133 / 325
第三章
第126話 笑う影
しおりを挟む
南東部を治めるファンリール城はザサウスニア内では中規模の城だ。
城下町には3000人の国民が暮らし、常駐している軍も200名を超える。
戦時中でなければ常に500人は常駐していた。
ここは前線から離れているし、
南のマルヴァジアとカサスの間には複数の城があり、
比較的安全な場所だった。
おまけにファンリール城主、ラモール・ファンリールの妃は、
マルヴァジア王家から嫁いできた女だった。
もしマルヴァジアが攻めてきても、
この町と城には攻めてこないだろうというのが、
ファンリール市民の大方の予想だった。
ファンリール城、裏方にある業者出入口に行商人、タイタスはいた。
荷車に今日納品分の酒や干し肉、はちみつなどを乗せ、
同じ行商人たちと並んでいる。
「なあおいタイタス、いま戦争してるんだろ?
敵はここまで来るかな? どうかな? なあ?」
顔なじみの行商人、テームが不安そうに話しかけてきた。
「さあ、大丈夫じゃないですか?
ここは戦地から遠いんで」
「お前は独り身だからいいよな。俺は嫁と子供4人いるからよ、
なんかあったら逃げるのも一苦労だよ」
「なんかあったら逆にキトゥルセンの方に行くといいらしいですよ」
「なんでよ? 殺されちまうだろ?」
「いえ、それが殺されないみたいですよ。
なんでも反乱しないって同意書を書いて簡単な検査をすれば国民にしてくれるって噂です」
「ほんとかよ? どうも胡散臭い話だな」
「ま、本当に危なくなったら僕は行ってみますよ。
テームさんも一緒に行きましょうよ」
「おっかねえ話してるのにニヤニヤしやがって……
まあでも、そうだな……考えとくよ」
門を潜り、知り合いの兵士に書類を渡していつも行く厨房の方へ。
途中でテームとは別れた。
彼が主に取り扱ってるのは布類だ。搬入の場所が違う。
コックのロゴスにあいさつし、荷物を厨房の中に運び入れた。
昼食が終わった時間で皿もきれいに洗ってあり、
厨房の人間は休憩に入ったらしい。
ロゴスだけ仕込みと受け取りで残っていた。
数年前から顔見知りで、数回だが共に釣りへ行った事もある仲だった。
世間話をしながらタイタスは腕に仕込んだ飛び出しナイフの安全装置を外した。
「ねえ、ロゴスさん、こっち向いて」
「なんだよ、ちゃっちゃと終わらせて……」
ガシュッと鋭い音を出した細長い刃は、
ロゴスの顎から脳天までを一気に貫いた。
眼球が別々の方を向いたロゴスはその場に崩れ落ちた。
「バイバイ、ロゴスさん。楽しかったよ」
タイタスはにっこりと微笑みながら、
飛び出しナイフを締め戻し、袖の中に仕舞った。
この飛び出しナイフは一カ月前、新装備として配給されたものだった。
ベサワンという陽気な連絡員が、
新しい合言葉と共に持って来たのだ。
腕にはまる革製の型に鉄の枠組みが付いており、
強力なバネで刃渡り20㎝の刃が飛び出す仕組みとなっている。
厨房を出てすぐの階段を上る。
ここから先は足を踏み入れたことがないが、
事前に渡された見取り図を頭に叩き込んであるので、
躊躇なく進めた。
誰がこの情報を持って来たのか、
この城に内通者がいるのか、
タイタスは知らない。
ただ、上から言われたとおりに動いているだけだったし、
「疑問を持つな」とこの仕事について父から教わっていた。
二階に着くと前から大きな木箱を持った一人の兵士が歩いてきた。
他には誰もいない。兵士は前方がよく見えていないようだ。
「危ないですよ。持ちましょうか?」
タイタスはにこやかに近づく。
「ああ、すまない……ん? お前誰だ?」
ガシュッという音が響き、兵士は崩れ落ちた。
木箱は落ちる前にタイタスが支えた。
「危なかったー。ん? 高そうなお皿だな。
欲しいけど……無理か、しょうがない」
その場に木箱を置いて、兵士を近くの倉庫に引きずった。
さほど広くない倉庫の中は、両面に棚があり、
たくさんの壺が並んでいた。
一つを手に取り匂いを嗅ぐ。
「酒か。ちょうどいいや」
タイタスは兵士の装備を脱がし、
血を酒で洗い流してから自分に甲冑を着けた。
「もっと緊張するかと思ってたけど、
本番ってこんなもんか……」
この日がタイタスにとって初任務だった。
5歳から12年間、来るべき日に備え、
タイタスは父から毎日特別な訓練を施されていた。
父は遥か北の王国出身で、商人の他に別の仕事を持っていた。
母は祖国にいると聞いたが会ったことはない。
本当にいるのか、今となっては知る由もない。
父は去年死んだからだ。死因は不明。
ただ父の仲間からそう聞いただけだった。
城の兵になりきったタイタスは更に3階へと続く階段を上る。
途中で王族の家庭教師とすれ違った。
妙齢の女性だ。
「ちょっとあなた」
振り返るといぶかしげな表情でこちらを見ていた。
「どこへ行くの? この先はお后様達しかいないわよ?」
棘のある言い方。今すぐ殺したいと思ってしまった。
「先ほど家具が壊れたと聞きまして。
回収しに来いと聞いたのですが……」
家庭教師は首をひねった。
「……そう、ならいいけど……」
納得できない表情で踵を返し、階段を下りて行った。
タイタスは飛び出しナイフを装着してある右手から力を抜いた。
「ひひ………今のは楽しかったー」
小さく呟いてからタイタスは足を進めた。
3階は長い廊下が奥まで続いており、
両脇にいくつか扉がある作りだった。
一か所だけ2名の衛兵が立っている扉がある。
王族警護の精鋭兵。目標の部屋だ。
この時間は多くの兵や使用人が休憩を取る時間で、
特別なことがない限り、一日の中で最も警備が薄くなる時間……。
父の代から出入り業者として近くで城を観察していたタイタスにとって、
人の動きを把握することは至極簡単なことだった。
父からは様々な事を教わった。
剣術、武術、変装術に、自分を殺し別の人間になる術や、人を言葉で操る術まで。
「おい、何しに来た? 貴様新入りか?
ここは一般兵は立ち入り禁止だぞ?」
背の高い兵が押し殺した声で咎める。
見たことある兵だった。確か部隊長だ。
「すみません、緊急事態なもので。
裏門で商会同士が揉めていまして、
そりゃもう殴る蹴るの大乱闘、
ウチの兵も巻き込まれて死人が出る始末で……
隊長を呼んで来いとジャッカスさんに言われたんです」
自分で笑いそうになるのを堪えながら、
本当に困った顔を完璧に作り、
タイタスはさりげなく右腕をいつでも動かせる態勢を作った。
「なにぃ……、仕方ないな。行ってくる」
もう一人の兵士にそう言うと、
隊長は「行くぞ」とタイタスを顎で呼んだ。
2階へ続く階段に出た所で、後ろから首筋に飛び出しナイフを刺しこんだ。
倒れて音が出ないように隊長の体を抑え、
ゆっくり壁に押し付けながら、階段に降ろす。
「あ、あの、すみません、隊長がですね……えっと……」
すぐに3階の廊下に戻り、小走りで少し慌てた様子を装い、
もう一人の兵士に近づく。
「なんだ? どうした?」
首に刺したナイフをすぐに抜き、
こちらも音を立てないように体を抑えゆっくりと床に降ろす。
タイタスは笑みを浮かべながらしばらくその兵士を見つめていた。
「いけないいけない、また笑ってた」
緩んだ頬を自分の手で直し、目的の部屋の扉を開けた。
部屋の中には城主の妻、マミラン・ファンリールと
その子供2人がいた。
9歳の長女キーラと5歳の弟ヤーロンは窓辺の机で本を読んでいる。
マミランは暖炉の前で編み物をしていた。
「あら、なに? 何かあったの?」
そう呑気に言ってから、タイタスの血まみれナイフに目をやり、
マミランは絶句した。
素早く動いたタイタスはマミランを押し倒し、
胸の上に馬乗りになった。
両腕は膝で抑え込み、完全に身動きの出来ない格好だ。
タイタスはマミランの口を押え、ナイフを子供たちに向け目を見開いた。
子供たちは金縛りにあったかのように固まり、悲鳴を上げず押し黙る。
「さて、あなたには2つの選択肢があります」
タイタスはゆっくり口を押えていた手を放す。
マミランもタイタスの目を見て押し黙った。
「一つは3人でこの城を出る。
もう一つは今ここで僕に殺される。
さあ、選んで下さい」
「あ、あなた、だ、誰に雇われてるの?」
マミランの声は消え入りそうなだった。
「さあ、知りません。僕は上から指示に従って仕事してるだけですから。
今回の仕事はあなたと二人のお子さんを、
この城から連れ出す事。そしてそれが難しい場合は3人を殺す事。
それだけです」
「……い、行くわ。行かないと死ぬんでしょう?」
「理解が早くて助かります。
分かってると思いますが、旦那さんには二度と会えません」
拘束を解かれたマミランは、
すぐに二人の子供を抱きしめた。
「ではこのシーツを使って2階の屋根に降ります。
テラスに出て下さい」
テラスから見える城の裏道に馬車が止まっていた。
この城の兵の格好をしているが、
手筈通りなら同じ〝ラウラスの影〟の工作員だ。
長女の方を背中におぶり、タイタスは先に下に降りた。
これで母親も来ない訳にはいかなくなった。
民家も人通りもない裏道だとしても日中だ。
早くしないと目撃される危険性もある。
「早くしないと見つかっちゃうなー。
でも騒ぎになったら殺せばいいだけだから僕はどっちでもいいんだけど」
背中が小刻みに揺れている。
「あははー冗談だよー」
やがてマミランも息子を背負って降りてきた。
「ご苦労様。じゃあ行きましょう」
城壁の古い扉を蹴り壊し、裏通りに出る。
馬車の兵に後ろから
「ルクト・ウラバル・ロース」
と聞いた。すると
「炎と影の死者達、冬の日、鹿の目、五つのラウラス」
と返ってきた。男が振り向く。
教わった通りの合言葉だった。
「ご苦労。あとは任せろ。それと長官から指令だ」
タイタスは紙を受け取った。
三人を馬車に乗せたところで、城から鐘が鳴り響いた。
「あ、ばれた」
馬車は静かに出発した。
「あーもう終わりか。もうちょっと刺したかったな」
甲冑を脱ぎ捨てたタイタスは
「あ、また笑ってた」
と緩んだ頬を元に戻し、ファンリールの町に消えた。
城下町には3000人の国民が暮らし、常駐している軍も200名を超える。
戦時中でなければ常に500人は常駐していた。
ここは前線から離れているし、
南のマルヴァジアとカサスの間には複数の城があり、
比較的安全な場所だった。
おまけにファンリール城主、ラモール・ファンリールの妃は、
マルヴァジア王家から嫁いできた女だった。
もしマルヴァジアが攻めてきても、
この町と城には攻めてこないだろうというのが、
ファンリール市民の大方の予想だった。
ファンリール城、裏方にある業者出入口に行商人、タイタスはいた。
荷車に今日納品分の酒や干し肉、はちみつなどを乗せ、
同じ行商人たちと並んでいる。
「なあおいタイタス、いま戦争してるんだろ?
敵はここまで来るかな? どうかな? なあ?」
顔なじみの行商人、テームが不安そうに話しかけてきた。
「さあ、大丈夫じゃないですか?
ここは戦地から遠いんで」
「お前は独り身だからいいよな。俺は嫁と子供4人いるからよ、
なんかあったら逃げるのも一苦労だよ」
「なんかあったら逆にキトゥルセンの方に行くといいらしいですよ」
「なんでよ? 殺されちまうだろ?」
「いえ、それが殺されないみたいですよ。
なんでも反乱しないって同意書を書いて簡単な検査をすれば国民にしてくれるって噂です」
「ほんとかよ? どうも胡散臭い話だな」
「ま、本当に危なくなったら僕は行ってみますよ。
テームさんも一緒に行きましょうよ」
「おっかねえ話してるのにニヤニヤしやがって……
まあでも、そうだな……考えとくよ」
門を潜り、知り合いの兵士に書類を渡していつも行く厨房の方へ。
途中でテームとは別れた。
彼が主に取り扱ってるのは布類だ。搬入の場所が違う。
コックのロゴスにあいさつし、荷物を厨房の中に運び入れた。
昼食が終わった時間で皿もきれいに洗ってあり、
厨房の人間は休憩に入ったらしい。
ロゴスだけ仕込みと受け取りで残っていた。
数年前から顔見知りで、数回だが共に釣りへ行った事もある仲だった。
世間話をしながらタイタスは腕に仕込んだ飛び出しナイフの安全装置を外した。
「ねえ、ロゴスさん、こっち向いて」
「なんだよ、ちゃっちゃと終わらせて……」
ガシュッと鋭い音を出した細長い刃は、
ロゴスの顎から脳天までを一気に貫いた。
眼球が別々の方を向いたロゴスはその場に崩れ落ちた。
「バイバイ、ロゴスさん。楽しかったよ」
タイタスはにっこりと微笑みながら、
飛び出しナイフを締め戻し、袖の中に仕舞った。
この飛び出しナイフは一カ月前、新装備として配給されたものだった。
ベサワンという陽気な連絡員が、
新しい合言葉と共に持って来たのだ。
腕にはまる革製の型に鉄の枠組みが付いており、
強力なバネで刃渡り20㎝の刃が飛び出す仕組みとなっている。
厨房を出てすぐの階段を上る。
ここから先は足を踏み入れたことがないが、
事前に渡された見取り図を頭に叩き込んであるので、
躊躇なく進めた。
誰がこの情報を持って来たのか、
この城に内通者がいるのか、
タイタスは知らない。
ただ、上から言われたとおりに動いているだけだったし、
「疑問を持つな」とこの仕事について父から教わっていた。
二階に着くと前から大きな木箱を持った一人の兵士が歩いてきた。
他には誰もいない。兵士は前方がよく見えていないようだ。
「危ないですよ。持ちましょうか?」
タイタスはにこやかに近づく。
「ああ、すまない……ん? お前誰だ?」
ガシュッという音が響き、兵士は崩れ落ちた。
木箱は落ちる前にタイタスが支えた。
「危なかったー。ん? 高そうなお皿だな。
欲しいけど……無理か、しょうがない」
その場に木箱を置いて、兵士を近くの倉庫に引きずった。
さほど広くない倉庫の中は、両面に棚があり、
たくさんの壺が並んでいた。
一つを手に取り匂いを嗅ぐ。
「酒か。ちょうどいいや」
タイタスは兵士の装備を脱がし、
血を酒で洗い流してから自分に甲冑を着けた。
「もっと緊張するかと思ってたけど、
本番ってこんなもんか……」
この日がタイタスにとって初任務だった。
5歳から12年間、来るべき日に備え、
タイタスは父から毎日特別な訓練を施されていた。
父は遥か北の王国出身で、商人の他に別の仕事を持っていた。
母は祖国にいると聞いたが会ったことはない。
本当にいるのか、今となっては知る由もない。
父は去年死んだからだ。死因は不明。
ただ父の仲間からそう聞いただけだった。
城の兵になりきったタイタスは更に3階へと続く階段を上る。
途中で王族の家庭教師とすれ違った。
妙齢の女性だ。
「ちょっとあなた」
振り返るといぶかしげな表情でこちらを見ていた。
「どこへ行くの? この先はお后様達しかいないわよ?」
棘のある言い方。今すぐ殺したいと思ってしまった。
「先ほど家具が壊れたと聞きまして。
回収しに来いと聞いたのですが……」
家庭教師は首をひねった。
「……そう、ならいいけど……」
納得できない表情で踵を返し、階段を下りて行った。
タイタスは飛び出しナイフを装着してある右手から力を抜いた。
「ひひ………今のは楽しかったー」
小さく呟いてからタイタスは足を進めた。
3階は長い廊下が奥まで続いており、
両脇にいくつか扉がある作りだった。
一か所だけ2名の衛兵が立っている扉がある。
王族警護の精鋭兵。目標の部屋だ。
この時間は多くの兵や使用人が休憩を取る時間で、
特別なことがない限り、一日の中で最も警備が薄くなる時間……。
父の代から出入り業者として近くで城を観察していたタイタスにとって、
人の動きを把握することは至極簡単なことだった。
父からは様々な事を教わった。
剣術、武術、変装術に、自分を殺し別の人間になる術や、人を言葉で操る術まで。
「おい、何しに来た? 貴様新入りか?
ここは一般兵は立ち入り禁止だぞ?」
背の高い兵が押し殺した声で咎める。
見たことある兵だった。確か部隊長だ。
「すみません、緊急事態なもので。
裏門で商会同士が揉めていまして、
そりゃもう殴る蹴るの大乱闘、
ウチの兵も巻き込まれて死人が出る始末で……
隊長を呼んで来いとジャッカスさんに言われたんです」
自分で笑いそうになるのを堪えながら、
本当に困った顔を完璧に作り、
タイタスはさりげなく右腕をいつでも動かせる態勢を作った。
「なにぃ……、仕方ないな。行ってくる」
もう一人の兵士にそう言うと、
隊長は「行くぞ」とタイタスを顎で呼んだ。
2階へ続く階段に出た所で、後ろから首筋に飛び出しナイフを刺しこんだ。
倒れて音が出ないように隊長の体を抑え、
ゆっくり壁に押し付けながら、階段に降ろす。
「あ、あの、すみません、隊長がですね……えっと……」
すぐに3階の廊下に戻り、小走りで少し慌てた様子を装い、
もう一人の兵士に近づく。
「なんだ? どうした?」
首に刺したナイフをすぐに抜き、
こちらも音を立てないように体を抑えゆっくりと床に降ろす。
タイタスは笑みを浮かべながらしばらくその兵士を見つめていた。
「いけないいけない、また笑ってた」
緩んだ頬を自分の手で直し、目的の部屋の扉を開けた。
部屋の中には城主の妻、マミラン・ファンリールと
その子供2人がいた。
9歳の長女キーラと5歳の弟ヤーロンは窓辺の机で本を読んでいる。
マミランは暖炉の前で編み物をしていた。
「あら、なに? 何かあったの?」
そう呑気に言ってから、タイタスの血まみれナイフに目をやり、
マミランは絶句した。
素早く動いたタイタスはマミランを押し倒し、
胸の上に馬乗りになった。
両腕は膝で抑え込み、完全に身動きの出来ない格好だ。
タイタスはマミランの口を押え、ナイフを子供たちに向け目を見開いた。
子供たちは金縛りにあったかのように固まり、悲鳴を上げず押し黙る。
「さて、あなたには2つの選択肢があります」
タイタスはゆっくり口を押えていた手を放す。
マミランもタイタスの目を見て押し黙った。
「一つは3人でこの城を出る。
もう一つは今ここで僕に殺される。
さあ、選んで下さい」
「あ、あなた、だ、誰に雇われてるの?」
マミランの声は消え入りそうなだった。
「さあ、知りません。僕は上から指示に従って仕事してるだけですから。
今回の仕事はあなたと二人のお子さんを、
この城から連れ出す事。そしてそれが難しい場合は3人を殺す事。
それだけです」
「……い、行くわ。行かないと死ぬんでしょう?」
「理解が早くて助かります。
分かってると思いますが、旦那さんには二度と会えません」
拘束を解かれたマミランは、
すぐに二人の子供を抱きしめた。
「ではこのシーツを使って2階の屋根に降ります。
テラスに出て下さい」
テラスから見える城の裏道に馬車が止まっていた。
この城の兵の格好をしているが、
手筈通りなら同じ〝ラウラスの影〟の工作員だ。
長女の方を背中におぶり、タイタスは先に下に降りた。
これで母親も来ない訳にはいかなくなった。
民家も人通りもない裏道だとしても日中だ。
早くしないと目撃される危険性もある。
「早くしないと見つかっちゃうなー。
でも騒ぎになったら殺せばいいだけだから僕はどっちでもいいんだけど」
背中が小刻みに揺れている。
「あははー冗談だよー」
やがてマミランも息子を背負って降りてきた。
「ご苦労様。じゃあ行きましょう」
城壁の古い扉を蹴り壊し、裏通りに出る。
馬車の兵に後ろから
「ルクト・ウラバル・ロース」
と聞いた。すると
「炎と影の死者達、冬の日、鹿の目、五つのラウラス」
と返ってきた。男が振り向く。
教わった通りの合言葉だった。
「ご苦労。あとは任せろ。それと長官から指令だ」
タイタスは紙を受け取った。
三人を馬車に乗せたところで、城から鐘が鳴り響いた。
「あ、ばれた」
馬車は静かに出発した。
「あーもう終わりか。もうちょっと刺したかったな」
甲冑を脱ぎ捨てたタイタスは
「あ、また笑ってた」
と緩んだ頬を元に戻し、ファンリールの町に消えた。
0
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる