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 歓楽街に続く道はどこも汚い。ミハエルはシスによって薄化粧をされた顔で、まるで踊り子のような薄衣を纏いながら、レースアップされたサンダルに細い脚を通して壁際の花となっていた。
 細い足首に絡みつく黒い布地が拘束されているかのように見える。普段編み上げている髪を下ろし、目元に薄く落ち着いた色をのせ、唇には馴染みの良いオレンジの紅を薄く刺していた。
 上等な雌だ。その薄い胸からは、女ではないことが伺える。男娼だと分かっていても、なんとも色気のある容貌に、雌という方がしっくりくるのだ。
 
 一人の体格のいい男がそっと近づく。二、三会話をしたかと思うと、すげなく断られたらしい。頭をかきながら去るやりとりを見る限り、気位も高そうだ。
 
「よう、」
 
 長い睫毛がゆっくりと瞬く。二度目の瞬きでようやく視界に一人の男を捕らえた。声をかけてきたその人は、茶髪に赤眼が美しい。軍服のようなものを着た長身の男であった。
 
「いい夜だな、一人か。」
「……、ええ。」
 
 口を開かせた。あの気位が高そうな雌に己を認識させた。今まで何人か声をかけてきたが、あなたではありませんと丁寧に断り続けられてきたのだ。周りで傍観していたものたちは興味深そうにことの成り行きを見つめている。
 まるで暖かなミルクのような色合いの華奢な手が、そっと胸板に添わされる。両手が男の胸元を撫でたかと思うと、ゆっくりとその男らしい体格を確認するかのように滑りながら、背中に腕を回した。正面から男を抱き締めた男娼は、その胸板にそっと頬を当てた。
 
「お待ちしておりました。」
「ーーーーー、そうか。」
 
 男は小さく何かを呟いたかと思うと、その柳腰に太い腕を回す。どうやら今晩の相手はあの男に決まったらしい。粗野な雰囲気を持ちながらも、何処か腫れ物に触れるかのような繊細な手つきで男娼を抱き寄せると、まるで睦言をささやくかのようにその小ぶりな耳元に唇を寄せた。
 
「団長がこの様子を空家で見ている。俺はこの後殺されるかもしれない。」
「…ならば早く目の届かないところに移動せねばなりませんね。」
 
 真剣な顔をしながらも、若干青褪めてもいる。ミハエルはこの任務で己のペアにされてしまったジキルに申し訳なさそうな顔をすると、なんとも言えない顔をしながらそっとミハエルの腕を己の首に回す。
 
 まわりが自分達をどういう目で見ているかなど興味もない二人は、そんな情けない会話を口にしていた。
 
「力抜いてな。足痛いだろう、抱き上げるから捕まってろ。」
「すみません…、」
 
 ふわりとジキルによって抱き上げられると、靴で痛めた爪先に痺れが走る。首に抱きつくようにそっと寄り添うと、ミハエルはさりげなさを装ってサディンたちが潜伏している空家の方向に目を走らせた。
 
「先生、目で追うな。そこからバレる可能性だってある。」
「ご、めんなさい…、あなたしか見ないようにします。」
「うっ、おお、おっおん…」
 
 顔を赤らめたジキルの謎言語に首を傾げながら、つれてこられたのは件の連れ込みバルである。バルの店主はチラリと二人を見た後、何も言わずに鍵だけを手渡す。ミハエルはおとなしく体を預けたまま、ジキルは階段を軋ませながら上がっていった。やがてたどり着いた一部屋には、シンプルにベットとソファしかないようだった。
 
「マジか…。」

 部屋の内装を見て、完全にそういったやりとりに特化した部屋だと理解したジキルが、顔をくしゃっと歪ませた。そんなジキルとは裏腹に、ミハエルは実に男らしかった。がしりとジキルの手を握ると、呆気にとられる顔を見ないようにしながら、そっとベットサイドまで移動させる。男は度胸だ。ミハエルが今まで読んできた本の一文に、そんな言葉が書かれていたのを思い出す。
 自分より体格のいいジキルをベットに腰掛けさせると、ミハエルはその身に他人の魔力を感じた。
 
「…、ジキルさん。不確かですが、今第三者の波長を感じとりました。」
 
 背に感じたことから、おそらく隣で見ているのだろう。ミハエルはその膝に跨ると、そっと囁くようにジキルに告げた。
 
「わかった。とりあえず先生は俺に任せてくれ。一本釣りするにしても、もう少し泳がせてえ。」
「あ、は、はい。」
 
 ぐっ、とジキルの掌がミハエルの腰を引き寄せる。その細い首筋に顔を埋めながら、ジキルは赤い眼を怪しく輝かせた。ミハエルの肩口にそっと唇を滑らせながら、鋭い聴覚を駆使して状況を探る。隣の部屋にいるのは、おそらく二人だろうということはわかった。
 一人はどうやらご丁寧に興奮作用のあるバフをかけるつもりらしい。悪いが蜘蛛の巣にそんなものは効果はない。値踏みにしては随分と慎重に面接をするのだと思いながら、その手はまるで見せつけるかのようにミハエルの薄絹を脱がす。
 
「ひぅ…っ、」
 
 ピクンと薄い肩が震えた。ジキルはハッとすると、まるで伺うようにミハエルを恐る恐る見上げた。
 
「す、すみませ…」
 
 か細い声だ。顔を真っ赤にしながら、ジキルの手でフルフルとその身を震わせている。緑の瞳は艶やかに潤み、その扇状的な表情に、なんて顔をするのだとゴクリと喉が鳴る。触れていた足の細さを改めて認識すると、己の膝に腰を落ち着けたミハエルの体温や肉の柔らかさが明朗になっていく。
 
「すみません…う、うまくできない…っ、」
 
 小さく震えながらジキルの肩口に顔を埋めてしまったミハエルを宥めるように、優しく背を撫でる。
 
「先生、ヤらなきゃ審査は通らなさそうだ。演技、できるか。」
 
 ミハエルの腰布が邪魔をして、想像の余地を与えていた。ジキルは動けないと声を震わすミハエルにそのままでいいと告げると、その足の付け根に大きな手を回して、そっと体を揺らしてやった。
 
「っあ、」
「そう、そのままばれねえように喘いでてくれ。」
「ひゃ、っ…ジキル、さ…っこ、これっ、」
「擬似セックス。」
「セック、」
 
 ミハエルの尻に押し付けられたジキルの猛りに顔を一気に染め上げる。そうか、セックスって、お尻を使うのだ。柔らかな尻の間を辿るかのように、ジキルがミハエルをゆっくり揺らすものだから、もはや羞恥がすごい。しかし、先ほど感じた波長が大きく揺らいでいることから、どうやら興奮はしてくれているようだった。
 
「ぁ、あっ…、やだ、ぁ…っ」
 
 震える唇が、ゆっくりと声を発する。これは、事件を解決するためなのだ。ジキルの手が優しく背中に回されたかと思うと、ゆっくりと押し倒される。背にシーツの布生地を感じる間も無く、足をひらかされて、ジキルの腰を己の足で挟むような形になった。
 
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