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「現状報告、まあやっぱりったらそうなんだけどさ、非人道的っつーかなんつーか。」
あれから、再びの会議室。ナナシはエルマーが終わるまではルキーノのとこいく、とか言って医術局に向かった。まあ、嫁同士にしかわからん積もる話もあるのだろう。エルマーは己もついていきたがったが、それに待ったをかけたのは蜘蛛の巣のメンバーであった。
「おい、聞いてますかーー?エルマーさん、団長いない間はあんたが代理なんですからね!?もっかい?もっかい言うべき?どこから聞いてないんですかあんた!!」
偽の妊娠薬を作っていたという、その材料についての話をしていたカルマは、その重そうな前髪の隙間から灰の目を光らせる。
「現状報告っつーのは聞いた。」
「4文字だけかよおおおおおー!!」
スパァンといい音を立ててカルマが机を叩く。エルマーはだらしなく机に突っ伏したまま、やる気はありませんと言わんばかりである。これならエルマーの足元で大人しくしている狼のほうが余程利口だ、と見てカルマがハッとした。
「エルマーさん、ここペット厳禁なんですけど。」
「ああ、こいつは特別なんだあ。」
エルマーの足元で大人しくお座りをした赤毛の大きな狼は、鱗の浮いた不思議な四足をお行儀よく揃えておすわりをし直すと、首から掛けた看板を見せつけるようにしてカルマを見上げた。
サディン団長はしばらくおやすみします。そうヘッタクソな文字で書かれた看板を首から外してやると、その狼は頭をブルブルと震わして身震いする。宥めるようにわしわしとエルマーが頭を撫でてやると、なんだか微妙に落ち込んだような空気を出す。
「ま、な、なんでもいいや。シス、お前はなんで一人で笑ってんの。お前も現状報告するんだよおばか!」
「えぇ…、つってもなあ…マ、私情挟んじまってるから大分あれだけど…。」
狼は軽やかにエルマーの隣の席に飛び乗ると、ぺたりと尻を押しつかせる。机に伏してだらけているエルマーの頭を前足でべしりと叩くと、肉球によって髪を乱されたエルマーが渋々といった具合で椅子に座り直した。
「シス、お前はいつからあの娼館のことを知ってたんだあ。」
「…うーん、…もうこの際だから包み隠さずに言うけどさ。」
エルマーの核心をつくような言葉にぐっとつまりはしたが、小さくため息を吐いた後、諦めたようにゆっくりと語りだす。
「僕の母親が、あの娼館の出だってのはまじ。んで、孕まされた淫魔に頼んで逃げ出したってのも本当。そんときはまだ僕は生まれてなかったし、母さんから聞いてるのは、他にも連れて逃げたって。」
「ああ、そこからなら俺が補足できる。」
シスの話の流れに乗るように、ジキルが手を上げた。
「マリーは覚えてたぜ。あいつ含めて、3人程連れて逃げたらしい。マリーだけは連れ戻されちまったみてえだけど、残りの二人は孤児院が保護してた。」
「保護してた…、ああ、もう孤児院から出てるってことね。」
カルマが口元に手を当てる。どうやら、マリーの母への執着はそのせいらしい。シスが渋い顔をするのを見て、手慰みのように頭を撫でてやると、むすくれながら振り払われた。
「んだよ、同情ならいらないっての。てか僕の母親に育てられてたからってんなら意味はわかるけどさ…」
母さんは、父さんのこと好きだったらしいし。そう補足すると、シスの顔に影が差す。あてがわれた淫魔に、無理やり抱かれて孕まされた。その事実は変えられない。しかし、シスのしっている記憶の母は、角の生えた父のことを愛していた。シスの父との最後の記憶は、父が母とシスを木の洞に隠したところまでだ。愛してくれていたと思う、シスの記憶は朧気だが、育ての親でもあるカストールの祭祀は、母が18で身体が老いていく奇病に侵されながらも、その名を紡がぬ日はなかったということを教えてくれていた。
「僕が、こっちに来たのは復讐するためだよ。まさかこんなにすぐ出くわすとは思わなかったけど、…あのお父さんとか呼ばせる変態は、僕の手で殺してやりたいとも思ってる。」
シスの言葉尻に、剣呑な色味が交じる。マリーも被害者だ。それはわかっている。だけど、シラユリはシスの、シスだけの母だ。己よりも長いひとときを過ごしたマリーへの嫉妬が胸のうちにくすぶる。そして、なによりもシスが嫌だったのは、魔物に無理やり孕ませられるという悪習を生み出したことだ。
その言葉が、シスの両親を哀れなものに変えることが、何よりも許せなかった。どんな出会いであれ最終的にシスの両親は互いを愛した。だから、けして不幸せではなかった。
黙り込むシスに、エルマーは黙って話を聞き終えたあと、ゆっくりと口を開く。
「殺してやりたいつっても、死んでるんだわ。そいつ。」
「え、」
「いや、ちげぇな。その名の持ち主は、か。」
椅子にふんぞり返って足を組んだまま、エルマーが言った。相変わらず横柄な態度ではあるが、尻のポケットに手を突っ込んだかと思うと、クッシャクシャの状態の数枚の紙をテーブルにおき、その紙のヨレを引き伸ばす。
「お前らが言ってる間によ、俺なりに調べてみたんだわ。まあ、サディンにたのまれたってのもあんだけど。」
「エルマーさん、文字読めたんすね…」
「おう、お前あとで個トレな。」
感心したように言うジキルに、エルマーは笑顔で返す。バウッと狼が嗜めるように吠えると、エルマーはわしわしと撫でながら、その紙を飛行機型に折ると、シスに飛ばした。
「へ、な、なに。」
「わりーけど、俺ぁお前らと使う頭がちげえもんでね。」
とんとん、と自分の頭を指で突くと、その整った顔を悪人もかくやと言わんばかりに歪ませて笑う。
「国内に出してるっつー風俗店なら当然届け出は出してるだろう。だけどな、男娼なら絞られる。そんなかでいっとう古い男娼館に目星つけりゃ、まあ大体わかるわな。」
「男娼館絞るくらいはやりましたよ、だから潜入した。」
「俺はそこから、妊娠薬の申請日を遡った。」
エルマーの言葉に、その場にいた者の言葉が止まった。
「妊娠薬飲まされたんだろう、しかも劣化版。んで被害者が男娼で、店の名前もわかってる。なら、なんで、どうして?どういう理由で?って噛み砕いて組み立ててみろよ。」
シスの手で広げられた紙を覗き込むようにして文字を追う。その死体の届け出は、18年前の物だ。魔物とともに、おそらく相打ちになって死亡したのだろう。近くには淫魔を討伐したあとに残る魔石が転がっていたという。
「…っ、」
じわりとシスの瞳から涙が滲む。くしゃりと握り締めた一枚の紙は、ただの報告書である。二枚目には、死亡した男の名で申請が出された正規の妊娠薬。当時は産後の届け出の義務があったが、死産で提出されていた。報告書の記載の名はシスの知らない名で、使い魔はワーウルフと記載があった。
「おい、エルマーさん…これって、」
「男娼で一人人狼がいたろう、まあ、その父親だろうな。」
「マリーは、死んだことになってんのか!?」
「その死産っつーのが嘘ならそうだなあ。」
ジキルもカルマも、まるで苦虫を噛み締めたかのような顔をする。やはり供述通り、妊娠薬をつくるのに一番手っ取り早いのは、妊娠した男の血液から抽出することだった。他人の細胞の一部を入れるのだ、無論人の体は拒絶反応を起こす。それを緩めるために、植物の魔物から抽出する麻薬と、ナーガ毒を混ぜるらしい。これらは全て、カルマがマイアから聞いたことだ。
体の細胞が急激に活性化し、体の細胞の働きを酷使する。目を瞠るほどの効能の代わりに、対価として体の老化を早め、寿命を縮める。シスの母を死に至らしめた悪魔の薬。
「美容薬って言われたよ、僕は。」
男娼が、躊躇わずに飲むためについた嘘だ。普通なら、疑って口にはしないだろう。しかし、この娼館に在籍をしていた男娼は、みな育ての親はひとりだ。産ませ、そして主が育てる。無知のまま大切に育てられた半魔のものは、成長が早く老いも遅い。
ヒュキントスの箱庭。それはあの狭い館の中で育てられた者たちが、皆その身の価値を縛られているという真実であった。
あれから、再びの会議室。ナナシはエルマーが終わるまではルキーノのとこいく、とか言って医術局に向かった。まあ、嫁同士にしかわからん積もる話もあるのだろう。エルマーは己もついていきたがったが、それに待ったをかけたのは蜘蛛の巣のメンバーであった。
「おい、聞いてますかーー?エルマーさん、団長いない間はあんたが代理なんですからね!?もっかい?もっかい言うべき?どこから聞いてないんですかあんた!!」
偽の妊娠薬を作っていたという、その材料についての話をしていたカルマは、その重そうな前髪の隙間から灰の目を光らせる。
「現状報告っつーのは聞いた。」
「4文字だけかよおおおおおー!!」
スパァンといい音を立ててカルマが机を叩く。エルマーはだらしなく机に突っ伏したまま、やる気はありませんと言わんばかりである。これならエルマーの足元で大人しくしている狼のほうが余程利口だ、と見てカルマがハッとした。
「エルマーさん、ここペット厳禁なんですけど。」
「ああ、こいつは特別なんだあ。」
エルマーの足元で大人しくお座りをした赤毛の大きな狼は、鱗の浮いた不思議な四足をお行儀よく揃えておすわりをし直すと、首から掛けた看板を見せつけるようにしてカルマを見上げた。
サディン団長はしばらくおやすみします。そうヘッタクソな文字で書かれた看板を首から外してやると、その狼は頭をブルブルと震わして身震いする。宥めるようにわしわしとエルマーが頭を撫でてやると、なんだか微妙に落ち込んだような空気を出す。
「ま、な、なんでもいいや。シス、お前はなんで一人で笑ってんの。お前も現状報告するんだよおばか!」
「えぇ…、つってもなあ…マ、私情挟んじまってるから大分あれだけど…。」
狼は軽やかにエルマーの隣の席に飛び乗ると、ぺたりと尻を押しつかせる。机に伏してだらけているエルマーの頭を前足でべしりと叩くと、肉球によって髪を乱されたエルマーが渋々といった具合で椅子に座り直した。
「シス、お前はいつからあの娼館のことを知ってたんだあ。」
「…うーん、…もうこの際だから包み隠さずに言うけどさ。」
エルマーの核心をつくような言葉にぐっとつまりはしたが、小さくため息を吐いた後、諦めたようにゆっくりと語りだす。
「僕の母親が、あの娼館の出だってのはまじ。んで、孕まされた淫魔に頼んで逃げ出したってのも本当。そんときはまだ僕は生まれてなかったし、母さんから聞いてるのは、他にも連れて逃げたって。」
「ああ、そこからなら俺が補足できる。」
シスの話の流れに乗るように、ジキルが手を上げた。
「マリーは覚えてたぜ。あいつ含めて、3人程連れて逃げたらしい。マリーだけは連れ戻されちまったみてえだけど、残りの二人は孤児院が保護してた。」
「保護してた…、ああ、もう孤児院から出てるってことね。」
カルマが口元に手を当てる。どうやら、マリーの母への執着はそのせいらしい。シスが渋い顔をするのを見て、手慰みのように頭を撫でてやると、むすくれながら振り払われた。
「んだよ、同情ならいらないっての。てか僕の母親に育てられてたからってんなら意味はわかるけどさ…」
母さんは、父さんのこと好きだったらしいし。そう補足すると、シスの顔に影が差す。あてがわれた淫魔に、無理やり抱かれて孕まされた。その事実は変えられない。しかし、シスのしっている記憶の母は、角の生えた父のことを愛していた。シスの父との最後の記憶は、父が母とシスを木の洞に隠したところまでだ。愛してくれていたと思う、シスの記憶は朧気だが、育ての親でもあるカストールの祭祀は、母が18で身体が老いていく奇病に侵されながらも、その名を紡がぬ日はなかったということを教えてくれていた。
「僕が、こっちに来たのは復讐するためだよ。まさかこんなにすぐ出くわすとは思わなかったけど、…あのお父さんとか呼ばせる変態は、僕の手で殺してやりたいとも思ってる。」
シスの言葉尻に、剣呑な色味が交じる。マリーも被害者だ。それはわかっている。だけど、シラユリはシスの、シスだけの母だ。己よりも長いひとときを過ごしたマリーへの嫉妬が胸のうちにくすぶる。そして、なによりもシスが嫌だったのは、魔物に無理やり孕ませられるという悪習を生み出したことだ。
その言葉が、シスの両親を哀れなものに変えることが、何よりも許せなかった。どんな出会いであれ最終的にシスの両親は互いを愛した。だから、けして不幸せではなかった。
黙り込むシスに、エルマーは黙って話を聞き終えたあと、ゆっくりと口を開く。
「殺してやりたいつっても、死んでるんだわ。そいつ。」
「え、」
「いや、ちげぇな。その名の持ち主は、か。」
椅子にふんぞり返って足を組んだまま、エルマーが言った。相変わらず横柄な態度ではあるが、尻のポケットに手を突っ込んだかと思うと、クッシャクシャの状態の数枚の紙をテーブルにおき、その紙のヨレを引き伸ばす。
「お前らが言ってる間によ、俺なりに調べてみたんだわ。まあ、サディンにたのまれたってのもあんだけど。」
「エルマーさん、文字読めたんすね…」
「おう、お前あとで個トレな。」
感心したように言うジキルに、エルマーは笑顔で返す。バウッと狼が嗜めるように吠えると、エルマーはわしわしと撫でながら、その紙を飛行機型に折ると、シスに飛ばした。
「へ、な、なに。」
「わりーけど、俺ぁお前らと使う頭がちげえもんでね。」
とんとん、と自分の頭を指で突くと、その整った顔を悪人もかくやと言わんばかりに歪ませて笑う。
「国内に出してるっつー風俗店なら当然届け出は出してるだろう。だけどな、男娼なら絞られる。そんなかでいっとう古い男娼館に目星つけりゃ、まあ大体わかるわな。」
「男娼館絞るくらいはやりましたよ、だから潜入した。」
「俺はそこから、妊娠薬の申請日を遡った。」
エルマーの言葉に、その場にいた者の言葉が止まった。
「妊娠薬飲まされたんだろう、しかも劣化版。んで被害者が男娼で、店の名前もわかってる。なら、なんで、どうして?どういう理由で?って噛み砕いて組み立ててみろよ。」
シスの手で広げられた紙を覗き込むようにして文字を追う。その死体の届け出は、18年前の物だ。魔物とともに、おそらく相打ちになって死亡したのだろう。近くには淫魔を討伐したあとに残る魔石が転がっていたという。
「…っ、」
じわりとシスの瞳から涙が滲む。くしゃりと握り締めた一枚の紙は、ただの報告書である。二枚目には、死亡した男の名で申請が出された正規の妊娠薬。当時は産後の届け出の義務があったが、死産で提出されていた。報告書の記載の名はシスの知らない名で、使い魔はワーウルフと記載があった。
「おい、エルマーさん…これって、」
「男娼で一人人狼がいたろう、まあ、その父親だろうな。」
「マリーは、死んだことになってんのか!?」
「その死産っつーのが嘘ならそうだなあ。」
ジキルもカルマも、まるで苦虫を噛み締めたかのような顔をする。やはり供述通り、妊娠薬をつくるのに一番手っ取り早いのは、妊娠した男の血液から抽出することだった。他人の細胞の一部を入れるのだ、無論人の体は拒絶反応を起こす。それを緩めるために、植物の魔物から抽出する麻薬と、ナーガ毒を混ぜるらしい。これらは全て、カルマがマイアから聞いたことだ。
体の細胞が急激に活性化し、体の細胞の働きを酷使する。目を瞠るほどの効能の代わりに、対価として体の老化を早め、寿命を縮める。シスの母を死に至らしめた悪魔の薬。
「美容薬って言われたよ、僕は。」
男娼が、躊躇わずに飲むためについた嘘だ。普通なら、疑って口にはしないだろう。しかし、この娼館に在籍をしていた男娼は、みな育ての親はひとりだ。産ませ、そして主が育てる。無知のまま大切に育てられた半魔のものは、成長が早く老いも遅い。
ヒュキントスの箱庭。それはあの狭い館の中で育てられた者たちが、皆その身の価値を縛られているという真実であった。
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