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こんなはずじゃ無かったのにな

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とある一室にて二人の男女が向き合って座っている。

 一人は焦茶色の髪をゆるく巻きロイヤルブルーの優美なドレスに身を包んでいる年若い令嬢、もう一人はその令嬢が来ているドレスと同じ色の髪を短く切り揃え豪華絢爛な衣服を身にまとってる令息だ。

 机の上には先ほど令息が令嬢のためにと入れた紅茶があり、色とりどりの菓子が並べられている。

 至って普通のお茶会に見えるこの状況だが、令嬢の顔色は優れない。

 しばし無言が続いた後、おもむろに令息が口を開く。


 「私は君を愛していない」

 「…はい」


 令息が放った言葉に対し、令嬢は少し掠れた声で返答をする。

 そして動揺を隠すように令嬢は震える指先でカップをつまみ、ほのかに花の香りがする紅茶を口に含む。

 その瞬間、令嬢はカップを落し両手で口を塞いだ。

 コポリ…コポリと絶え間なくその指の隙間から血が滴り落ちる。

 令嬢の琥珀色の瞳は驚愕に見開かれ令息を見るが、令息はそんな様子の令嬢を見ても何も反応をしない。

 全身を震えさせながら倒れ込む令嬢を見つめるその金色の瞳はドロリとした暗いものに見えた。




 *


 私は公爵令嬢としてこの国に生を受けました。

 王族の次に尊いとされるリリヴェル公爵家に生まれた私は産まれた時から王太子殿下の婚約者と決められており、幼い頃から礼儀作法や妃教育を厳しく教えられてきました。

 そんな私が王太子殿下と初めて顔合わせをしたのはまだまだ互いに幼い6歳の頃。

 王族特有の紺色の髪に金色の瞳をしている王太子殿下は緊張して震えている私の手を優しくとり、にっこりと微笑んで王宮にある庭園を案内してくれました。

 互いに良い関係を築いていた私たちの関係が変わったのは13歳になった頃です。

 教会から『聖女様が降臨した』との報告を受けた国王陛下が、神殿長と聖女様を王宮に招いたことから始まりました。

 聖女様は白銀の髪にルビーのような赤い瞳をしていました。

 私が初めてお姿を拝見したときにはその息を呑むほどの美貌に少し唖然としてしまいました。

 王妃教育をしている合間合間の移動の際、婚約者の王太子殿下と聖女様が庭園でお茶をしている姿をよく拝見しました。

 侍女に理由を尋ねるとどうやら聖女様は私がいるこの世界とは違う世界からやってきたらしく、この国の常識や礼儀作法が全くわからないとのこと。

 国王陛下から王太子殿下に聖女様の教育を任せるとの言葉を頂いたらしい殿下は、できる限りの範囲を聖女様に付き添い細かくこの世界の常識を教えているらしい。

 
 初めの頃はなにも思わなかった。

 異世界からやってきた聖女様をお支えする栄誉を賜った王太子殿下に対し、私は誇らしいまでもあったのだ。

 けれど私は気がついてしまった。

 私には見せない様な笑顔、私には見せないような熱のこもった瞳。
 …私には見せた事のない恋焦がれた姿。

 そんな王太子殿下の姿を見てしまった。

 私が愛を向けているからこそ理解できる。
 目線で、口調で、声色で、仕草で、雰囲気で。
 …王太子殿下の全てが聖女様を愛していると叫んでいる様だった。


 羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましい。
 妬ましい、妬ましい、妬ましい、妬ましい。


 貴方にひどく恋焦がれている私、聖女様に恋焦がれている貴方、貴方に微笑みかける聖女様。

 
 私の恋心がもっと優しいモノだったら。
 こんなに醜い、醜悪なモノではなかったら。
 春の日差しの様に清らかなモノだったら。

 何度も何度も盗み見た。その度再確認させられ絶望した。

 何度も何度も勘違いだ、気のせいだと周りから言われようと、私は信じることができなかった。

 全てが遅すぎた。
 



 どんな理由があろうとも、どんな過程があろうとも、人には超えてはいけない一線というものがある。




 私は…ひどく醜い嫉妬に飲み込まれ、ある日、聖女様を殺してしまった。

 今なら理解ができる。そんな事は絶対にしてはいけない事だったと。
 けれど、その頃の私はそんな事でさえ理解ができないほどに愛に狂ってしまっていた。

 いつから私はおかしくなっていたのだろうか?
 いつから私は狂っていたのだろうか?

 今となってはそれを知る術は無い。
 
 いつからだろう?気がつくと私は幽閉されていた。
 いつからだろうか?わからない。苛立ちからロイヤルブルーの髪の毛を何度も何度もかきむしる。 

 あぁ、そうだった。私は聖女様を醜い嫉妬心から殺してしまったのだから。

 







 「アレの様子はどうだ?」

 「あぁ…なにも変わりませんよ。最後に見た時のままです」

 「それにしても恐ろしいものだな…」

 「そうですね…聖女召喚をする前にわかっていたらと何度後悔した事でしょう」

 「聖女が王太子に恋をし、王太子は聖女をリリヴェル嬢と誤認させられ、リリヴェル嬢を殺そうとした聖女を毒殺しようとした王太子がリリヴェル嬢を毒殺。」

 「聖女とは一体何なのでしょうね」

 「我々の手にはおえないモノだったのだろうよ」

 「リリヴェル嬢は亡くなり、王太子は精神をおかしくし、聖女は悪魔として処刑」

 「こんなはずじゃなかったのにな」
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