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第五章 大陸戦争編

第235話 十三回目の夢

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朝の七時。



僕が部屋を出た時には、



すでに全員の準備が整っていた。



「聞いての通りだ。



みんな急いで機材を運び出してくれ」



用意していたキャリアーの二つに、



次々と選んでおいた機材が入れられる。



こうも慌ただしいのはつい先ほど、



〝リマ2〟からこのビルの前に



【ワーマー】が集まりだしている、



と無線が入ったからだ。



理由は不明。



派手な音を出している訳でもない。



「出入口は一つしかない。



数が集まる前に突破するよ」



博士に打ってもらった注射が効いてきたようで、



身体の調子が良かった。



行きは〝視〟すぎた。



おかげで帰りは自重するようにと、



博士に真面目な顔で言われてしまった。



五分ほどして荷物をまとめ終わり、



外に出る準備が整った。



二つのキャリアーは博士の助手たちが押し、



タワーに連れ帰る三人も警護対象ではなく、



戦闘要員として数えた。



『〝リマ2〟どのくらい集まってる?』



『50体ほどです。



ただ密集はしてません。



足の速そうな【四つ足】【キケイ】



も確認できませんので、



道は作りやすいかと思います。



ただ、もと来た道は危険度が高いと思われます。



ランデブーポイントを変更した方がいいかと』



返事を聞いてすぐに頭の中に地図を描いた。



確か六本木ビルズ方面のポイントBが一番近い。



『了解。ポイントBに変更。



君たちも移動して』



『了解しました』



一階ロビーに移動し、



全員がうっすらと明るくなった外に銃口を構える。



割れたガラス戸の向こう側には、



多くの【ワーマー】が確認できる。



目が合った一ノ瀬に小さく頷き、



〝ジュリエット4〟を外に向けて前進させた。



その後ろにかぐやと飛鳥。



博士たちには僕と秋人がぴったりと付き、



最後尾は民間兵士の三人に任せた。



「出たら左に進んで。



道を作るだけでいい、他は無視すること」



外に飛び出すと早速数体が僕たちに気付き、



うめき声を上げながら寄ってきた。



消音器の連射音が朝の寒空に複数響き、



あっという間に道が出来た。



ただの【ワーマー】ならさほど危険はない。



しかし、素早い【キケイ】が出てくる前に、



この群れを抜けなければ。



冷たい空気が喉を焼く。



無機質なコンクリートジャングルに吹く風は、



思いのほか冷たく感じ、指先の感覚を奪い去っていく。



側面から3体の【ワーマー】。



一体は首から大きな枝が生え、



もうすぐ【腐樹】になりそうだ。動きも遅い。



頭に一発ずつ。



肩に反動。



着弾、着弾、着弾。



奥からさらに4体。



身体のリズムに合わせて、



脇を締め、



銃口を固定する。



引き金を引き、発射音が四つ。



元は人間、その事実がちらっと頭を過る。



崩れ落ちた【ワーマー】を踏みつけ、



【四つ足】が来る。



大きく息を吸い、止める。



連射。



上だ、と誰かの声。



珍しい飛行タイプの【ワーマー】だ。



鳥類は感染しても、



伸びた菌糸が羽の動きやバランスを奪い、



飛べなくなるのが普通だった。



銃を上に構え、



リアサイトを覗く。



人差し指が動く直前、誰かの銃弾が命中した。



飛鳥だった。



陣形を崩さないよう注意する。



群れの密度が濃くなってきた。



連射して一掃。



弾倉を交換。



足を動かし続ける。



息が荒くなってきた。



7体に掃射、3体を丁寧に駆除。



猿のような【キケイ】に3発撃ち込み、



また4体を片付ける。



視界には保護対象の三人と飛鳥を常に入れておく。



「昴……前を見ろ」



秋人の声は余裕が無かった。



環状3号線、乃木坂方面から、



今までとは比較にならないほどの、



大きな群れが押し寄せてきていた。



「ちょっとちょっと、大丈夫これ……」



長澤博士の不安そうな声に、



おそらく全員が心の中で同意しただろう。



「こんな交差点のど真ん中じゃ袋叩きにされる。



早く移動するよ」



後ろからも今抜けたばかりの群れが迫っていた。



隊列がやや乱れてきている。



「あのテレビ局のビルまで撤退だ」



時折振り向きながら、



追いすがる【ワーマー】に銃弾を放つ。



もはや消音器を付ける意味はなかった。



最後尾の三人は銃声を派手に響かせている。



僕たちは環状3号線を麻布十番方面に後退していった。



手榴弾とグレネードの爆音が鼓膜を震わせ、



しばらくの間、音を置き去りにする。



朝の六本木に轟音が上がり、



それがさらに周囲の【ワーマー】を集めてしまうが、



目の前の危機を乗り切るためには仕方が無かった。



僕は向かってくる、



カマキリのような【キケイ】に銃弾を食らわせ、



素早く弾倉を変えた。



頭が破壊されて、



折り重なるように倒れている、



仲間の上を踏み拉きながら、



奴らは徐々に距離を詰めてくる。



テレビ局の建物に入る直前、



手榴弾を二つ、立て続けに投げた。



冷たい空気を震わす衝撃を背中で感じ、



一階のパブリックスペースに滑り込む。



内部は【腐樹】が至る所に生えており、



6層吹き抜けのアトリウムガラスは殆ど割れ、



骨や腐敗した死体、椅子や机が散乱したロビーには、



干乾びた血の後が飛び散っていて、



どこか安っぽいお化け屋敷を思わせた。



ここならば遮蔽物は殆どなくなり、



地面の起伏もないので幾分楽に狙いをつけられるだろう。



「一旦、ここで迎え撃つよ」



 命令を出すと皆すぐ動き、その場に布陣を作った。



ここなら追い詰められても後ろから脱出できる。



〝リマ2〟から無線が入ったが、



向こう側の凄まじい銃声でよく聞き取れない。



『こちら〝ロメオ1″聞こえない、もう一度送れ』



『ビルを降りました。



裏からポイントBに向かいます。



それと犬のような【キケイ】、



30匹程が渋谷方面から来てます。



厄介そうなので注意してください』



『了解、そっちも気を付けて』



「来た……」



隣のかぐやが呟いた。



目線の先には、数匹の【ワーマー】。



それが、段々と増えていく。



瞬く間に50匹以上の大群になり、



こちらに向かってきた。



妙な違和感を感じる。



先日の横浜で前後から挟まれた時と同じ感覚だ……。



この【ワーマー】の襲い方に、



何らかの意図を感じるのは気のせいだろうか。



〝ジュリエット4〟とかぐや、飛鳥、



それに民間兵士の三人が発砲を開始し、



接近していた【ワーマー】はバタバタと倒れ出した。



隠密行動はもう必要ない状況なので、



全員消音器は外した。



故に銃声が容赦なく鼓膜を叩く。



僕と秋人は博士たちを、



一旦遮蔽物の裏に隠してから、



飛鳥とかぐやの間に入った。



「弾は節約して!」



飛鳥は狙撃手なだけあって、



撃ち漏らすことも的を外すこともなく、



一発ずつ確実に仕留めていく。



【ワーマー】は直線的なので比較的楽に倒せる。



ふと子供の頃ゲームセンターにあった、



ガンシューティングゲームを思い出した。



しかし、こちらは小銭を入れれば生き返るような、



生易しい世界ではない。



右から来る三体を流れ撃ちの如く仕留め、



正面から来る八体も落ち着いて倒す。



手袋が汗で滑る。



肩の振動。



目の前を薬莢が飛ぶ。



頭部から体液をまき散らして崩れ落ちる【ワーマー】。



11人分の銃声で耳が痛い。



自分と一番近い標的から順に、



頭部に照準、



命中、命中、命中、命中、外れ、命中、命中。



飛び掛かってきた【四つ足】を、一発、二発。



空中で仕留める。



腹は綺麗な毛並みだ。多分感染前はレトリーバー。



一定のリズムで引き金を引き続ける。



頭を真っ白にし、



感情を抑えて、



自らを射撃の機械にする。



これが一番、生存確率が高い。



左右を見る。



高性能な射撃マシーンがずらり。



銃口を細かく動かし、



異生物の頭部を破壊する。



【ワーマー】の間から複数の素早く動く影。



まずいと思った時にはグレネードを発射していた。



爆発、熱波と轟音。



立て続けに三人ほどがグレネードと手榴弾を放った。



爆発が連鎖する。



あまりの衝撃に直視出来ない。



頭上から千切れた【ワーマー】が降ってきた。



まぁ、たまにあることだ。



煙が充満し、視界が遮られる。



今のは〝リマ2〟が言っていた【キケイ】だろう。



あの速さだ、爆発の壁を作らなかったら、



と考えるとぞっとする。



その時、端の方で悲鳴が上がった。



〝ジュリエット4〟の隊員が、



犬のような【キケイ】に襲われていた。



横の一ノ瀬が、



弓で【キケイ】の頭部を射抜いたが、遅かった。



首を噛まれた隊員は大量の血を流し、



倒れたまま動かなくなった。



「処理をしろ!」



秋人が叫ぶ。



一ノ瀬は震える手でナイフを掴み、



【ワーマー】化を防ぐため、



死んだ隊員の頭に突き立てた。



……くそっ、犠牲者を出してしまった。



瞬間、背筋に悪寒が走った。



僕は反射的に目に力を入れ、



煙の中を〝視た〟。



赤い視界に浮かび上がったのは、



大きなワニのような【キケイ】だった。



だが〝視〟れたのはそこまでで、



刃物で刺されたような頭痛に襲われ、



慌てて目を閉じた。



「撃て! 煙の中を撃て!」



目頭を押さえながら命令を下すと、



銃声の大合唱が始まった。



全員の射線が煙の中へ吸い込まれ、



甲高い鳴き声と共に【キケイ】が姿を現した。



黒光りした表皮を銃弾が抉り、



赤い血が噴き出す。



【キケイ】は俺たちに辿り着く前に足を折り、



その巨体を床に沈めた。



「行きに見たヤツだ。大した事ないね」



弾倉を交換しながらかぐやは吐き捨てた。



顔が上気して妙に艶っぽい。



さすがはキラージャンキー。頼もしい。



「待って、まだ生きてる!」



飛鳥の声に全員が銃口を上げた。



よく見ると腹部が蠢いていた。
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