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人が変わると全てが変わる

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「女神様。わたくしはそれ程悪いことをしてしまったのでしょうか?」

元は綺麗だっただろうドレスは土埃にまみれあちこちに破れた跡があり、下部は擦り切れ所々ほつれている。

「わ…わたく、しは。ただ、愛されたかっつ…だけ…に」

泥がこびりついた髪の毛は以前と比べると見る影もなく、頬から顎にかけて涙が伝う度に薄汚れた頬の下にある肌の白さが、この娘がただの平民の生まれではない事を示唆する。

「おし、たっい…して、おりました。ただ純粋にっ…」

月明かりに照らされた少女の周りを狼に似た魔獣が囲み、この極上の獲物をどうしてやろうかと見つめ、少しずつ近づいてきている。

「女神様、どうか、どうかお願いいたします。次もし、生まれ変わる事が出来たなら…多くは望みません、ただ、ただ、一人だけにでも、いいっ!愛されるような人生をっ…!」

元は高貴な身分だっただろう娘の慟哭が、ひときわ激しく辺りに響いた瞬間。周りを囲っていた魔獣が一斉に娘へと襲い掛かる。

次の瞬間、娘は激しい光と共に   跡形もなく  消えていた。









「ンンンンンンン!痛ーい!」
私は気が付くと産まれて初めてといえるほどの激痛に襲われていた。腰がハンマーでガンガン殴られているような感覚だ。

「奥様!喋ってはいけません!もう少しですから、頑張ってください!」
私の左手を握っている若いメイドが心配そうに私に声かけをしてくる。その左手は淡く輝いており、何かしらの魔法が行使されていることがわかる。

(ん?メイド?魔法?)
さも当たり前のようにそんなことを考えた私の疑問を断ち切るかのように、また先ほどと同じ…いや、更に酷くなった激痛が襲ってくる。


「無理無理無理無理!待って何これ!あああああああああぁ!」
下半身が、腰が、なぜかわからないけど痛い。何度でもいうが、今まで経験したことのない痛みだ。それは当たり前だ、今は出産をしているのだから。

(え?出産…?)
自身が今、出産しているという当たり前のことを飲み込む前にまた痛みが押し寄せてくる。

「無理でもここで止めることはできませんよ!もう少しです!見えてきましたよ!」
私の下半身の方向から誰かの声がする。これは産婆さんだ、旦那様のお母様の出産もこの産婆さんが対応したんだと、この間お茶の時間に侍女長が話していたことはなんとなくだが耳に挟んでいた。

「いやぁああああああああああああ!」
謎の痛みと共に私の視界がスパークした。文字通りスパークしたのだ。痛みのせいで自身の魔法が暴走しかけているのだ、左手を握ってくれているメイドがドサリと倒れ、代わりのメイドが私の左手を握る。私の魔力が暴走しないように魔石に移動してくれているのだ。

(どうりでなんか痛いと思った!今は下の方が痛過ぎて、全く気にならないけどね!)
痛過ぎてもう訳もわからないほどに、思考があちらこちらへと飛んでいく。

「おおおお、奥様!いけません!落ち着いてください!もう少しですから!」
左手を握るメイドが焦りつつ話しかけてくる、あれ?このメイドはどこかで見たことがあるような…?少し前に派遣されてきたこのメイドは子供のための乳母メイドなので顔合わせは面倒臭いと会ったことはなかったのだが…一瞬の既視感に思考が逸れたが痛みに現実へと強制的に戻される。

「何?何かが目の前で!ああああ、出る!出てくる!あああ!出たわ!出したわぁあああ!」
一際強い痛みと共に、何かが出てくる感覚がした。それはもうとてつもない痛みだった。

「奥様!力を抜いてください!もう出ます!」
それを聞いた私は困惑した、え?今出てきたよね?と。またミチミチと強烈な痛みがくるのかと身構え叫ぶ。

「ええええええ!?何が出て…くるのぉおおおおおお!」
強烈な痛みではなく、完全に子供が出てくる感覚がした。あぁ、これが出産なのねと回らない頭で私は考えていた。

「おぎゃぁ!」
産まれたばかりの赤ちゃんの声が聞こえるとともに、周りにいた侍女やメイドたちがバタバタと行動しだす。

「奥様、おめでとうございます。お嬢様です」
左手を握っていた新人のメイドは気付けばいなくなっていて、赤ちゃんを抱いてるであろう産婆さんが私へと声をかけてきた。

「そ…う。そうなのね、わたくしにも見せてくださる?」
叫び過ぎて掠れた声でそう言うと、何故か皆が息を呑んだような気がした。

(あ…私の喋り方と今まで興味がなかった赤ん坊へ興味を示した事に対してか…)
以前の私を振り返り、それもそうかと苦笑いをしてしまう。

「えぇ、えぇ!とてもお可愛らしいお嬢様でございますよ。髪色は旦那様に似ていらっしゃいますが、瞳のお色はどちらに似ているのか楽しみでございますね」
一瞬呆けた顔をした産婆さんだったがすぐに持ち直し、とても嬉しそうな表情をして私に赤ん坊を寄せてくれた。

「まぁ、わたくしと同じ色の瞳ね…とても愛らしいわ。そう…。産まれてきてくれて、ありがとうね?」
私が赤ん坊の頬を指先で撫でると、琥珀色の瞳が私を捉えたのだ。

「まぁ、まぁまぁまぁ、こんなにお可愛らしいお嬢様は見た事がありません」
私の背の方に居た侍女長が本当か嘘かわからない賛辞を述べるが、素直に受け取ろう。確かに私の娘は世界一だ。

しばらく娘を見ていたが、産湯などをするとつれていかれ、奥様はしばらくお休みになって下さいと侍女長に言われたので素直に寝る事にした。出産で疲れていたのだろう、私は何かを考えることもなく眠りについたのだ。






目が覚めると寝台に横になっている私の衣服が先ほどとは違うネグリジェに代わっていて、あれほどかいた汗も拭き取ってくれたのか気持ち悪くない状態になっていた。
全身が怠く下半身に痛みがあるが、それを除けば快適すぎて怖いぐらいである。

あれだけ騒がしかった部屋の中は閑散としていて、今が月が登る時間であることを明確に示しているようだった。

私はサイドテーブルの上に置いてある水差しを取り、輪切りにされているレモンが浮かぶその水を一緒に置いてあったコップへと入れ喉を鳴らしながら飲み干した。
淑女としてはまるでなっていないが、前世の記憶がある今それはごくごく普通の行動に思えて少し口元が緩んだ。

喉の渇きが癒えた私は、現在自分が置かれているこの状況やこの先の出来事について頭の中を整理するため考えることにした。

私はこの世界で生きている、いわゆる生まれ変わりだろう。これについて輪廻の輪がどうとか考えるつもりはないが…生まれ変わりだと考えるにはおかしな点がある。

私はこの先に起こる出来事を知っているのだ。知っているとは違うかもしれない、ゲームでプレイした事があるのだ。

何を言っているのかと思うかもしれない、信憑性はともかくにしろ偶然とは言い切れない事があるのだ。

出産が終わり、先ほどまで寝ていた私は夢を見ていたのだ。今世の自分の人生の夢と前世の私の人生の夢を。その中で乙女ゲームというものがあり、その登場人物などの全てがこの世界と同じであったのだ。

わからないが多分夢を見ながら、自分の記憶を整理してたのだろう。


まず、この国の名前だ。ホワイトローズ王国、この国は王家を筆頭に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と貴族の爵位序列がありその下には准男爵、騎士爵がある。

私は公爵家に嫁いだので エリー ヴァイオレット公爵夫人だ。ちなみに旦那は アーノルド ヴァイオレット公爵で先ほど生まれた娘は リリー ヴァイオレット と名付けられる。

そう、今はまだ名付けられていないのだが、私はそう名付けられる事を知っているし、本当ならば自身も名付けに関わりたかったと駄々をこね受け入れられないことを知った際には散々暴れ回った末に育児放棄をするのだ。

元々妊娠中は体型が崩れるなど不満ばかりを言い、子供のことなんてひとつも考えてなかった私だが、産んでみたらちょっとは可愛いと思っていたのだ。
そこへ旦那様が勝手な事をした事により、私の子供のような心が反発してしまって子供なんて知らないわとなってしまったのだろう。

一応元の私の記憶もあるので、どういった気持ちだったのかは一応わかるのだ。

(気持ちはわかるけれど、暴れ回った挙句に育児放棄はいただけない…)

そして育児放棄をした私はする事もなく昼間はお茶会、夜は舞踏会と好き勝手に遊び呆けることになるのだ。
旦那様は変に子供の教育に口を出してこられるよりは好き勝手にしていてもらったほうがいいと私を放任。

(これって子供に本当は会いたかったのよね。その寂しさを紛らわしてただけなんだわ。してることは最低だけれど)

好き勝手に遊び、公爵家で自分が使える金額を上回るほどに散財をした挙句、仮面舞踏会で知り合った身元不明の男性と駆け落ちするのである。

(はっきり言って気持ちはわかるが、最低のクズである。)

私はそれっきり話題に上がる事もなく物語から居なくなるのである。そんなとんでもない女が私である。

その私と旦那様の間に生まれてきた一人娘が先ほどのリリーである。

このリリーは乙女ゲームに出てきた悪役令嬢であり、ゲームなんて普段しない前世の私がする事となったきっかけは、上司と話を合わせないといけないのにと前世の旦那が、仕事が忙しくてやる暇がないと私に泣きついてきたからプレイしたのである。

全てのエンディングと隠しエンディングをクリアさせられ、それを旦那にわかりやすく説明しないといけないことが何よりも苦痛であった。
(実況動画見てろよ!)

(しかも結局それってゲームが苦手な浮気相手のために旦那が俺が、と見栄を張ったからだったのよね)

前世での不快な記憶も同時に思い出してしまった私は顔を顰め、もう一度水差しの水を飲みそれを頭の隅に追いやった。


この国、ホワイトローズ王国にある貴族が必ず通わないといけない王立学園に入学するところからゲームは始まるんだけれど…。

娘が入学する年度には第一王子 宰相息子 魔法団長息子 神官長息子が入学するのだ。同年代ではこの四人が攻略対象だ。
それと他に年上では薬師長の息子が薬学の先生として学園にいるし、年下では一年遅れで騎士団長息子が入学してくるのだ。

そしてこのゲームでのヒロイン…異世界からやってきた聖女が娘よりも一年遅れで入学してくる。

この国は瘴気が至る所から噴き出していて、その瘴気は聖女や聖者じゃないと浄化ができない上にどんどん蓄積され、最終的には草も生えない荒地となってしまう。

聖女や聖者は魔力の強さにより浄化の範囲が広がるのだが…基本的にはやれどもやれどもイタチごっこだ。だが、定期的に現れる異世界の聖女様は皆莫大な魔力を持っているので浄化速度も天と地の差があるのだ。

神殿にて一年間魔法やこの国の瘴気について学び、その後貴族の養子となり学園へ通うのが異世界からきた聖女の義務なのだ。

今回はその聖女のせいでうちの可愛い娘が断罪されてしまうのである。
(許せない…許せないぞ聖女よ。)

まぁ、そんなこんなで聖女と攻略対象が仲良くなり、その攻略対象の婚約者は一部婚約解消や破棄をされてしまう。
理由は皆違えど根底にあるのは聖女様のことであるのは明白である。

婚約継続しているところもあるが、きっと聖女様を追いかける旦那に辛い思いをするであろうことが明白だ。それでも破棄できない理由があるのだろう。

そして婚約破棄される私の娘は悪役令嬢と呼ばれ聖女を害したとされ国外追放となる。第一王子の場合は…ね。
他の攻略対象の場合は悲惨だ、殺されたり 売られたり 実験されたりする。

どれも嫌だが一番いいのは多分第一王子ルートでの国外追放だ。

(そもそも、私の娘はゲームの中でもちょっと辛辣なだけで虐めていたわけではないのだ、当たり前なことを言っていただけで破棄をされるなんて…王子。許さん。)

そんな未来を娘に歩ませたくないので、私は今日この日から変わるのだ!
(まぁ、記憶はあるとしても中身が違う時点で既に変わってるんだけどね...)





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