上 下
21 / 34

第22話 リリース(4)解決策

しおりを挟む
 二人が固まっていると、あ、とパソコンを見ていた桜木が声を上げた。

「詳細情報のメール来ました」
「見せて! ……電文の変更はなし。インターフェース名だけ」
「それならコードの変更は不要ですね」

 三人はほっと息をついた。

「すみません、余計な事言っちゃって」
「いや、大事な観点だったよ。他にも気づいたことあったら、じゃんじゃん言って」

 早苗は桜木の肩に手を置いた。システムにどっぷりと浸かっている早苗や奥田と違って、外から見ている桜木にだけ気づくものもある。

 そうしている間に区切った十五分がたち、メンバーが集まってきた。

 システム構成図を大型ディスプレイに映し、早苗がマウスカーソルでデータの流れを 辿たどっていくと、各担当者が変更が必要な点を挙げていった。

 早苗と奥田で挙げた所のほとんどは担当者によって不要だと判断され、逆に漏れていた部分を追加して、最終的には数カ所になった。

「思ったよりも少ないですね」
「それでも結構ありますよ」

 変更点が少なければできると言えるし、変更点が多すぎれば絶対無理だと言える。そのどちらでもない、中途半端な数になってしまった。判断に迷う。

 時間はあと二時間少し。

 最終的に私が全部確認すれば……でもまだ残ってる作業もある……。

 駄目だ。できない。

 早苗がそう決めた時――。

「あの」

 桜木が手を挙げた。

「また、余計な言葉かもしれないんですけど……」
「いいよ。何?」
「これ、出口にあるファイアウォールで変換できないでしょうか? URLパスの変更機能ってありませんでしたっけ? 俺、新人の頃にちょっと触ってて、見たような気がしてて……。システムの出口で変換できれば、システム内の変更作業はいらないですよね?」

 はっ、と数名が息を飲んだ。早苗もその一人だ。

 システムの外に出て行くときにさえ新しい接続情報になっていれば、システムの内部で古い情報になっていようが関係はない。

「変換機能ってある!?」

 早苗はファイアウォール担当の方へを見た。

「あります。設定一つでできるはずです」
「テストできますか?」
「テスト環境の使用許可が下りればすぐに」
「何か懸念点ある方はいますか?」

 みな首を振る。

「お客様に許可取ります! みなさん、テスト準備初めて下さい! 桜木くんっ、ファインプレー!!」
「いえ」
 
 バシバシと二の腕を叩くと、桜木は後頭部に手を当てて照れた。

 早苗が川口に電話で許可を取っている間に、メンバーはそれぞれテスト環境に繋がるパソコンの席に座り、テストをするための準備を終えていた。

「いつでも始められます」
「お願いします」

 早苗がうなずくと、担当者がファイアウォールの設定を変更した。ブラウザで値を入れて反映ボタンを押すだけの簡単なお仕事だ。

「終わりました」
「じゃあ、順番に始めて下さい」

 号令をかけると、メンバーが順番にテストデータを流し始める。

 設定の確認をするだけなので最低限のテストに絞っているのだが、それでも大きなシステムのため、それなりに量があった。

 いける。たぶん。お願い上手くいって! あと早く終わって!

 接続ログを見ながら、早苗は祈った。

「全部通りました!」
「こっちも正常です!」
「エラー出てません!」

 順々に結果報告されていく。ファイアウォールのログ上も何のエラーも出ない。URLが変換されたというインフォメーションログが出るだけだ。

「よし!」

 早苗はぐっとガッツポーズをした。

「今の手順、手順書に起こして。画面コピースクショでいい」
「わかりました」
「桜木くんはお客様への説明資料、簡単でいいから作って。お客様に承認もらってからやるから」
「手描きでもいいですか?」
「わかればよし! 奥田さんは、今のやり方で本当に問題ないかの確認」
「わかりました」
「他のメンバーは、異常系のデータも流して、できるかぎりテストして」

 それぞれに指示を出し、早苗は課長の席へと向かう。

 解決の目処めどが立ったことを説明すると、課長は腕を組んで悩んだ末、早苗の判断に任せると告げた。

「桜木くん、資料できた!?」
「マジで手描きですけどできました!」

 システム構成図にボールペンで追記しただけの資料を受け取ると、早苗はそこに少し情報を描き足した。

「スキャンしてお客様に送って」
「はい」

 早苗は川口に電話をかけた。

 先ほどテスト環境の使用許可を取るときにも簡単に説明したが、今度はやること一つ一つを丁寧に説明していく。

「――これで問題は解決します。ですが、変換機能はこのシステムでは初めて使うので、別の問題が浮上するリスクはあります。これを暫定ざんてい対処とし、後日、恒久対処のための正式な改修作業をしますが、それまでの間、何も問題が生じないとは断言できません」

 すると、電話から川口の物ではない声がした。

「質問がある」

 ひっ。

 早苗は思わず悲鳴を上げそうになった。

 橋本執行役員の声だったからだ。

 相手はスピーカーフォンにして、複数人で聞いていたようだ。

「正常系の試験は通ったと言うが、その他の試験はどうなっている?」

 ごくり、とつばを飲み込む。

 大丈夫。対面してる訳じゃない。電話だ。大丈夫。大丈夫。

「異常系の、試験は、現在並行して実施しております。今のところ想定外の事象は起こっておりません。で、ですが、障害試験まではできておりません。セキュリティ試験も実施しておりません」
「最も影響があるのは性能だと思うが」
「正常系の大量送信バーストで確認いたしました。処理の遅延は発生しておりません。テスト環境のため、本番同等の試験は実施できませんが、CPU、メモリ共に問題ないと考えております」
「ログファイルの出力量は?」
「あっ」

 それは考慮していなかった。

 確かに、変換処理がされたことのログが出力されていた。それが大量にファイルに書き込まれたら、ログファイルが肥大化して、データ領域が不足してしまう。

 カッと頭に血が上った。

 初歩的なミスを……と早苗は悔やむ。顧客に指摘されてしまうなんて。

 心臓がバクバクと激しくなっている。呼吸が苦しい。 

「ログファイルの出力量は確認したのかと聞いている」

 責めるような口調が早苗を追い詰めていた。

 答えるべきことは決まっているのに、声が出ない。

 奥田に助けを求めようと、早苗は顔を上げて奥田のいる方を見た。

 すると、バチッと斜め向かいの席の桜木と目が合った。

 桜木が心配そうにこちらを見ている。

 以前プレゼンの時に握ってもらった手の感触を思い出し、早苗は心を落ち着かせた。
 
 大丈夫。あの時だってできたんだから。大丈夫。

「ろっ」

 声が裏返った。

 乾いた唇を舌でなめてうるおしてから、もう一度口を開く。

「ログ量までは、考慮できておりませんでした。大変申し訳ありません。今からシステム対処するのは難しいので、しばらく手動での対応とさせて頂けないでしょうか」
「いいだろう」

 橋本は、手動でログファイルを削除することに同意してくれた。

「変更作業を、許可して頂けますか」
「許可する」
「ありがとうございます!」
「ただし、切り戻し時間までに間に合わないようであれば、即刻中止するように」
「承知いたしました!」

 遠くにいる奥田に身振りと手振りでオッケーが出たことを伝えると、意味をくみ取った奥田が高セキュリティルームに入って行った。

 早苗はその後、顧客と簡単な確認をした後、電話を切った。

 できた。ちゃんと自分で説明できた。

 高鳴る鼓動を抑えるために、ふぅぅ、と大きく息を吐く。

 よし。あとは時間との戦いだ。

 急いで高セキュリティルームへと向かう。虹彩認証のわずかな時間が惜しかった。

 中にいたのは、ファイアウォール担当と奥田だけだった。他のメンバーはまだテスト環境で試験を行っている。

「準備できています。これ手順書です。確認をお願いします」

 早苗は画面上の手順書を見た。確認と言っても、先ほどテスト環境でやった作業だ。変換する値さえ間違っていなければ問題ない。

「始めて下さい」

 早苗はゴーの指示を出した。

 変更作業は、あっという間に終わった。

「接続通りました! エラーありません! 成功です!」
「やった!」
「やりましたね!」

 三人はそろって声を上げた。

「奥田さん、みんなを呼んで下さい。テストはそこまでにして、本番作業を再開します」
「はい!」

 奥田に連れられて、メンバーが戻ってくる。

 早苗は全員の顔を見回した。

「時間はあまりありませんが、焦らずに確実に実施してください。ここでミスをしたら何にもなりません」

 時間はない。けど、まだ間に合う。

「では始めて下さい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着が重すぎます!

枢 呂紅
恋愛
「わたしにだって、限界があるんですよ……」 そんな風に泣きながら、べろべろに酔いつぶれて行き倒れていたイケメンを拾ってしまったフィアナ。そのまま道端に放っておくのも忍びなくて、仏心をみせて拾ってやったのがすべての間違いの始まりだった――。 「天使で、女神で、マイスウィートハニーなフィアナさん。どうか私の愛を受け入れてください!」 「気持ち悪いし重いんで絶対嫌です」  外見だけは最強だが中身は残念なイケメン宰相と、そんな宰相に好かれてしまった庶民ムスメの、温度差しかない身分差×年の差溺愛ストーリー、ここに開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

出会ったのは間違いでした 〜御曹司と始める偽りのエンゲージメント〜

玖羽 望月
恋愛
 親族に代々議員を輩出するような家に生まれ育った鷹柳実乃莉は、意に沿わぬお見合いをさせられる。  なんとか相手から断ってもらおうとイメージチェンジをし待ち合わせのレストランに向かった。  そこで案内された席にいたのは皆上龍だった。  が、それがすでに間違いの始まりだった。 鷹柳 実乃莉【たかやなぎ みのり】22才  何事も控えめにと育てられてきたお嬢様。 皆上 龍【みなかみ りょう】 33才 自分で一から始めた会社の社長。  作中に登場する職業や内容はまったくの想像です。実際とはかけ離れているかと思います。ご了承ください。 初出はエブリスタにて。 2023.4.24〜2023.8.9

処理中です...