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第二話 『登校中の一幕です』

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アリヴェイユ国王都・ラヴァガルスに建つ数ある魔法学校の中でも名門と名高い四年制魔法学校――リュミラルス魔法学校は俗にいうところの超金持ち校の側面も持ち合わせている。
生徒の殆どが上流階級の家庭の令息や令嬢であり、学校内にて重視されるのはその家柄と本人に宿る魔力量というOSのような恋愛ゲームにおいては非常にベタ……あ、いや定番であるこの学校の登下校に使用される乗り物の主流は各家庭から出される馬車である。
前世とは言え自動車なんていう科学の結晶を知っている身としては少し不便さを感じる時もあるけど、『郷に入れば郷に従え』は当然の事、不便だけど不自由さを感じた事はないから問題ないという事でアイレンヴェルグ家も例に漏れず馬車通学だ。

……うん、まあそれは良い。
それは良いんだけど……。

そのままいつも通りのスピードで進むクーペと呼ばれる二人乗りの箱馬車の中、ちらりと隣に座る妹を横目で盗み見れば私の視線を完全に黙殺して少し険しい顔で手元の本に視線を落としている彼女にバレないように内心で一つ息を付く。

――何でかは分からない。心当たりも特にはない。

だから理由とかも知らないけど、さっきからミレイユの機嫌がすこぶる悪い。





「ふぅ~~ん……。父様に呼び出されたきりなかなか戻って来ないと思ったら。リュカディアルド国の第四王子とお見合い、ねえ。」

「ん、とは言ってもまだお見合いを受けるとも決めてないし、今はまだお見合い候補って言った方が正しいけどね。」

昨夜父様との話が終わった後、書斎を出て自室に戻った私を待ち構えていたのは彼女お気に入りのルームウェアであるフリース素材のシンプルなマキシ丈グレーワンピースを身に纏ったミレイユだった。
「あ、おかえり~~。」と呑気に言われた時は自室の隣にある彼女の部屋と間違えてドアを開けたかと思ったし、あまりのリラックス振りに脱力したものの、まあミレイユが何かと私の部屋に入り浸ろうとするのはいつもの事かと気を取り直して「ただいま」と部屋に入りベッドの縁に腰を掛け問われるがままに父様の話を説明すれば、コロリと寝返りを打ちベッドの上にうつ伏せになり頬杖をついた彼女がにんまりと笑みを浮かべた。

やだなにそのポーズと仕草めっちゃ可愛い!! ……じゃなくて。

「…………何さ。」

「いやあ。今まで数多の御令息達から求愛されても『恋愛に興味がない』とバッサリと切り捨てていたリーナもついに年貢の納め時ね、って。ごしゅーしょーさま。」

「……言い方。てか、まだ顔すら合わせてない相手だからどうなるかなんて分からないよ? 父様の話では何か凄い方みたいだから、端から相手にされないかもだし。『貴殿は私の妻として相応しくないない! 速やかにこの場から去るがいい!!』とか言われたらどうする?」

「……ツッコミたい事は他にもあるけど、とりあえず。王族が他国の民にそんな事言ったら大問題でしょ。てか何よそのキャラ!」

「何か今パッと思い付いた。」

反射的に心に沸いた本音を何とか抑えジト目でミレイユを見遣れば、さらに楽しそうに瞳を細めた彼女の語尾にハートマークが付きそうな言い方に苦笑するとぽすりとベッドに仰向けに寝転がった。
そのまま顔だけ彼女の方へ向けて続け顔を見合わせると同時にプッと噴き出し二人でケラケラと笑い合う。

あ、ちなみにさっきの台詞は、かつてゲーム内とは言え自国の民かつ元とは言え婚約者であった女性にドヤ顔でそう言い放った王族を参考にさせて頂いてます。
ジル・アリヴェイユって名前なんですけどね!

 ま、それはさておき。

「……ねえ、リーナ。やっぱり、不安?」

「……ん、正直言えば少しだけ、ね。」

一通り笑い合ったところで先ほどの楽しそうな表情から一転、穏やかな光を称えた紅玉の瞳を細めて微笑むミレイユに眉を下げ小さく笑い返す。

うん、だってなあ。
今まで何をとち狂ったのか私に求愛してきた令息達に対しては面倒臭いって気持ちが強かったし、ミレイユが幸せになるまでは恋愛なんてしてる余裕も暇もないから「興味ない」で乗り越えてたのに、それがいきなりお見合いとか言われても全くピンと来ないし。

第四王子に関してだって確実に分かってるのは本来のOSにおいて隣国の第四王子が転入してくるイベントなんてなかったどころか、その存在すら全く示唆されていない事から考えるに彼も今の私同様イレギュラーな存在である事と。
ゲームに登場してないって時点で少なくとも主人公にとっての攻略対象キャラじゃないって事くらい。
それ以外は顔も人柄もやっぱり直接会って話してみないと分からない。
それに父様は直接的な表現は避けていたけど、つまるところこのお見合いって所謂政略結婚ってやつなんだろうし、いくら国王陛下の薦めとは言えほいほい乗っかっていいのかって懸念もある。

……でも。

「でもあれこれ悩んでても仕方ないからね。私は私の出来る事を精一杯やるだけだよ。……それに、私にはミレイユがいるから。」

「……リーナ。」

「ミレイユがいてくれる限り、私、百人力だからね。だから大丈夫!」

ベッドの上に投げ出した手にそっと重ねられた温かな私と同じ大きさの手をしっかりと握りしめ笑いかければ、僅かに目を見開いた後頬を赤く染め視線をあちこちに泳がせながらそ、そうと呟く彼女に笑みを深くした。

――うん、やっぱり私の妹が凄く可愛い。

その当たり前の事実を再確認した後は、就寝準備時間のちょっと手前まで何となくその体勢のまま明日の授業の話や、これまた学園恋愛ゲームにありがちな女子生徒達に多大な人気を誇るイケメン集団――攻略キャラの大半が在籍している生徒会執行部の面々の話。
ミレイユによるこの国の第三王子というこれ以上の家柄はないだろうと二年生ながら生徒会長を勤めているジルの愚痴やのろけなど十五歳の少女らしくとめどない話に花を咲かせたくらいで、その時はミレイユ普通だったんだけどなあ。





「――ねえ。」

「ん?」

そう昨夜の事を改めて振り返っているとパタンと本を閉じた彼女に呼び掛けられ顔を向ければ、体ごと私へと向き直った彼女としっかりと視線が絡む。

私の瞳を射抜く強い意思を宿し燃えるように輝く紅玉の瞳以外はとてつもなく冷ややかな表情の彼女に体を強張らせたのも束の間、スッと彼女の白くてすべすべした白魚のような手が私の頬に伸びてきたと思うと同時にムニッと摘ままれた頬を思い切りつねられた。

「ひょむ゛ぁぁぁ!!?? い、い、ひゃいって! ふぃ、ふぃれいゆ!!?」

「……さっきから視線がうるさいんだけど。あと、私別に怒ってないわよ? ええ、昨夜一睡もしてない癖にその事を誰にも告げなかったばかりか食欲ないからって朝食ほとんど食べずにクーペに乗り込んだどっかの馬鹿な姉様になんて全くね?」

「……ひゅえぃ」

ギリギリみちみちと音が聞こえそうな程強いそれに慌てて悲鳴をあげるも、眉一つ動かさないまま淡々と、本当に淡々と告げてくる上にぶち切れてる時くらいしかしない『姉様』呼びまでしてきた妹にぎくっと思い切り肩を跳ねさせる。

……やばい、全部バレてる。

てか、確かに昨夜は一睡も出来なかったし、朝食にほとんど手を付けなかったのは折角用意してくれた料理長さん達にも申し訳なかったけど流石に今日ゲーム本編が始まる上に自分のお見合い候補に会うとか言うある意味強制イベントまで起こると思ったら寝れる筈も食べれる筈もなくない!?
いくらかつてブラック企業勤めの社畜だったとは言え緊張くらいするさ! 

そう内心で喚きながらもそんな事言えるわけもなく。
むしろここで下手な事言おうもんなら父様譲りか何なのかミレイユが最も得意とする火力調整が抜群過ぎな火炎魔法の餌食になる事は目に見えていてひくっと頬をひきつらせ、いや、その……と視線を泳がせた瞬間、にっこりと凄みがありすぎる満面の笑みを浮かべたミレイユの姿はやっぱりOSの彼女とは違っていたけれど。

それでも、一般的に言えばそれはきっと物凄く正しく『悪役令嬢』だった。
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