上 下
6 / 8

母親とは時に面倒臭い生き物である

しおりを挟む


「あ。…。あ、…あぁ、っあ」

あなたはどこの顔がない黒いやつなんだろうか?



かれこれ10分程、旦那様が口を閉じたり開いたりしてる姿を眺めていた。

何か言いたい事があるのだろうが、私から話しかけるのも癪なので黙っているが…そろそろ話しだしてほしい。

そもそも、話があると先触れを出してきたのは旦那様なのに何を言い淀んでいるのか…。

リリーは不思議そうな顔をして私の膝から旦那様を見ている。


「あ、あぁああのな!」

「…はい?」

「す」

「す?」

なんなんだ一体。

話したい事があるなら簡潔に、早急に、話し始めてほしい…時間は有限なのだ。

「す」

「す?」

「すまなかったぁ…。」


旦那様は私に謝りながらゆっくりと頭を下げた、びっくりするほど尻すぼみになってゆく謝罪の言葉だった。

「何に対しての謝罪でしょうか?

私が無表情のまま旦那様にそう言うと、視線を泳がせるだけでまた口をぱくぱくさせている。

そんなに言いたくなかったのだろうか?

私の落ち着いていた心がまた、ザワザワと騒めきだす。

そろそろ私が旦那様をここから追い出そうかと考え出した頃、やっと旦那様はゆっくりと話だした。



「…。俺は多分君のことを誤解しているんだと思う。思っていたイメージとここ最近の君のイメージが違いすぎて…正直戸惑っている。」



すこし時間を開けた後、旦那様は私にそう言った。

その表情はなんだか後悔しているような表情をしていたし、私からしても以前とは違うとわかっているのでなんだか少しだけ申し訳ないような気がしてきた。

(やっぱり顔がいいと得なのよね…しおらしい表情されたら許したくなる。これじゃぁ私は所謂ちょろい女じゃない!)





そんなことを考えている時、ふと静かになったので腕に抱いているリリーを見ると船をこいでいた。


(まぁ、リリーも眠たそうだし…私も以前は酷かったのだから今回だけは見逃そうかな。)

そう思うほどには絆されてしまっていた。

そんな私の感情の機微を知ってか知らぬか、旦那様は私にこう言った。



『…俺にもう一度だけ、君と向き合う時間をくれないか?』




私を真っ直ぐに見てそう言った旦那様の瞳は、やけに真剣な色をしていた。







旦那様はその後、有言実行だと言うように三日も開けずに私とリリーに会いに来るようになった。

初めの頃はお互いにぎこちなくて会話もほとんどなかったし、帰ってくる頻度が急に上がったことにより私達の生活リズムが変化するというストレスがあった。

今まではリリー中心の生活だったが、旦那様が帰宅する日は旦那様のことも考えなくてはならないのだ。

(正直な話、ちょっと鬱陶しいと思った)



そして、帰宅の頻度が上がったことでストレスを感じているのは私だけではなかった。

仕事がまだまだ忙しいと旦那様付きの執事が泣き言を言っていたのだ。

その度旦那様に『ジュノは俺よりかは忙しくないだろう?』と冷たい目を向けられていた。

それならばと思い『忙しいのなら頻繁に帰ってこなくても…』と私が言うと『俺が好きで帰ってるから気にするな』と言われた。

正直な話、私からすれば帰ってこないほうが気持ちが楽である。

(きっとジュノも使用人たちも皆がそう思っているに違いない)



一度だけジュノに対してどうにか頻度を減らせないか聞くと『ええ!無理っす!俺はまだ死にたくないっすよー』と走り去られてしまった。

…なんでなのか。


リリーも旦那様の帰宅で少し変わった事がある。

最初は『だれだこの人?』という表情をしていたのだが、最近では『ぱっぱ、ぱあっぱ』と言うようになった。

前は『まんま、まんま』と可愛らしくハイハイしながら私の方へときてくれていたのに対し、今は『ぱっぱ、ぱあぱ』と言って旦那様の方へと言ってしまう。

(…くそう、私の可愛いリリーが魔の手に!)

私ができない遊びをリリーとしてる姿は、微笑ましくもあり憎らしくもあった。



旦那様が帰宅する日をリリーが楽しみにしている。

その事実は私の旦那様への嫌な気持ちよりも大切なことなので、私も旦那様に寄り添うことに決めたのだった。




そんなこと言いつつも実は私も少しだけ、旦那様に絆されてきている。


だって私に会いに来る日は毎回、王都で評判だというお土産を持ってきてくれたり、季節の花を持ってきてくれたりと以前とは打って変わって対応が愛妻家のそれになっているのだ。



リリーにも笑顔を向け、いい父親のような行動を取るので私は何も言えないし。



リリーに対して私は溢れるほどの愛情を注いでいるし、使用人たちも皆がリリーを愛していると言える。

そんな中で旦那様と言う、新しく愛情を注ぐ人が増える事はリリーにとって良い事なので文句は言えないのだ。


(…私が、ちょっとだけ…なんだかちょっとだけ嫌なだけ。)



最低なことを言われたことは忘れていないけれど…今の旦那様となら、いい夫婦にはなれるかもしれないと思った。

旦那様のことが嫌な反面、絆されている気持ちもあって、とてつもなくめんどくさい女になっているのが…今の私の現状である。



そんな時、メイドの一人から信じられない話を聞いた。



「奥様…旦那様がリリー様を連れて行くと言っているところを聞いてしまったんです!」


そんな言葉を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある令嬢の憂鬱

猫崎ルナ
恋愛
これは『悪役令嬢を愛した転生者の母』に出てくる娘、リリーが学園に入る少し前の小話になります。 思春期になり周りのお友達が色だ恋だと騒ぐ中、いつも話題に上がるのは両親の話。 そんな両親の話を聞きすぎてウンザリしてしまっているリリー。 そんなリリーの心情のお話。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……

ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。 ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。 そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

処理中です...