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『真実の愛』だそうです
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「リリアーヌ、すまない! 私との婚約を白紙に戻してくれないか!」
「まあ……。理由をお伺いしても?」
国内の貴族子女が通う王立学園の生徒会室で、向かい側に座って頭をさげる男性は、私の婚約者でこの国の第一王子のアーサー様だ。
久しぶりに私を呼び出したかと思えば婚約解消とは。
だいたいの事情は把握していましたが、この真面目すぎて少々融通のきかない婚約者様が、いったいどのような言い訳をなさるのか興味が湧いた私は、彼に理由を尋ねてみました。
「実は……真実の愛の相手に巡り会ってしまったんだ」
「真実の愛、ですか」
「ああ。彼女との出会いは偶然だった。忘れもしない三か月前のうららかに晴れた午後、廊下を歩いていた私の前に一枚の白いハンカチが舞い降りてきた。ハンカチを追いかけて慌てて駆けよるマリー……彼女と目と目が合った瞬間、私たちは恋に落ちてしまったんだ。ああ、これぞまさに運命!」
「まあ」
なにもない空間に向かって舞台役者のようにご自分の台詞に酔いしれるアーサー様。
私は込み上げる笑いをやり過ごし、それでもピクピクと震えてしまう口元を扇で隠しました。
王子妃教育で感情を隠すよう教えられたというのに、私もまだまだです。
そういえば、アーサー様についている影から件のご令嬢のことは報告にあがっていました。
わざわざ風向きを確かめてハンカチを飛ばし、慌てたフリをしてアーサー様の前に現れた令嬢。
アーサー様はその令嬢が駆けよって来る際、ゆさゆさと揺れるとてもご立派なお胸に目が釘付けだったそうです。
アーサー様は運命のお胸と出会われたのですね。
マリー・ダマリス男爵令嬢、ダマリス男爵が平民の女性との間にもうけた庶子でしたわね。一年前に長く臥せっていた男爵夫人がお亡くなりになって間もなく、マリーさんの母親と再婚したのでしたっけ。
目の前でマリーさんとの出会いから、彼女がいかに愛らしいか熱弁を振るうアーサー様。
私、ちょっと飽きてきました。
「ところでアーサー様」
「うん? 何だろうか」
「真実の愛のお相手のことはわかりました。婚約を白紙に戻すのも了承いたします」
「そうか! ありがとう、リリアーヌ!」
「で、このことは陛下や私の家は承知しているのでしょうか?」
「え……あ、いや……その」
これまで饒舌だったアーサー様が言葉を詰まらせます。
どうやら陛下や私の家には報告していないようです。
「……委細承知しました。父には私から知らせますので、陛下へはアーサー様からご報告をお願いいたします」
「あ、ああ。助かる」
「それと、陛下へご報告される際にこちらの資料を一緒にお持ちください」
私は貴族名鑑ほどの厚みのある書類の束をアーサー様へ渡しました。
このようなこともあるかと、一応準備しておいてよかったです。
「これは?」
「マリー・ダマリス男爵令嬢の調査書になります」
「えっ?」
「王族の男子、しかも王位継承権のある方へ意図的に近づく者にはもれなく調査がなされます。同じものを陛下もお持ちですので、そちらはアーサー様のものになります」
慌てて資料に目を通すアーサー様のお顔の色が段々と青ざめてきました。
「宰相嫡男のテリュース様、騎士団長次男のジュリアス様、公爵家三男のマイアス様、侯爵家嫡男のニール様、マリー様の担任教師に騎士団の騎士数名……ああ、どこだったか有名な商家のご子息もでしたか。マリー様には真実の愛のお相手がとてもたくさんいらっしゃるのですね。アーサー様はマリー様お一人なのに」
「…………う、嘘だ。こ、こんな」
「それぞれのお相手に会った日時、場所、お相手との行為……全て陛下直属の影からの報告になりますので間違いはないかと」
「そんな……私のマリーが……」
「真実の愛のお相手がこれだけ多いとマリー様も大変ですわね。一日に複数人お相手なさった日もあるようですし、私には到底無理ですわ」
「リ、リリアーヌ」
震えるアーサー様の手から資料の束が床へ落ちました。
「私は真実の愛でなくとも、尊敬と信頼のおける方とゆっくり愛情を育ててゆきたいと思っておりました。残念ながらアーサー様には真実の愛が第一のようでしたが」
「リリアーヌ、私は……」
「それでは、私は父にアーサー様から婚約解消された旨を報告しなければなりませんので、これで失礼いたします」
「リリアーヌ! 違う、違うんだ! 私が間違っていた、私には最初からリリアーヌだけなんだ!」
「アーサー様……いえ、アーサー第一王子殿下、王族の方がそんなに簡単に発言を翻すものではないと愚考いたします。ましてや真実の愛、一生に関わる大切なものではないですか。私のことはご心配には及びません。父と相談し、今度こそ尊敬と信頼のおける方の元へ参りますので」
貴族には政略的な婚姻は不可欠です。よその女性にうつつを抜かし、わが筆頭公爵家を敵に回すような愚かな貴族はいないでしょう。真実の愛に比べたら、お相手を探すのも難しくはありません。
私はアーサー殿下へ最上級のカーテシーをすると、その場を後にしました。
※※※
さて、その後ですが。
マリーさんは、彼女が原因で多くの婚約破棄、離縁を招き、国家を混乱に陥れたとして罪に問われました。
また、彼女が第一王子であるアーサー殿下と意図的に関係を持ったことから、国家反逆罪でダマリス男爵は爵位剥奪の上、マリーさんとともに処刑されました。
ダマリス男爵は領民からの税を横領していただけでなく、よからぬ組織と関係を持ち、人身売買や禁止薬物の輸入に手を出していたそうです。
アーサー殿下は悪魔のように厳しいと有名な辺境伯の元、一兵卒から性根を叩き直されるとのこと。
何年かかるかわかりませんが、無事に生還できれば良いと思います。
そして私、リリアーヌは……
アーサー殿下との婚約解消後、同じ歳のリューク第二王子殿下から求婚され、めでたく婚約いたしました。
なんでもリューク様は幼い頃からずっと私のことを想ってくださっていたそうで、兄の婚約者でなくなったと知るや否や私の父へ婚姻の許可を求めたとか。
リューク様たっての希望で半年後に婚姻いたします。
王族の婚姻としてはありえない早さです。
現在は半年後に控えたリューク様との婚姻に向けて、王太子妃教育と婚姻準備で忙しい日々を送っております。
「リリアーヌ!」
またリューク様がいらっしゃいました。
私が王宮へ上っていると、暇を見つけては一日に何度もお顔を見せにいらっしゃいます。
物心ついた頃からアーサー殿下の婚約者として過ごしてきた私には誰かを好きになることがよく分かりません。
ましてや『真実の愛』なんて尚更です。
けれどもリューク様の笑顔を見ていると、心の中がぽかぽかと温かくなります。
この気持ちはアーサー殿下のおっしゃる『真実の愛』とは違うと思いますが、リューク様とともにゆっくりと育ててゆきたいと思います。
「まあ……。理由をお伺いしても?」
国内の貴族子女が通う王立学園の生徒会室で、向かい側に座って頭をさげる男性は、私の婚約者でこの国の第一王子のアーサー様だ。
久しぶりに私を呼び出したかと思えば婚約解消とは。
だいたいの事情は把握していましたが、この真面目すぎて少々融通のきかない婚約者様が、いったいどのような言い訳をなさるのか興味が湧いた私は、彼に理由を尋ねてみました。
「実は……真実の愛の相手に巡り会ってしまったんだ」
「真実の愛、ですか」
「ああ。彼女との出会いは偶然だった。忘れもしない三か月前のうららかに晴れた午後、廊下を歩いていた私の前に一枚の白いハンカチが舞い降りてきた。ハンカチを追いかけて慌てて駆けよるマリー……彼女と目と目が合った瞬間、私たちは恋に落ちてしまったんだ。ああ、これぞまさに運命!」
「まあ」
なにもない空間に向かって舞台役者のようにご自分の台詞に酔いしれるアーサー様。
私は込み上げる笑いをやり過ごし、それでもピクピクと震えてしまう口元を扇で隠しました。
王子妃教育で感情を隠すよう教えられたというのに、私もまだまだです。
そういえば、アーサー様についている影から件のご令嬢のことは報告にあがっていました。
わざわざ風向きを確かめてハンカチを飛ばし、慌てたフリをしてアーサー様の前に現れた令嬢。
アーサー様はその令嬢が駆けよって来る際、ゆさゆさと揺れるとてもご立派なお胸に目が釘付けだったそうです。
アーサー様は運命のお胸と出会われたのですね。
マリー・ダマリス男爵令嬢、ダマリス男爵が平民の女性との間にもうけた庶子でしたわね。一年前に長く臥せっていた男爵夫人がお亡くなりになって間もなく、マリーさんの母親と再婚したのでしたっけ。
目の前でマリーさんとの出会いから、彼女がいかに愛らしいか熱弁を振るうアーサー様。
私、ちょっと飽きてきました。
「ところでアーサー様」
「うん? 何だろうか」
「真実の愛のお相手のことはわかりました。婚約を白紙に戻すのも了承いたします」
「そうか! ありがとう、リリアーヌ!」
「で、このことは陛下や私の家は承知しているのでしょうか?」
「え……あ、いや……その」
これまで饒舌だったアーサー様が言葉を詰まらせます。
どうやら陛下や私の家には報告していないようです。
「……委細承知しました。父には私から知らせますので、陛下へはアーサー様からご報告をお願いいたします」
「あ、ああ。助かる」
「それと、陛下へご報告される際にこちらの資料を一緒にお持ちください」
私は貴族名鑑ほどの厚みのある書類の束をアーサー様へ渡しました。
このようなこともあるかと、一応準備しておいてよかったです。
「これは?」
「マリー・ダマリス男爵令嬢の調査書になります」
「えっ?」
「王族の男子、しかも王位継承権のある方へ意図的に近づく者にはもれなく調査がなされます。同じものを陛下もお持ちですので、そちらはアーサー様のものになります」
慌てて資料に目を通すアーサー様のお顔の色が段々と青ざめてきました。
「宰相嫡男のテリュース様、騎士団長次男のジュリアス様、公爵家三男のマイアス様、侯爵家嫡男のニール様、マリー様の担任教師に騎士団の騎士数名……ああ、どこだったか有名な商家のご子息もでしたか。マリー様には真実の愛のお相手がとてもたくさんいらっしゃるのですね。アーサー様はマリー様お一人なのに」
「…………う、嘘だ。こ、こんな」
「それぞれのお相手に会った日時、場所、お相手との行為……全て陛下直属の影からの報告になりますので間違いはないかと」
「そんな……私のマリーが……」
「真実の愛のお相手がこれだけ多いとマリー様も大変ですわね。一日に複数人お相手なさった日もあるようですし、私には到底無理ですわ」
「リ、リリアーヌ」
震えるアーサー様の手から資料の束が床へ落ちました。
「私は真実の愛でなくとも、尊敬と信頼のおける方とゆっくり愛情を育ててゆきたいと思っておりました。残念ながらアーサー様には真実の愛が第一のようでしたが」
「リリアーヌ、私は……」
「それでは、私は父にアーサー様から婚約解消された旨を報告しなければなりませんので、これで失礼いたします」
「リリアーヌ! 違う、違うんだ! 私が間違っていた、私には最初からリリアーヌだけなんだ!」
「アーサー様……いえ、アーサー第一王子殿下、王族の方がそんなに簡単に発言を翻すものではないと愚考いたします。ましてや真実の愛、一生に関わる大切なものではないですか。私のことはご心配には及びません。父と相談し、今度こそ尊敬と信頼のおける方の元へ参りますので」
貴族には政略的な婚姻は不可欠です。よその女性にうつつを抜かし、わが筆頭公爵家を敵に回すような愚かな貴族はいないでしょう。真実の愛に比べたら、お相手を探すのも難しくはありません。
私はアーサー殿下へ最上級のカーテシーをすると、その場を後にしました。
※※※
さて、その後ですが。
マリーさんは、彼女が原因で多くの婚約破棄、離縁を招き、国家を混乱に陥れたとして罪に問われました。
また、彼女が第一王子であるアーサー殿下と意図的に関係を持ったことから、国家反逆罪でダマリス男爵は爵位剥奪の上、マリーさんとともに処刑されました。
ダマリス男爵は領民からの税を横領していただけでなく、よからぬ組織と関係を持ち、人身売買や禁止薬物の輸入に手を出していたそうです。
アーサー殿下は悪魔のように厳しいと有名な辺境伯の元、一兵卒から性根を叩き直されるとのこと。
何年かかるかわかりませんが、無事に生還できれば良いと思います。
そして私、リリアーヌは……
アーサー殿下との婚約解消後、同じ歳のリューク第二王子殿下から求婚され、めでたく婚約いたしました。
なんでもリューク様は幼い頃からずっと私のことを想ってくださっていたそうで、兄の婚約者でなくなったと知るや否や私の父へ婚姻の許可を求めたとか。
リューク様たっての希望で半年後に婚姻いたします。
王族の婚姻としてはありえない早さです。
現在は半年後に控えたリューク様との婚姻に向けて、王太子妃教育と婚姻準備で忙しい日々を送っております。
「リリアーヌ!」
またリューク様がいらっしゃいました。
私が王宮へ上っていると、暇を見つけては一日に何度もお顔を見せにいらっしゃいます。
物心ついた頃からアーサー殿下の婚約者として過ごしてきた私には誰かを好きになることがよく分かりません。
ましてや『真実の愛』なんて尚更です。
けれどもリューク様の笑顔を見ていると、心の中がぽかぽかと温かくなります。
この気持ちはアーサー殿下のおっしゃる『真実の愛』とは違うと思いますが、リューク様とともにゆっくりと育ててゆきたいと思います。
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