【北の果てのキトゥルセン】 ~辺境の王子に転生したので、まったり暮らそうと思ったのに、どんどん国が大きくなっていく件について~

次元謄一

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第43話 ウルエスト王国攻略編 発端の事件

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ダルクの西側。

【腐樹の森】は焼け野原になってしまったが海辺の森は生きていた。

魔物はいない。普通の森だ。

海辺には海産物を獲るための簡易的な小屋がたくさんある。

ここで取った魚を加工して、ダルクに運ぶ仕事をしている者たちがいた。

今は人っ子一人いない。ここは風が強く、住むのには適さなかった。

ダルクの戦士、リンギオ・ダリルヴァルはそこにいた。

国が燃え落ちた時、たまたまリンギオはここにいたのだ。

荷車が壊れたので軍から数名が派遣された。その内の一人だった。

他の者はすぐ国に戻った。リンギオは逸れたふりをして隊から離脱した。

いやな予感がしたのだ。

リンギオは一匹オオカミだった。

人と慣れ合わず、軍の中でも浮いていた。

加えてダルクの信仰に疑問を持っていた。

魔物との交流は蜘蛛の糸一本で繋がっている、

とても不自然で危険なものと思っていた。

魔物の体液を生成して作った香料を身体に塗ることで襲われなくなるのだが、

リンギオが懸念していた通り、【腐王】の気まぐれでそれは崩れた。

国が無くなっても、リンギオは帰らなかった。

国にも種族にも信仰にも、忠誠心はない。

疑問だらけの人生だった。

ここは自分に合っている。

海辺を放浪し、魚を取り、森で狩りをする。

兵士の装備に茶色い布切れを纏い、剣と弓を持っていた。

小さくなった森には鹿、兎、猪が集まっていた。

魔物がいなくなり、北から南下してきたらしい。

リンギオは弓の名手だった。

腹が減ってから狩りをしても獲物にありつける、そんなレベルだ。

魚もよく取れた。

弓に縄を結び、大きな魚に矢が刺さるとその縄を引き吊り上げる。簡単だった。

焚火を焚いて食事を取り、好きな場所で眠る。

サバイバル技能の高いリンギオにはこの生活に何の苦もなかった。


随分北に来た。もう少し行けばウルエスト王国の領地だ。

有翼人には人間を見下す奴が多い。見つかったらめんどくさい。

引き返そう、そう思った時だった。

突然、森から白い毛に覆われた大蛇が出てきた。

何だコイツは。見たことがない。

全長20m、胴の太さは直径2mはあろうかという大きさだった。

完全にこちらを見ている。

喰われる。本能が叫んだ。

リンギオは鎌首を上げた大蛇に矢を放った。

矢は右目に深く刺さる。

大蛇はジャラララッと鳴いた。

急に素早く動き、リンギオは尻尾で打たれる。かなりの速さだ。

吹っ飛ばされて、岩場に激しく叩きつけられた。

激痛が走る。あばらが折れた。

リンギオは痛みを無視して、もう一度矢を放つ。

だが今度はかわされた。

目の隅に何かかが動いた。尻尾だ。

抵抗する間もなく、リンギオは尻尾で巻かれる。

凄い力だった。ぎちぎちと骨の軋む音が聞こえた。

リンギオは頭から飲み込まれる。

成す術がなかった。

大蛇の口に足が消えた時、不意に喉から剣が飛び出した。

剣は縦に喉を切り裂く。中から血に塗れたリンギオが出てきた。

大蛇が倒れるのと同時に、リンギオも気を失った。


どのくらい経ったのか。人の気配で意識が戻った。

「なんてこった、死んでるぞ」

「こいつが殺しのか?」

霞んだ視界に羽が見えた。有翼人だ。

「ダルクの装備だな」

「……まったく、女王様に何て言えばいいんだ」

「怒り狂うだろうな。……ん? こいつまだ生きてるぞ」

「本当か? よし、連れて帰ろう」

また意識が無くなる。


気付けばリンギオは空を飛んでいた。縄で縛られ吊るされている。

見上げると銀の甲冑を着けた有翼人の兵士が、4人いた。

その内の一人に運ばれている。

身体が痛い。これは逃げ出せないな、と思う。相当な高さだ。

前方には雪に覆われたベイル山脈の山頂が見えてきた。

一つの山の頂上付近に巨大な城があった。

あれが……噂に聞くウルエスト城か……。

徒歩では決してたどり着けない、天空の城。

どうやら俺はやらかしたらしい。大きな溜息と共にリンギオは目を閉じた。

傷口からにじみ出た血が数滴、はるか下の海に落下していった。
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