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最終章 大黒腐編

第270話 エイジス村のべリアとイリア

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気がつくと白い壁の部屋にいた。



いや、部屋というには大きい。



民家がすっぽり入ってしまうくらいの空間だ。



無機質で正方形。



全体がぼんやりと光っている。



遥かなる過去の機械文明……古代遺跡の中だ。



「リリーナ様、お目覚めになられましたか」



見知った部下の顔が振り向いた。



親衛隊の新入り、ラズリーだった。



庶民の出だが、



外見はどこぞの王子と見舞うばかりの男。



生き残っているのは7人だけだった。



古株の親衛隊員は皆死んだようだ。



故にラズリーがまとめている。



この大陸に飛ばされたとき、



友軍は4000いた。



それが今や……



「ここはどこだ?」



リリーナは魔剣を手に立ち上がろうとした。



ガクッと膝が落ちる。



力が入らない。



「リリーナ様!」



咄嗟に傍にいた女兵士が肩を支える。



「大丈夫だ……離せ」



一般兵だが、いつも自分の近くで戦っているのを、



リリーナは覚えていた。



名は確か……



ルピだったか。



弓の達人だったので記憶に残っていた。



「ここは地下にある古代遺跡の中です。



リリーナ様は魔剣の力を使いすぎて、



意識を失われました。



腐樹の森をオークの軍勢から逃げている最中、



現地の者に助けられたのです」



ラズリーは生き生きと語る。



希望にあふれた顔つきだ。



そう言えば全員、生気が戻っている。



「現地の者?」



「はい。ここの奥に住んでいるらしいのですが、



我々を受け入れるか村の者と話すと言い、



扉の向こうに消えました。



ですが水と食料と衣類を持ってきてくれて、



おそらく大丈夫だ、もうしばらく待て、



と言われました」



ラズリーは水を持って来た。



「とても強いお二方で……



そっくりでしたので双子だと……」



ルピによるとたった二人で魔物とオークの軍勢を、



古代文明の遺物から作った武器で一掃したという。



視界の隅で大きな影がのそりと動いた。



身を起こしたワルツだった。



ワルツは黒霊石を埋め込まれた大型のネコ科魔獣で、



リリーナが意のままに操れる死獣だ。



周囲の敵を狂暴化させ操作する能力を持つ。



しばらくすると扉が開いた。



出てきたのはルピが言った通り、



双子の女戦士だった。



肌は透き通るほど白く、髪は銀髪、瞳の色は紫。



共に美しく神々しい。



武具も見たことのないものだった。



壁と同じ、白くて少し光沢のある材質だ。



鱗のように小さな素材を幾重にも重ねた鎧。



「お待たせしました。



長老たちも迎え入れよとの事でしたので、



皆さんをわが村に案内致します」



髪の長い方が微笑む。



細いのによくとおる声だった。



リリーナは前に出た。



「我が名はリリーナ・カサス・ゾディアック。



この者たちの主である。



地上で助けてもらった礼をしていなかった。



感謝する」



「リリーナさん、目が覚めてよかったです。



私はべリア。こちらはイリア」



横の髪の短い方が軽く顎を引いた。



「困ったときはお互い様です。



さあ村へ参りましょう」



リリーナ達はその区画を後にし、長い回廊へと進んだ。











「ラズリー、あ奴らの事、



信用できると思うか?」



「確信は持てませんが……おそらくは。



彼女らは命を懸けて我らを救ってくれました。



そこまでして何かあるとはとても思えません。



それに……」



「それに?」



「軽くしか話せなかったのですが、



彼女たちは調査と魔物の駆除と植林で、



たまに地上に出るそうです。



それは他の村も同じで、



みんなで決めた条約があるとかで……。



詳しくは分かりませんが、



他にも複数の村が地下にあって、



交流も盛んだと思われます」



声を落としてひそひそと話す。



「ほかには?」



「日光には長く当たれないと言ってました。



地上では生きられない身体みたいです」



「何代も地下で生活してきたからか……。



奴らの武器は?」



「両手両足に黒い機械を巻いてますよね。



あれはおそらく古代文明の遺物です。



身体を浮かせて、



空中を自在に動き回ってきました。



それと背中の筒状のものから、



光る弾を発射して戦います」



一行は巨大な橋を歩いている。



下は暗くて見えない。



相当深そうだった。



両隣、そして上にも同じ形大きさの橋が並んでいた。



小さな灯りが至る所で明滅していて、



たまに空飛ぶ機械が荷物を運んでいる。



「私が魔剣使いだと話してないな?」



「はい、もちろんです。



ワルツの事も言ってません」



「もしもの事があれば、



私は容赦なくあの二人を殺すからな」



「分かりました」



「お前たちも躊躇するな」



それから頭のない黒くて小さな機械の犬とすれ違い、



僅かな灯りの下で生きている、



苔から生えた果実をつまんで食べたり、



ガラス張りの向こうの、



地下森林区画を眺めながら歩いているうちに、



村の入り口に着いた。



「お疲れさまでした。



ここが私たちの住む〝エイジス村〟です」



5mほどの巨大な扉の横には、



古代語で何やら書かれていた。



リリーナの視界には『エイジス社』と出てきた。



扉横の画面にイリアが立つと、



ゆっくり扉が横にスライドし始めた。



村は中央に一本の通路があり、



その両脇に住民の家が並んでいた。



玄関の前は人の生活感が見られるが、



リリーナたちが知っている家というよりも、



それらは横並びに部屋が続いているという印象だった。



元々あった倉庫のような施設に、



100人ほどが住み着いた村、



というのが正しい表現なのかもしれない。



人々はべリアとイリアと同じく全員が白い肌、



銀色の髪、紫の瞳だった。



「ようこそおいでなすった。



わしは長老のルンデニーじゃ。



なんもない村じゃが、ゆっくりしていけばいい」



片目の潰れた腰の折れた老人が、



前に出てきた。



「リリーナと申す。すまないが世話になる」



少し離れた所に武装した若い男たちがたむろしていた。



こちらを警戒の目で見ている。



「ルッツ。この方たちを案内してくれ」



長老のルンデニーが呼んだのは、



長い銀髪を後ろに流した頬に傷のある男だった。



「わしの息子のルッツじゃ。衛士長をしておる。



わしは歳で動けんからの、息子が村を案内するでよ」



ルッツは鋭い眼差しでリリーナ達を一瞥した後、



「ついてこい」とそっけなく言い放った。



案内と言っても100人しかいない小さな集落である。



水場やトイレ、共同炊事場などを回ってから、



空いている家をあてがわれた。



ルッツは去り際、



「くれぐれも騒ぎは起こすなよ」



とだけ言い残してさっさと帰ってしまった。





「……子供がたくさんいましたね」



ラズリーは扉の小窓から外の様子を見ながら呟いた。



「若い衆もルッツとやらも、



ひどく警戒してましたが、



彼らは日常を守りたいだけでしょう」



部下の声にリリーナも納得した。



この目で見て、実際に接し、分かった。



謀略など起きようもないほど長閑で、



そして豊かな村だ。



「リリーナ様、



早速、湯あみに行きましょう」



ルピは浮かれている。



「まさかあんな巨大な湯場があるとは。



こんな機械だらけの地下通路なのに、



水は豊富にあるっていうのが不思議だな」



武具や少ない荷物を降ろし、



交代で湯あみに行くことになった。



偵察も兼ねて、まずは部下の男3人を先に行かせた。



床や壁が白く適度に光っていて、広くも狭くもない。



寝具の他には何もない部屋だ。



ちなみにワルツは隣の同じ広さの部屋に入れてある。



黒霊石を埋め込んだ死獣なので、



リリーナが動くなと言えば、



何日もその場から微動だにしない。



当然飯もいらない。



用意してもらった緩やかな衣類を着て、



リリーナは十数日ぶりとなる休息をとった。



この先の事を考えなければいけないが、



今は頭が働かない。



その時、視界に通信を知らせる表示が出た。



次いで脳内に女の声が響く。



『我が名は〝ポルデンシス〟



リリーナ・カサス・ゾディアック、



ようこそゼニア大陸へ』
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