課長の様子がおかしい

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暴走の前触れ

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ごくっ、ごくっ
「ぷはぁ~。」
あー、生き返った。

午前の休憩時間に、私は会社の給湯室でそれまでの息苦しさをかき消すかのように冷たい緑茶を勢いよく飲み干した。

あの衝撃的な事件から2週間が経った。私は課長にますます苦手意識を持ち始め、以前より彼に対してオドオドするようになった。彼の前では緊張のあまり心臓が鳴り止まないし、目もキョロキョロしてしまう。また、会話の際には異常に吃り、変な汗もダラダラかく始末。

課長への「不干渉」は事態の悪化を防ぐためには確かに良いかもしれないんだけど、根本的な解決にはなってないんだよなぁ。このままじゃいつか仕事に支障をきたしそう。
「うーん...」

私は将来への不安から、ため息まじりにうなった。

「あ、紺野さん発見。」
そう言って給湯室に入ってきたのは、後輩の加藤絵理香ちゃんだった。
「あ、加藤さん。こんにちは。」
「こんにちは。」
彼女は満面の笑みで可愛らしく返事をしてくれた。
「紺野さん、さっき課の皆さんで新しくできたおしゃれな居酒屋に今夜飲みにいくっていう話が出てきたんですけど、よろしければどうですか?」
「あーっとねぇ...」
私は一瞬返事をためらった。なぜならこの日は仕事が終わったら速攻家に帰って録りためた韓ドラを鑑賞するつもりだったからだ。

んー、でも皆と話して課長を忘れる良い機会かも。

私はそう思い立ち、参加することに決めた。
「うん、良いね。行く行く。」
「はーい。じゃあ後で場所と日時を連絡しますね。」
「OK。ありがとう。」
彼女はとてもいい子だ。頑張り屋さんだし飲み会では誰もやりたがらない幹事を今みたいに率先して引き受けてくれる。さらにいつもニコニコしていて癒しそのもの。

そーいや私、いつぶりに皆と飲むんだろ。

実は、私は飲み会にはあまり参加しない。疲れるし、何より家でゴロゴロするのが大好きだからだ。

あんま出席しないのにあの子は毎回誘ってくれるよなぁ...
「好きや。」

加藤さんが給湯室を去った後、私は密かに彼女への愛の告白をした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ねぇ!今夜の飲み会、課長も出席するって知ってた?」
「はぁ!?」
楓とビルの近くにあるカフェで昼食を食べていたとき、彼女は驚くべきことを言ってきた。
「何で!?」
「さぁ...だからそのことが分かってから参加しない予定だったうちの課の女性社員が全員出席するって言い出したの。」
「わーお。」
課長は、飲み会には私と同様あまり参加しない。理由は分からない。しかしその彼が今回は参加するというのだ。

単なる偶然か、それとも...

私は気色悪い想像をしてしまい、思わず顔をしかめた。

「今夜は課長をめぐる女性社員の大乱闘が見れるかもね。」
「はは...だといいね。」
私は心底そう願った。なぜなら彼女たちがもしかしたら私から彼という存在を遠ざけてくれるかもと思ったからだ。

あわよくば誰かが課長とくっつきますように。

私は課長狙いの女性全員の検討を祈った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ふぅ。」
私は店の扉を開ける前に、自分を落ち着かせるために息を吐いた。

課長と遠い席になりますように。課長と遠い席になりますように。

「どうしたんだ。」
「えっ?」
店の真ん前で立ち止まっている私に声を掛けてきたのはなんと、私同様たった今到着したであろう課長だった。
「あっ、えっと、え?」
私は驚きのあまり、あからさまに挙動不審になった。
「...入らないのか。」
「えっ、あ、入ります。どうぞ。」
私はマナーとして、彼のためにドアを開けた。
「あぁ、ありがとう。」
「いえ...」
私は声を震わせ、俯きながら返事をした。

あー、びっくりした。心臓に悪いぜまったく。
「はぁ。」

私はいきなりの出来事に心臓がとび跳ね、また変な汗をかくはめになった。しかし、中で店員さんから案内された席は幸運にも彼から2メートル近く離れており、本当にホッとした。

神様ありがとう。

私は心の中でそう呟いた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

開始からあっという間に1時間が経過した。私はふと尿意を催したのでトイレに行き、さっさと用を済ませた。

あー、スッキリした。

私は女子トイレの扉を開け、自分の席に戻るために歩き出した。しかしこのとき私は、本来トイレでするべきだった身なりチェックをしながら歩いていたので、前から来る影には気づかなかった。

ドンッ!

私は誰かとぶつかり、その人の胸に自らの頭を押し付けてしまった。

「んぁっ!?」
顔をあげると、無言でこちらを見下げる課長の冷たい目があった。

ひぃーーーっ!!!

私は一気に全身が恐怖で包まれた。
「申し訳ありません!大丈夫ですか!?」
「あぁ。」
「本当に!?」
「...怪我は。」
「へ?あっ、ないです...」
私は途端に目をキョロキョロさせてしまった。
「...」
「...」
私たちの間に数秒間の奇妙な沈黙が流れた。
「紺野、」
「は、はい!」
課長は唐突に私を呼んだ。
「君は...」
「はいっ。」
「君は...私が嫌いか。」
どことなく悲しそうな目で、彼は私に予想外な質問をした。

げっ!バレた!?

私は彼の的確な予想に一瞬肝を冷やした。しかし心のどこかで彼を傷つけなくないという思いが働き、すかさずそれを否定してしまった。
「いえ!そんなことないです!」
「あ...そうか。」
「はい!もちろんです!」
「...なるほどな。」
彼は相変わらず表情一つ変えなかったものの、どこのなく私の答えに満足げだった。

よっしゃあ。うまくごまかせたぞ...

「えっと、じゃあ私は席に戻りますね。先ほどは大変失礼しました。」
「あぁ。」
私は一秒でも早くその場を離れたいという思いから、すかさず会話に終止符を打った。

あー、どっと疲れた。10歳は老けたな絶対。
「はぁ~。」
課長に背を向けて歩き出した後、私は体にたまった疲れを吐き出すかのように大きくため息をついた。

...課長の不敵な笑みには微塵も気付かずに。
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