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ナナシの名前
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父は町の人から好かれていた。
葬儀には沢山の人が訪れ、涙してくれた。
リズはあの日犯人を前にして泣いて以来、涙が出なかった。
そんなリズを、町の人は心配してくれていた。
あれ以来、犯人は捕まっていない。
リズがしゃがんで父の墓に花を手向けてると、背後で気配がした。
「クリスさん、ですか?」
「ああ、よく分かったな」
「もう驚かされたりしませんよ」
リズは立ち上がるとクリスに向き直る。
「もう怪我は大丈夫ですか?」
「立って歩ける程度には。アレクスにも送ってもらったけど」
クリスが指した方に目をやると、アレクスが立っていた。手を上げて軽く挨拶してくれた。
「あの人は本当にナナシだったんですね。今も誰だか分からない」
「ああ」
「今も沢山余罪を作ってるのでしょうか」
「…すまない」
クリスは少し目を伏せた。
ナナシの捜索は今も続いている。
しかし、手がかりが少なすぎた。
あの美しく正体の知れない誰かは、別の誰かに成り代わっているのだろうか。
「怒ってはいません。悪いのは全てあのナナシです」
本当にクリスに対しては怒ってはいなかった。
彼は優しく、彼の声はリズを落ち着かせた。
「…リズ、君は都会に行くつもりと聞いたけど、当ては?」
「ないです。父が少し蓄えを作ってくれてたので、それで食いつなぎながら職を探します」
クリスは言葉を探すように遠くを見た。
「あー、実は今度新しく仕事を始めるんだ。学業は休学してて…。今回アレクスから試しに仕事を貰ったんだけど、助手を探してて…」
「助手、ですか?」
「住む所もアレクスの紹介で安いけどいい場所があって…」
「そんなに気に病むことないです」
可笑しくなってリズは笑った。
しかし、クリスは真剣な顔で続ける。
「君の焼き菓子が食べれるなら、仕事も捗ると思うんだ。あれは、アレクスの家のお菓子を越えてるよ」
「お菓子を食べると捗る仕事って何ですか?」
「それは色々あるけど、ーー例えば探偵とかね」
どこまで本気なのか。
リズはクリスの瞳を覗きこむ。
黒い瞳はどこまでも真剣で、吸い込まれそうだった。
「いいですよ。仕事が直ぐに見つかるとは限らないし、それまでお手伝いします」
クリスは破顔した。
二人でアレクスの所に歩み寄るとアレクスは可笑しそうにニヤニヤ笑った。
クリスが医者に見てもらう時間だと少し先に行き、離れたときにそっとリズに言う。
「お願いします。アイツは頭が良くて行動力もあるけど、お人好しだし抜けてるしで、心配だったんです」
そこで眉をしかめると、「あと直ぐに道を間違える」と言い捨てるなり走りだし前を行くクリスに叫んだ。
「おい、どこ行く気だ。右だ!右!」
リズも可笑しくなって笑いながら二人を追った。
良かったと安堵しながら。
こんな時に、一人じゃなくて良かったと。
そして三人は春が終わる前に首都へと向けて旅立った。
葬儀には沢山の人が訪れ、涙してくれた。
リズはあの日犯人を前にして泣いて以来、涙が出なかった。
そんなリズを、町の人は心配してくれていた。
あれ以来、犯人は捕まっていない。
リズがしゃがんで父の墓に花を手向けてると、背後で気配がした。
「クリスさん、ですか?」
「ああ、よく分かったな」
「もう驚かされたりしませんよ」
リズは立ち上がるとクリスに向き直る。
「もう怪我は大丈夫ですか?」
「立って歩ける程度には。アレクスにも送ってもらったけど」
クリスが指した方に目をやると、アレクスが立っていた。手を上げて軽く挨拶してくれた。
「あの人は本当にナナシだったんですね。今も誰だか分からない」
「ああ」
「今も沢山余罪を作ってるのでしょうか」
「…すまない」
クリスは少し目を伏せた。
ナナシの捜索は今も続いている。
しかし、手がかりが少なすぎた。
あの美しく正体の知れない誰かは、別の誰かに成り代わっているのだろうか。
「怒ってはいません。悪いのは全てあのナナシです」
本当にクリスに対しては怒ってはいなかった。
彼は優しく、彼の声はリズを落ち着かせた。
「…リズ、君は都会に行くつもりと聞いたけど、当ては?」
「ないです。父が少し蓄えを作ってくれてたので、それで食いつなぎながら職を探します」
クリスは言葉を探すように遠くを見た。
「あー、実は今度新しく仕事を始めるんだ。学業は休学してて…。今回アレクスから試しに仕事を貰ったんだけど、助手を探してて…」
「助手、ですか?」
「住む所もアレクスの紹介で安いけどいい場所があって…」
「そんなに気に病むことないです」
可笑しくなってリズは笑った。
しかし、クリスは真剣な顔で続ける。
「君の焼き菓子が食べれるなら、仕事も捗ると思うんだ。あれは、アレクスの家のお菓子を越えてるよ」
「お菓子を食べると捗る仕事って何ですか?」
「それは色々あるけど、ーー例えば探偵とかね」
どこまで本気なのか。
リズはクリスの瞳を覗きこむ。
黒い瞳はどこまでも真剣で、吸い込まれそうだった。
「いいですよ。仕事が直ぐに見つかるとは限らないし、それまでお手伝いします」
クリスは破顔した。
二人でアレクスの所に歩み寄るとアレクスは可笑しそうにニヤニヤ笑った。
クリスが医者に見てもらう時間だと少し先に行き、離れたときにそっとリズに言う。
「お願いします。アイツは頭が良くて行動力もあるけど、お人好しだし抜けてるしで、心配だったんです」
そこで眉をしかめると、「あと直ぐに道を間違える」と言い捨てるなり走りだし前を行くクリスに叫んだ。
「おい、どこ行く気だ。右だ!右!」
リズも可笑しくなって笑いながら二人を追った。
良かったと安堵しながら。
こんな時に、一人じゃなくて良かったと。
そして三人は春が終わる前に首都へと向けて旅立った。
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