかってきた。

「っ、硬…」
「ああ、褒めてくれてありがとよ。」

 斧を弾いた反動で降り立ったイズナは、まるで暗殺者のような鋭い瞳でサディンを睨む。気が立っているようだ。ちろりと執務室に目を配ばると、あっけにとられた顔でカインが突っ立っていた。

「殿下の私室への不躾な訪問。貴殿が騎士団のものであるならなおさらに悪い。その行いを悔いるがいい。」
「俺はカインじゃなくてお前に会いに来たんだよ。そんな熱烈に見るなって。」
「無駄口を!時間稼ぎをするのなら、もう少し考えて物を言いなさい!」
「どわっ、」

 イズナの手から伸びた鎖がサディンの足に絡まる。引き寄せるように飛び込んできたイズナの武器を持つ手を鷲掴むと、そのままわざと背中から外へ身を投げた。 

「イズナ!!サディン!!」
「おま、っ…」

 目を見開いたカインが、取りすがるかのように欄干に手をついて覗き込む。叫ぶカインの背後から漸く駆け込んできたジキル率いる三人が、その姿に血相を変えた。

「だああ!!なんでこんなことに!!」
「おま、おまえら!!はやく二人を助けにいけ!!」
「団長ーーーー!!!」

 三者三様ぎゃあぎゃあとやかましい。サディンはイズナを抱き込むと、そのままくるりと身をよじる。腕の中で身じろぐイズナが、酷く慌てた様子でサディンを見た。このままでは、地べたに身を叩きつけて死んでしまう。

「転化すりゃあいいじゃん。」
「な、っ」
「ああ、時間切れ。ミュクシル!」

 イズナを抱き込んだまま、手を下に向けた。その瞬間、まるでその手を取るかのように黒いなにかがサディンの腕を掴むと、ぐんっ、と引っ張られるかのような重力と共にイズナとサディンは中に浮かんだ。いや、滞空した。

「うわあああ!!」
「うるっさい、耳元で騒ぐな。」

 サディンの腕を掴んで飛び上がったのは、金の三眼をもつ恐ろしい顔をした幽鬼であった。魔物の中でも割とメジャーな幽鬼だが、この目の前の歪な魔物は手懐けられている様子だった。サディンとイズナの腰に、鎌のような腕を回す。そうしたかと思えば、そのままま下の中庭に向かって、木や壁面に飛び移るように勢いを殺しながら降り立った。

「っ、…貴様!!」
「なんだよ。やんの?」

 図上ではホッとした様子でカインが欄干に突っ伏していた。どうやら無事だと確認した途端に腹が立ってきたらしい。中庭の真上からは口汚い野次が飛んでくるが、それは恐らくジキル達だろう。

「イズナ、お前を拘束する。今回の娼館の件で、マイアを殺したのはお前だろう。」
「…何を言っている。」
「理由なんて知らないよ。聞きたくもねえしな。ただ、蜘蛛の巣に一人便利なのがいてね。」

 ニコリと笑ったサディンが、ぬいぐるみを放り投げた。訝しげな様子でそれを受け取ったイズナは、その間抜けな顔をしたキツネのぬいぐるみを見てピクリと反応した。

「マイアの牢に落ちてた体毛を媒介に、探知魔法を使った。パペットメーカーってのは随分と便利なんだなあ。」
「パペットメーカー、ああ…そんなのがいるのか。」

 イズナはぽそりと呟いた。人形を持つ手をおろし、そして肩を落としたかのように静かにうつむく。

「蜘蛛の巣。厄介だな…きちんと調べておけばよかった。」
「イズナ、お前の目的は、」

 サディンがそう言いかけて、口を噤んだ。

「オスカーだって、まだ殺していないのに!!」

 そう、ひどく苛立ったような声色でイズナが吠えた。そのとき、ぶわりとイズナの周りの魔力が張り、その影がざわざわと揺れ動く。木から離れて舞っていた葉の一枚が、その先から徐々に葉の色をモノクロに変えていく。やられた、イズナとサディンのいる空間を切り離したのだ。

「…城を壊さない配慮?さすが殿下付きの侍従は仕事ができるね。」
「後片付けが面倒なのはいやなんだ。」

 イズナの足元から、帯のように黒い影が這い上がる。その身をしゅるしゅると巻き取るかのように全身を黒く染め上げたイズナが、その瞳を光らせながらゆっくりと転化していく。

「おいおい、人形と全然違うじゃんかよ…」

 じゃり、音を立ててサディンが地べたを踏みしめる。空間から切り離された時点で、ミュクシルも存在を保てなくなってしまった。サディンの体に大きな影がかかる。ゆっくりと距離を取るように後ずさりをする姿を見下ろすように、イズナは2つの尾をもつテウメシアンなる大きな狐の魔物に姿を変えた。



 
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