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その頃ミハエルは、寝巻きの身という薄着だけが理由ではない震えに身を苛まれながら、大きな目に涙をたくさん溜めて小さくなっていた。
なんか、変だなあ。ミハエルがそう思ったことは正しくて、乱暴に走り出した馬車に身を浮かせたミハエルを気にするでもなく、荷台に乗った男は紫煙を燻らせる。
生まれつき気管支が弱かったミハエルは、外の寒暖差だけでも喉を痛めてしまう。小さなお手てでお口を抑えながら、ケホケホと咳をする幼児に、男は面倒臭そうに眉を寄せながらタバコを揉み消す。
「当てつけかあ?面倒くせえなあったく、おら。これで満足か。」
「けほっ…うぅ…おとーしゃあん…」
「だあああああああもおおおお!!!!」
「ひぅ…っ…」
まるで癇癪を起こすかのように、ミハエルのうずくまっていた横の壁を勢いよく蹴り上げた。ミハエルの知る大人の中に、そんな乱暴なことをする人はいない、突然の理不尽な暴力に小さく息をつめると、男は小さくなって震えるミハエルの様子に満足げに笑う。
己の加虐心が満たされる。間違いなくミハエルにとっての身の危険は、目の前の男であった。
馬車が止まる。どうやら目的地に着いたらしい。乱暴にミハエルの襟首を掴むと、まるで荷物を持つかのように引き摺り下ろす。
「や、やぁ…やあぁ…ま、ままぁ…お、おとうしゃ…っ!」
「おいおいあんま手荒くすんなよ、ガキだぜ?」
「こいつ見てっとイライラすんだよ。ぴいぴい泣きやがって、うるさくてかなわねえ。」
小さな手には、まだ絵がしっかりと握りしめられていた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕は一体何を間違えてしまったのだろう。幼い心の内側は、どんどんと悲しみの色で満たされていく。今日は特別な日になるはずだったのに。両手で握りしめた絵は、ミハエルが恐怖を堪えるたびにどんどん皺くちゃになってしまい、これじゃあもうプレゼントというにはあんまりな代物になってしまっていた。
「ふ、ぇっ…えほっ…うわぁ、あ、ああぁん…っ…けほっ…」
静かな夜に、堪えきれなかったミハエルの悲痛な泣き声が木霊する。流石に寝静まった夜にこれは目立つと思われたのか、もう一人の男が舌打ちをし、嫌がるミハエルの口に無理やり布を噛ませ、その小さな体を縛り付ける。そんなことをするものだから、ミハエルの大切に守ってきた絵は、ミハエルの手からするりと抜けてしまった。黒い地面の上にパサりと落ちたそれがもの悲しい。決壊した涙は止まるところを知らずに、ひぅひぅと嗚咽混じりの呼吸しかできなくなっていた。
「ふぅ、うー…ンン…ひぅ…」
「黙らねえと埋めるぞクソガキ!」
「おい、お前がうるせえっての。」
「あぁ!?」
口喧嘩のようなやり取りを繰り返しながら、男たちは廃れた家屋に入っていく。ここはどうやら墓地のようだった、ミハエルは墓場というのは、お化けがたくさん出るところというイメージを持っていた。お化けは怖い、おじちゃんたちも怖い、どうしよう、死んじゃうのかもしれない。ヒックと喉を震わせたミハエルは、寒さと恐怖でだんだんと呼吸が辛くなってきた。苦しい、この布をとってほしい。
ミハエルの口から溢れた唾液が、じんわりと布に染み込んでいく。それもなんだか気持ち悪くて、小さくえずく幼児の様子に小さく舌打ちが返された時だった。
がたたっ、と強い風に煽られたかのような家鳴りだった。窓を見ると、墓地に生えている柳の木は特に葉擦れを起こしているわけでもない。特段強い風が吹いた様子もない外の景色を不振がった男の一人が、家の外に出た時だった。
「う、うわあああああ!!!!」
突然悲鳴が上がって、外に出た男が宙吊りになった。何があったと慌ててミハエルを鷲掴んだもう一人の男は、その首元にナイフを突きつけて身構える。
「そんな物騒なもん当てないでくれ。」
「ぇ」
構えていた男の後ろから声がしたかと思うと、窓ガラスを突き破って生えた手が男の頸椎を鷲づかむ。そのまま勢いよく引き抜かれるようにして引き倒される瞬間、男は上空で頭を異形の化け物に鷲掴まれている仲間が目に入った。
「んぅ、うっ…!」
まるで釣られるかのように浮かび上がったミハエルの小さな体が、がしりとした男らしい腕に包まれる。涙で濡れた薄緑色の瞳が写したのは、丸い満月を透かしたかのような美しい金色の瞳をした、サディンの姿だった。
危なげなくミハエルを受け止めたサディンが、ミハエルの小さな体を抱き込む。
「よく頑張ったなミハエル、えらいぞ。」
「ふぅ、うー…っ…」
まるでその光景を見せないといわんばかりに抱き込まれたミハエルは、サディンの腕の中で男二人の悲鳴を聞いた。まるで喉をひねられたかのような酷い濁声と、何かを外すような鈍い音。ようやく終わった頃には、ミハエルはぐったりとした様子でサディンの胸元にもたれかかっていた。
「ミハエル…?おい、…父さん!ダラス!」
顔が赤く、浅い呼吸の様子のおかしいミハエルに、サディンは慌ててその体の拘束を外した。小さな体を着ていた外套で包み込んだサディンは、駆けつけたダラスとエルマーに少しだけ焦ったような声で言う。
「呼吸がおかしい、ダラス、ミハエルに持病はあるか。」
「ミハエル…!!」
「落ち着けダラス、まずは治癒かけてやんねえと。」
ひゅうひゅうと呼吸を繰り返す愛息子の容態に顔を一気に青ざめさせる。エルマーの一言に数度頷くと、サディンに抱き抱えられるミハエルの小さな体に少しずつ治癒を施した。
必死な顔をして治癒を施す、会いたかった父親であるダラスの姿を認めると、ミハエルはひどく安心したらしい。子どもらしい柔らかな頬に一筋の涙をこぼして、まるで沈み込んでいくように意識を手放した。
なんか、変だなあ。ミハエルがそう思ったことは正しくて、乱暴に走り出した馬車に身を浮かせたミハエルを気にするでもなく、荷台に乗った男は紫煙を燻らせる。
生まれつき気管支が弱かったミハエルは、外の寒暖差だけでも喉を痛めてしまう。小さなお手てでお口を抑えながら、ケホケホと咳をする幼児に、男は面倒臭そうに眉を寄せながらタバコを揉み消す。
「当てつけかあ?面倒くせえなあったく、おら。これで満足か。」
「けほっ…うぅ…おとーしゃあん…」
「だあああああああもおおおお!!!!」
「ひぅ…っ…」
まるで癇癪を起こすかのように、ミハエルのうずくまっていた横の壁を勢いよく蹴り上げた。ミハエルの知る大人の中に、そんな乱暴なことをする人はいない、突然の理不尽な暴力に小さく息をつめると、男は小さくなって震えるミハエルの様子に満足げに笑う。
己の加虐心が満たされる。間違いなくミハエルにとっての身の危険は、目の前の男であった。
馬車が止まる。どうやら目的地に着いたらしい。乱暴にミハエルの襟首を掴むと、まるで荷物を持つかのように引き摺り下ろす。
「や、やぁ…やあぁ…ま、ままぁ…お、おとうしゃ…っ!」
「おいおいあんま手荒くすんなよ、ガキだぜ?」
「こいつ見てっとイライラすんだよ。ぴいぴい泣きやがって、うるさくてかなわねえ。」
小さな手には、まだ絵がしっかりと握りしめられていた。どうしてこんなことになってしまったのだろう。僕は一体何を間違えてしまったのだろう。幼い心の内側は、どんどんと悲しみの色で満たされていく。今日は特別な日になるはずだったのに。両手で握りしめた絵は、ミハエルが恐怖を堪えるたびにどんどん皺くちゃになってしまい、これじゃあもうプレゼントというにはあんまりな代物になってしまっていた。
「ふ、ぇっ…えほっ…うわぁ、あ、ああぁん…っ…けほっ…」
静かな夜に、堪えきれなかったミハエルの悲痛な泣き声が木霊する。流石に寝静まった夜にこれは目立つと思われたのか、もう一人の男が舌打ちをし、嫌がるミハエルの口に無理やり布を噛ませ、その小さな体を縛り付ける。そんなことをするものだから、ミハエルの大切に守ってきた絵は、ミハエルの手からするりと抜けてしまった。黒い地面の上にパサりと落ちたそれがもの悲しい。決壊した涙は止まるところを知らずに、ひぅひぅと嗚咽混じりの呼吸しかできなくなっていた。
「ふぅ、うー…ンン…ひぅ…」
「黙らねえと埋めるぞクソガキ!」
「おい、お前がうるせえっての。」
「あぁ!?」
口喧嘩のようなやり取りを繰り返しながら、男たちは廃れた家屋に入っていく。ここはどうやら墓地のようだった、ミハエルは墓場というのは、お化けがたくさん出るところというイメージを持っていた。お化けは怖い、おじちゃんたちも怖い、どうしよう、死んじゃうのかもしれない。ヒックと喉を震わせたミハエルは、寒さと恐怖でだんだんと呼吸が辛くなってきた。苦しい、この布をとってほしい。
ミハエルの口から溢れた唾液が、じんわりと布に染み込んでいく。それもなんだか気持ち悪くて、小さくえずく幼児の様子に小さく舌打ちが返された時だった。
がたたっ、と強い風に煽られたかのような家鳴りだった。窓を見ると、墓地に生えている柳の木は特に葉擦れを起こしているわけでもない。特段強い風が吹いた様子もない外の景色を不振がった男の一人が、家の外に出た時だった。
「う、うわあああああ!!!!」
突然悲鳴が上がって、外に出た男が宙吊りになった。何があったと慌ててミハエルを鷲掴んだもう一人の男は、その首元にナイフを突きつけて身構える。
「そんな物騒なもん当てないでくれ。」
「ぇ」
構えていた男の後ろから声がしたかと思うと、窓ガラスを突き破って生えた手が男の頸椎を鷲づかむ。そのまま勢いよく引き抜かれるようにして引き倒される瞬間、男は上空で頭を異形の化け物に鷲掴まれている仲間が目に入った。
「んぅ、うっ…!」
まるで釣られるかのように浮かび上がったミハエルの小さな体が、がしりとした男らしい腕に包まれる。涙で濡れた薄緑色の瞳が写したのは、丸い満月を透かしたかのような美しい金色の瞳をした、サディンの姿だった。
危なげなくミハエルを受け止めたサディンが、ミハエルの小さな体を抱き込む。
「よく頑張ったなミハエル、えらいぞ。」
「ふぅ、うー…っ…」
まるでその光景を見せないといわんばかりに抱き込まれたミハエルは、サディンの腕の中で男二人の悲鳴を聞いた。まるで喉をひねられたかのような酷い濁声と、何かを外すような鈍い音。ようやく終わった頃には、ミハエルはぐったりとした様子でサディンの胸元にもたれかかっていた。
「ミハエル…?おい、…父さん!ダラス!」
顔が赤く、浅い呼吸の様子のおかしいミハエルに、サディンは慌ててその体の拘束を外した。小さな体を着ていた外套で包み込んだサディンは、駆けつけたダラスとエルマーに少しだけ焦ったような声で言う。
「呼吸がおかしい、ダラス、ミハエルに持病はあるか。」
「ミハエル…!!」
「落ち着けダラス、まずは治癒かけてやんねえと。」
ひゅうひゅうと呼吸を繰り返す愛息子の容態に顔を一気に青ざめさせる。エルマーの一言に数度頷くと、サディンに抱き抱えられるミハエルの小さな体に少しずつ治癒を施した。
必死な顔をして治癒を施す、会いたかった父親であるダラスの姿を認めると、ミハエルはひどく安心したらしい。子どもらしい柔らかな頬に一筋の涙をこぼして、まるで沈み込んでいくように意識を手放した。
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