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狐の嫁入り(あるいは出会いはいつあるのか分からない)
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そろそろ帰ろうかというところで窓の外から雨足が強まる音が聞こえた。
「あっ、あめ!」
急に土砂降りになった。今まであがっていたのに。
子どもたちは窓から嬉しそうにザーザー降る雨を眺めていた。
めずらしいな、いつも外に出る時は晴れることが多いのに。
まぁいっか、時には雨音を聞きながら帰るのも。
「お先に失礼しまーす」
他の先生に声をかけて玄関で靴を履く。部屋の窓に振り返ると2歳の男の子がこちらに手を振っていた。「バイバーイ」と伝えて外に出る。屈んで中を見るとまだ手を振っていた。かわいい。かわいいけどやめ時が分からない。と思ってもう一回覗いたら男の子はいなくなっていた。それはそれで寂しい。
雨は強かったが空は明るく、向こうのほうは晴れているようだった。なんだか明るく軽やかな雨で、わたしは鼻歌を歌いながら帰った。新しい傘をさせるのも嬉しかった。
今日は久しぶりに友達とご飯を食べる約束をしている。何を着て行こうか…
自分の部屋に入ってから今月のお気に入りのスカートを選ぶ。これに合うトップスは…
私はセンスがあるわけではないが服を選んで着ることは好きである。着て行ってこれじゃなかったな、と後悔することもあるし、悩むんだけど。女子の特権だと思う。
化粧をしながらまだ外から雨の音がしていた。更にゴロゴロ…と雷の気配さえも感じ、大丈夫かな…と不安になった。
「いやーー、知胡が1番に結婚するとはねー」
レモンハイを片手に杏が言っていた。3杯目なのでもう酔ってきているのかもしれない。
「杏も彼氏と仲良しじゃん」インスタの投稿を見れば杏と彼氏の順調さは伝わってきていた。私はファジーネーブルをちびちびと飲む。
「ふん…」杏はぐっと持っていたジョッキをあおる。
「おいおい、大丈夫?ちょっと飲み過ぎじゃない?」
知胡が杏を心配そうに見つめる。
「大丈ー夫っ。ふん、彼氏くんなんてさ、この前もケンカしちゃってさ…大変なんだよぉ」
よしよし、と知胡が杏の頭をなでる。
「てか、スズはどうなの?最近浮いた話全然ないじゃん!」
話の矛先が私に向かいびくっとする
「私は…えーっと何も…」
「どうなの?!最近は?!」
「ちょっ杏、怖いから…落ち着いて?どうどう」
知胡が杏を落ち着かせてくれる。
私だってお付き合いする人は、いた。
けど、長くは続かなかった。原因があるとすれば、好きじゃなかったんだろう。
好きなフリをして好かれてるフリをして幸せなフリをする。ただの恋愛ごっこ。
それに何の意味があるのか。白けて別れて今に至る。
「何で~?スズ、彼氏欲しくないの~?結婚したくないの~?」
完全に酔っている杏が私に質問をぶつけてくる。「飲み過ぎだって杏~」
「欲しくない…訳じゃないけど、出会いがなくてさ」
私は曖昧に答える。本音だし。
「まぁ、スズは1人でも生きていけそうだよね…」
杏の声のトーンが下がり「私は…むり…」俯いてしまう。
「あれ、なに?杏、泣いてんの?!」
話を聞くと杏が彼氏と派手なケンカをしたらしく、将来のことを考えると不安でいっぱいでどうしようもなくなっているらしかった。
「川咲さんのことは好き…でもこんなケンカがこれからもあるかもしれないと思うとやっぱり不安で…」
杏は彼氏のことを本気で考えてるのか伝わってきた。それなら話は早いと思った。
「あのさ」
うまく伝えられるかな。
「好きって言えるだけで、もう充分だと思う」
私は言葉を探すことなく頭に浮かんだままを言葉に乗せた。
「人を、その人のことを好きってだけでそれは、奇跡だと思う」
杏は私を見つめていた。
私は人を好きになれるのかな…
心の中でふとそんな思いを抱きながら。
「そう…だよね」
知胡もうんうんと頷きながら言った「確かに奇跡だよね」
「しかも相手も自分のこと好きなんだよ?」
「好きの奇跡の二乗!」「W奇跡!」「運命的奇跡!」後半は何を言ってるのか分からなくなった。
「そっか。好きってだけでもういいんだね」
「もちろん。それ以外もう何もいらないよ」
3人で笑い合った。
「じゃぁスズにも良い人ができますように~」
「イケメン高スペック包容力男子をスズに~」
「まずはスズも女子力高めろ~」
「そのプリン頭どうにかしろ~」
「うるさい!」
私は2人に妙な念を送られながら「美容院は予約しよう」とは思った。
なんだかんだで皆んな悩んでるんだなぁと思ったのと、数日後には杏から「入籍しました♡」なんてLINEが送られてきそうとか想像して1人で笑ったりしていた。
皆んな全然違うけど、みんな悩んでるのは一緒なのか。
そんなことを1人納得して心のノートにメモをしておいた。
「あの…もしかして井上?」
トイレの順番待ちをしていたら急に声をかけられた。背の高い男性だった。
誰だか分からず何も言えずにいると
「俺、鎌田慎吾。覚えてないかな…」
あ、慎くん。
名前を聞いた瞬間チリチリっと火花が散った気がした。小学生の時クラスが一緒でたくさん笑ったり話したりしたこと。席が隣になって本当に嬉しかったこと。連絡帳にお互い沢山落書きをしたこと。
一瞬で懐かしい記憶が蘇った。
「しん、くん」
慎くんの顔がぱっと明るくなる。
「そう!懐かしいなぁ!知胡と杏もいた?席が近くて話が聞こえてくるからもしかして…と思ってさ!」
名前が分かると確かに慎くんの面影があった。でもずいぶん大きくなったなぁ。
「高校入って20㎝も伸びたんだ。自分でもびっくり。」
私の気持ちを先回りして教えてくれた。なんだか何もかもが懐かしくてクラクラするようだった。
「良かった。覚えてくれてて」
にっと笑う慎くんはやっぱり何も変わってなさそうだなと、なんだか安心した。
席に戻ると知胡と杏も目をまん丸にしていた。「え!!慎吾くん!?」「でかっ!」「変わんないー!」「えっ席そこ?一緒に飲もうよ!」
慎吾くんは職場の同期の人と2人で飲んでいたようで、その人も喜んで一緒に飲んでくれた。陽気な人で場を回すことに慣れていそうだった。
時々杏と知胡が意味ありげに私を見て慎くんを見てクスクスと笑っていた。何を言いたいかは手に取るように分かる。「ほら、私たちの祈りが届いたのよ!」なーんて思ってんだろう。
まったく、笑っちゃうからほんとにやめてほしい。と視線を2人から外すと慎くんがにこにこ楽しそうに笑っていた。
…ま、一応感謝はするか。
大事な親友たちに心の中でお礼を言う。ありがとよ。
私は家に帰ってから日記に今日のことを書いた。LINEはスタンプが来ていた。何を返そうか…と考えたりしているうちに眠くなってきた。
急いで日記を書き終える。今までのどのページよりも嬉しい、記憶の写しだった。
「あっ、あめ!」
急に土砂降りになった。今まであがっていたのに。
子どもたちは窓から嬉しそうにザーザー降る雨を眺めていた。
めずらしいな、いつも外に出る時は晴れることが多いのに。
まぁいっか、時には雨音を聞きながら帰るのも。
「お先に失礼しまーす」
他の先生に声をかけて玄関で靴を履く。部屋の窓に振り返ると2歳の男の子がこちらに手を振っていた。「バイバーイ」と伝えて外に出る。屈んで中を見るとまだ手を振っていた。かわいい。かわいいけどやめ時が分からない。と思ってもう一回覗いたら男の子はいなくなっていた。それはそれで寂しい。
雨は強かったが空は明るく、向こうのほうは晴れているようだった。なんだか明るく軽やかな雨で、わたしは鼻歌を歌いながら帰った。新しい傘をさせるのも嬉しかった。
今日は久しぶりに友達とご飯を食べる約束をしている。何を着て行こうか…
自分の部屋に入ってから今月のお気に入りのスカートを選ぶ。これに合うトップスは…
私はセンスがあるわけではないが服を選んで着ることは好きである。着て行ってこれじゃなかったな、と後悔することもあるし、悩むんだけど。女子の特権だと思う。
化粧をしながらまだ外から雨の音がしていた。更にゴロゴロ…と雷の気配さえも感じ、大丈夫かな…と不安になった。
「いやーー、知胡が1番に結婚するとはねー」
レモンハイを片手に杏が言っていた。3杯目なのでもう酔ってきているのかもしれない。
「杏も彼氏と仲良しじゃん」インスタの投稿を見れば杏と彼氏の順調さは伝わってきていた。私はファジーネーブルをちびちびと飲む。
「ふん…」杏はぐっと持っていたジョッキをあおる。
「おいおい、大丈夫?ちょっと飲み過ぎじゃない?」
知胡が杏を心配そうに見つめる。
「大丈ー夫っ。ふん、彼氏くんなんてさ、この前もケンカしちゃってさ…大変なんだよぉ」
よしよし、と知胡が杏の頭をなでる。
「てか、スズはどうなの?最近浮いた話全然ないじゃん!」
話の矛先が私に向かいびくっとする
「私は…えーっと何も…」
「どうなの?!最近は?!」
「ちょっ杏、怖いから…落ち着いて?どうどう」
知胡が杏を落ち着かせてくれる。
私だってお付き合いする人は、いた。
けど、長くは続かなかった。原因があるとすれば、好きじゃなかったんだろう。
好きなフリをして好かれてるフリをして幸せなフリをする。ただの恋愛ごっこ。
それに何の意味があるのか。白けて別れて今に至る。
「何で~?スズ、彼氏欲しくないの~?結婚したくないの~?」
完全に酔っている杏が私に質問をぶつけてくる。「飲み過ぎだって杏~」
「欲しくない…訳じゃないけど、出会いがなくてさ」
私は曖昧に答える。本音だし。
「まぁ、スズは1人でも生きていけそうだよね…」
杏の声のトーンが下がり「私は…むり…」俯いてしまう。
「あれ、なに?杏、泣いてんの?!」
話を聞くと杏が彼氏と派手なケンカをしたらしく、将来のことを考えると不安でいっぱいでどうしようもなくなっているらしかった。
「川咲さんのことは好き…でもこんなケンカがこれからもあるかもしれないと思うとやっぱり不安で…」
杏は彼氏のことを本気で考えてるのか伝わってきた。それなら話は早いと思った。
「あのさ」
うまく伝えられるかな。
「好きって言えるだけで、もう充分だと思う」
私は言葉を探すことなく頭に浮かんだままを言葉に乗せた。
「人を、その人のことを好きってだけでそれは、奇跡だと思う」
杏は私を見つめていた。
私は人を好きになれるのかな…
心の中でふとそんな思いを抱きながら。
「そう…だよね」
知胡もうんうんと頷きながら言った「確かに奇跡だよね」
「しかも相手も自分のこと好きなんだよ?」
「好きの奇跡の二乗!」「W奇跡!」「運命的奇跡!」後半は何を言ってるのか分からなくなった。
「そっか。好きってだけでもういいんだね」
「もちろん。それ以外もう何もいらないよ」
3人で笑い合った。
「じゃぁスズにも良い人ができますように~」
「イケメン高スペック包容力男子をスズに~」
「まずはスズも女子力高めろ~」
「そのプリン頭どうにかしろ~」
「うるさい!」
私は2人に妙な念を送られながら「美容院は予約しよう」とは思った。
なんだかんだで皆んな悩んでるんだなぁと思ったのと、数日後には杏から「入籍しました♡」なんてLINEが送られてきそうとか想像して1人で笑ったりしていた。
皆んな全然違うけど、みんな悩んでるのは一緒なのか。
そんなことを1人納得して心のノートにメモをしておいた。
「あの…もしかして井上?」
トイレの順番待ちをしていたら急に声をかけられた。背の高い男性だった。
誰だか分からず何も言えずにいると
「俺、鎌田慎吾。覚えてないかな…」
あ、慎くん。
名前を聞いた瞬間チリチリっと火花が散った気がした。小学生の時クラスが一緒でたくさん笑ったり話したりしたこと。席が隣になって本当に嬉しかったこと。連絡帳にお互い沢山落書きをしたこと。
一瞬で懐かしい記憶が蘇った。
「しん、くん」
慎くんの顔がぱっと明るくなる。
「そう!懐かしいなぁ!知胡と杏もいた?席が近くて話が聞こえてくるからもしかして…と思ってさ!」
名前が分かると確かに慎くんの面影があった。でもずいぶん大きくなったなぁ。
「高校入って20㎝も伸びたんだ。自分でもびっくり。」
私の気持ちを先回りして教えてくれた。なんだか何もかもが懐かしくてクラクラするようだった。
「良かった。覚えてくれてて」
にっと笑う慎くんはやっぱり何も変わってなさそうだなと、なんだか安心した。
席に戻ると知胡と杏も目をまん丸にしていた。「え!!慎吾くん!?」「でかっ!」「変わんないー!」「えっ席そこ?一緒に飲もうよ!」
慎吾くんは職場の同期の人と2人で飲んでいたようで、その人も喜んで一緒に飲んでくれた。陽気な人で場を回すことに慣れていそうだった。
時々杏と知胡が意味ありげに私を見て慎くんを見てクスクスと笑っていた。何を言いたいかは手に取るように分かる。「ほら、私たちの祈りが届いたのよ!」なーんて思ってんだろう。
まったく、笑っちゃうからほんとにやめてほしい。と視線を2人から外すと慎くんがにこにこ楽しそうに笑っていた。
…ま、一応感謝はするか。
大事な親友たちに心の中でお礼を言う。ありがとよ。
私は家に帰ってから日記に今日のことを書いた。LINEはスタンプが来ていた。何を返そうか…と考えたりしているうちに眠くなってきた。
急いで日記を書き終える。今までのどのページよりも嬉しい、記憶の写しだった。
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