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「っ、…あ、」
「ミハエル、」
「ン、…ゅ、ふ…ぁ、…っ…」
苦しい、苦しくて甘い。ミハエルは知らなかった。だって、初めてだったのだ。好きな人とのキスは、心臓がバカみたいにやかましく主張して、全身の血流がぐるりと巡って、飲み込みきれない唾液が甘いのも、吐息の交換がこんなに嬉しいのも、初めて聞くサディンの掠れた声も、全部全部自分のためにあるのだと思うと、苦しくて、それが幸せで、ただただ感情が追いつかない。一度じゃない、二度、三度、サディンは何度もミハエルに口付けをくれるのだ。頭がぼんやりして、ぬるりと味蕾を擦り合わせるようなやらしいキスに腰が震える。
こんなこと、誰からも教えてもらわなかった。本で読んだことがあるけれど、それよりもすごい。大人って、こんなにすごいキスをするのだと思った。
「っふ、ぅぁ…、」
ゆっくりと、激しい口付けから解放される。名残惜しげにちろりと出してしまった舌先に、サディンが甘く吸い付いて、喰む。それだけで、ミハエルはじんわりと恥ずかしいところを濡らしてしまう。
少しだけカサついたサディンの親指が、優しくミハエルの口端の唾液を拭う。顔が熱い。部屋の空気が冷たく感じるほど、ミハエルの体温は上がってしまっていた。上下し、呼吸を整えるミハエルの胸元を、サディンがそっと撫でた。こつりと額が重なって、鼻先が触れ合う。角度を変えて、もう一度口付けた。嬉しい、嬉しくて、死んでしまいそう。じんわりと睫毛を濡らすミハエルの小さな顔を包み込むように、サディンが両手で頬を包み込む。
「ミハエル、お前だけは…」
「っ、ぅ…?」
「お前だけは、…俺の聖域でいて欲しかった。」
「ふぁ、…」
くちゅ、と音を立てて、サディンの親指がミハエルの舌を撫でる。開かされた口に、サディンの舌が見せつけるように入り込むと、上顎を舐められてブルリと震えた。
「気づきたくなかった、俺は、…お前にとって、いい大人でいたかった…、」
「ぁ、ンく…っ、」
「汚したくなかった、お前の、お前の純粋な気持ちを、俺なんかで汚したくないって、」
サディンは、ずっと思っていた。幼い頃から、己へと向けてくれたミハエルの純粋な気持ち。それはサディンにとって、とても眩しいものだった。大人になるにつれて、サディンは沢山汚いものを見て、汚い大人たちと触れ合って、その手を血で染めたりもした。職業柄、仕方のないことだってわかっている。無論、サディンだって繊細なわけではない、職務となれば平気でその容姿を活用したし、女や男も抱いてきた。処世術とまでは言わないが、それで優位にことを運べるなら、その身を差し出すのだって厭わなかった。
サディンは、己の目の届く範囲の人を守れればそれでいい。己の狭い世界の中で、ただ淡々とした日々を過ごせれば、それでよかったのに。
「お前は、綺麗だよ。真っ直ぐで、俺にはないものを持ってる。」
「ン…ンぅ、ふ、」
「俺の中をいっつも乱して、好きだ好きだって、歳考えてくれよ、本当に…もう、」
「ふぁ、」
ぬるりと指が抜けて、サディンの顔がゆるゆると下がる。まるで縋るかのようにミハエルの胸元に顔を埋める様子に、自分の心臓の音がバレてしまうんじゃないかと思った。
「サディン、くん」
「…、」
ぎゅう、サディンの腕がミハエルの背中に回る。胸が少しだけ反って、その顔が見えづらい。ミハエルはそろそろと起き上がると、サディンの頭はずるりと下がって、その細い腰に抱きつく形になった。下腹部に顔を埋められたまま、ミハエルはトクトクとなる心臓の音が、自分だけじゃないとわかった。
「俺は、お前にとってのヒーローでいたかった。」
「…、」
「なんの駆け引きもなくさ、お前だけが素直に気持ちをぶつけてくるから、お前の中の俺って一体どんなやつなんだろうって。」
そう考えたら、サディンのなりたかった大人は、かっこいい大人は、ミハエルの中にいるんだと思った。
「サディンくん…あの、」
「俺、自分の弟よりも年下の男に、何させてんだろうな。」
「へ、」
「守ってやれなくて、ごめんな。」
ミハエルの薄いお腹に顔を埋めた、サディンの震えた声が聞こえる。泣いているのだろうか。お腹の生地はじんわりと暖かくて、ミハエルはサディンを腰に抱き付かせたまま、優しくその髪を撫でる。
「僕は、あなたの隣に立ちたかった。」
「やめろよ、眩しすぎんだろ。」
「サディンくんは僕のお日様ですよ、それくらい光ってなきゃ、負けてしまいます。」
「…年上をたてろよ。」
「やです、僕の気持ちを無碍にしまくった年上なんか、これ以上どうやっても立てられません。」
「……。」
ミハエルの言葉に、サディンの声がグッと詰まった。自業自得だ。サディンにとっての聖域のままでいてほしいからと、自分勝手に遠のけた。ミハエルの手指が優しく髪を梳く。それが心地よくて、ぐる、と喉がなってしまった。
「いつまでも、温室育ちとは思われたくないんです。」
「…ミハエル。」
「あなたが僕を勝手に聖域にしたんです。責任をとってください。」
「ミハエル、だめだ。」
サディンがその言葉の続きを言わせまいと顔を上げた瞬間、ミハエルは言った。
「抱いてください。」
「…、お前」
ミハエルは綺麗に微笑んでいた。泣き顔で、これが今生の願いだと言わんばかりにそう言った。キラキラとした早朝の光に照らされて、サディンがずっと恐れていたことを、容易く言ってしまう。
「…、お前は」
「僕の初めては…っ、あ、あなた、が、…っ、」
語尾が震えて、ミハエルの大きな目から、一つ、二つと涙が溢れる。涙腺がバカになってしまったらしい、慌ててそれを手で受け止めようとする姿が痛くて、サディンは胸が引き千切られそうになってしまった。
「一度、だけだ。」
「っ、ぁい…、」
「そん代わり、死ぬほど優しくする。」
「はい、…っ…」
ヒック、と嗚咽を漏らしながら、ミハエルが俯く。サディンはそっと立ち上がると、両腕をひろげた。ミハエルが意味を理解して、自分から腕の中にそっと身を寄せると、駆け上がってくる喧しいダラスであろう足音を聞きながら、己の兵舎の私室へとミハエルごと転移した。
「ミハエル、」
「ン、…ゅ、ふ…ぁ、…っ…」
苦しい、苦しくて甘い。ミハエルは知らなかった。だって、初めてだったのだ。好きな人とのキスは、心臓がバカみたいにやかましく主張して、全身の血流がぐるりと巡って、飲み込みきれない唾液が甘いのも、吐息の交換がこんなに嬉しいのも、初めて聞くサディンの掠れた声も、全部全部自分のためにあるのだと思うと、苦しくて、それが幸せで、ただただ感情が追いつかない。一度じゃない、二度、三度、サディンは何度もミハエルに口付けをくれるのだ。頭がぼんやりして、ぬるりと味蕾を擦り合わせるようなやらしいキスに腰が震える。
こんなこと、誰からも教えてもらわなかった。本で読んだことがあるけれど、それよりもすごい。大人って、こんなにすごいキスをするのだと思った。
「っふ、ぅぁ…、」
ゆっくりと、激しい口付けから解放される。名残惜しげにちろりと出してしまった舌先に、サディンが甘く吸い付いて、喰む。それだけで、ミハエルはじんわりと恥ずかしいところを濡らしてしまう。
少しだけカサついたサディンの親指が、優しくミハエルの口端の唾液を拭う。顔が熱い。部屋の空気が冷たく感じるほど、ミハエルの体温は上がってしまっていた。上下し、呼吸を整えるミハエルの胸元を、サディンがそっと撫でた。こつりと額が重なって、鼻先が触れ合う。角度を変えて、もう一度口付けた。嬉しい、嬉しくて、死んでしまいそう。じんわりと睫毛を濡らすミハエルの小さな顔を包み込むように、サディンが両手で頬を包み込む。
「ミハエル、お前だけは…」
「っ、ぅ…?」
「お前だけは、…俺の聖域でいて欲しかった。」
「ふぁ、…」
くちゅ、と音を立てて、サディンの親指がミハエルの舌を撫でる。開かされた口に、サディンの舌が見せつけるように入り込むと、上顎を舐められてブルリと震えた。
「気づきたくなかった、俺は、…お前にとって、いい大人でいたかった…、」
「ぁ、ンく…っ、」
「汚したくなかった、お前の、お前の純粋な気持ちを、俺なんかで汚したくないって、」
サディンは、ずっと思っていた。幼い頃から、己へと向けてくれたミハエルの純粋な気持ち。それはサディンにとって、とても眩しいものだった。大人になるにつれて、サディンは沢山汚いものを見て、汚い大人たちと触れ合って、その手を血で染めたりもした。職業柄、仕方のないことだってわかっている。無論、サディンだって繊細なわけではない、職務となれば平気でその容姿を活用したし、女や男も抱いてきた。処世術とまでは言わないが、それで優位にことを運べるなら、その身を差し出すのだって厭わなかった。
サディンは、己の目の届く範囲の人を守れればそれでいい。己の狭い世界の中で、ただ淡々とした日々を過ごせれば、それでよかったのに。
「お前は、綺麗だよ。真っ直ぐで、俺にはないものを持ってる。」
「ン…ンぅ、ふ、」
「俺の中をいっつも乱して、好きだ好きだって、歳考えてくれよ、本当に…もう、」
「ふぁ、」
ぬるりと指が抜けて、サディンの顔がゆるゆると下がる。まるで縋るかのようにミハエルの胸元に顔を埋める様子に、自分の心臓の音がバレてしまうんじゃないかと思った。
「サディン、くん」
「…、」
ぎゅう、サディンの腕がミハエルの背中に回る。胸が少しだけ反って、その顔が見えづらい。ミハエルはそろそろと起き上がると、サディンの頭はずるりと下がって、その細い腰に抱きつく形になった。下腹部に顔を埋められたまま、ミハエルはトクトクとなる心臓の音が、自分だけじゃないとわかった。
「俺は、お前にとってのヒーローでいたかった。」
「…、」
「なんの駆け引きもなくさ、お前だけが素直に気持ちをぶつけてくるから、お前の中の俺って一体どんなやつなんだろうって。」
そう考えたら、サディンのなりたかった大人は、かっこいい大人は、ミハエルの中にいるんだと思った。
「サディンくん…あの、」
「俺、自分の弟よりも年下の男に、何させてんだろうな。」
「へ、」
「守ってやれなくて、ごめんな。」
ミハエルの薄いお腹に顔を埋めた、サディンの震えた声が聞こえる。泣いているのだろうか。お腹の生地はじんわりと暖かくて、ミハエルはサディンを腰に抱き付かせたまま、優しくその髪を撫でる。
「僕は、あなたの隣に立ちたかった。」
「やめろよ、眩しすぎんだろ。」
「サディンくんは僕のお日様ですよ、それくらい光ってなきゃ、負けてしまいます。」
「…年上をたてろよ。」
「やです、僕の気持ちを無碍にしまくった年上なんか、これ以上どうやっても立てられません。」
「……。」
ミハエルの言葉に、サディンの声がグッと詰まった。自業自得だ。サディンにとっての聖域のままでいてほしいからと、自分勝手に遠のけた。ミハエルの手指が優しく髪を梳く。それが心地よくて、ぐる、と喉がなってしまった。
「いつまでも、温室育ちとは思われたくないんです。」
「…ミハエル。」
「あなたが僕を勝手に聖域にしたんです。責任をとってください。」
「ミハエル、だめだ。」
サディンがその言葉の続きを言わせまいと顔を上げた瞬間、ミハエルは言った。
「抱いてください。」
「…、お前」
ミハエルは綺麗に微笑んでいた。泣き顔で、これが今生の願いだと言わんばかりにそう言った。キラキラとした早朝の光に照らされて、サディンがずっと恐れていたことを、容易く言ってしまう。
「…、お前は」
「僕の初めては…っ、あ、あなた、が、…っ、」
語尾が震えて、ミハエルの大きな目から、一つ、二つと涙が溢れる。涙腺がバカになってしまったらしい、慌ててそれを手で受け止めようとする姿が痛くて、サディンは胸が引き千切られそうになってしまった。
「一度、だけだ。」
「っ、ぁい…、」
「そん代わり、死ぬほど優しくする。」
「はい、…っ…」
ヒック、と嗚咽を漏らしながら、ミハエルが俯く。サディンはそっと立ち上がると、両腕をひろげた。ミハエルが意味を理解して、自分から腕の中にそっと身を寄せると、駆け上がってくる喧しいダラスであろう足音を聞きながら、己の兵舎の私室へとミハエルごと転移した。
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