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※※※




「殿下、マティス・バークレーに花を渡しておきました」
「ああ、ありがとう。ニコには? ニコにはちゃんと私が選んだものを渡したよね? 本来なら私の手で直接ニコに捧げたかったのに」

 アンソニーが忌々しげに執務机の上にある書類の山に目を向ける。
 これまでやってきた第一王子としての仕事に加え、生徒会の仕事(王族は学園入学と同時に生徒会に入る)、さらには学園入学から始まった王太子教育。まあこれに関しては、王子教育の延長のようなものなので差程問題はないが。
 それら諸々の書類や書物がアンソニーを待ち構えているのだ。
 これだけでもうんざりしているのに、マティス・バークレーの持つスキルについての調査まで母から命じられた。

「まだペースを掴めていないから大変なだけじゃないですか。殿下のことですから、ひと月も経てば机に書類が積まれることもなくなるでしょう?」
「む……それはそうだが」
「ニコル様、殿下からの花を嬉しそうに受け取ってくださいましたよ。ただ、少し寂しそうにも見えましたが。きっと忙しい殿下に会えなくて寂しい思いをされているのではないですか? 全く……あのように素直で愛らしい婚約者様に寂しそうな顔をさせるなんて。さっさと溜まった仕事を片付けてください」
「エドって、私に辛辣だよね。それに相変わらずニコを崇拝して……本当、ブレないよね」
「当たり前ではないですか。ニコル様はこの世に生まれた奇跡なのです。彼のスキル授与の際の、あの光輝くお姿はまさに神の愛子に相応しいものでした」

 エドは毎回、父親に従ってスキル授与式に参席している。
 当時のことを思い出しているのだろう、恍惚な表情で目を閉じるエドがちょっと気持ち悪い。

「はあーー。それで? マティス・バークレーには? 結局、どんな花を渡したの?」
「ああ、あやつにはマリーゴールドの鉢植えを渡しておきました」
「マリーゴールド? 何故、鉢植え?」
「マリーゴールドには虫除けの効果があるのです。それに鉢植えの方が長く虫除け効果が続きますので。なにか問題でも?」
「ーーわかった」
「それと『花のお礼にデートを』などと、訳の分からないことを言ってましたよ。どうします?」
「どうしますって、どうもしないだろう? だいたいが書類を渡した礼に花を贈れと要求しておきながら、なぜその礼にデートになるんだ?」
「だから訳の分からないことを言っている、と言ったではないですか。これはやつのスキルに触れるのに良い機会です。彼奴のスキル調査の件に関しては、さっさとケリをつけて仕事をひとつでも減らしてしまいましょう。そして一刻も早くニコル様とお会いしてください。あのお方に憂いたお顔は似合いません。口惜しいけれど、あのお方を笑顔にできるのは殿下しかいないのですから」




※※※




「ーーというわけで、私はマティス・バークレーと街歩きをすることとなってしまったんだよ」

 僕の傍らで膝をついたまま、懺悔するように説明するアンソニー様。

「スキルの調査……? ピンクの髪の人は特殊なスキルを持っているんですか?」
「そういえばニコは知らなかったね。彼のスキルは【補正】というもので、過去確認されたことのないものなんだ。これがちょっと厄介なものでね、者の思考を奪うというか、自分の思う通りに他人を誘導するんだよ。今のところ、彼の周囲の身近な者たちだけしか影響を受けていないのだけど、これがどの程度まで影響してくるのか不明な分、調べておかないと」

(ニコ、この王子の言ってるピンク頭のスキルってあれだよ。魅了に近い力ってやつ。誰でも骨抜きにできないから【魅了】とはいえないし、どうしよっかなーって適当に【補正】って名前にしたんだ)

 スキル名を適当って……。テリュース様って、わりと適当なところがあるよね。

(そう? まあ良いんじゃない?)

 心の友の軽い返しに僕がため息を吐くと、なにを勘違いしたのかアンソニー様が顔を強張らせました。

「ニコ……やはり、調査の一環とはいえ、君以外の者とデート紛いの行為をしてしまった私を許してはくれないのだろうか?」
「アンソニー様ーーもう、いいです」
「それはどういう意味だろうか? もう私に愛想を尽かしてしまったのかい!?」

 焦った様子でベッドに乗り上がるアンソニー様。あの、ちょっと近いです。久しぶりで刺激が強すぎます。

「えっと、愛想を尽かしたとかではないですから。仕方がなかったのですよね? だから他の人にあんな僕が見たこともないような笑顔を見せていたんですよね?」
「は……? 笑顔? あれはエドが『殿下、スマイル。眉間に皺を寄せてはいけません。怪しいと思われないよう、満面の笑顔で対応してください』と煩かったからだがーーニコ、もしかして嫉妬、してくれたのかな?」

 アンソニー様の周囲がカオス状態だったのが、いつの間にかいつものキラキラになっています。

「嫉妬!? 嫉妬なんてそんな…………してるに決まってるじゃないですか!」
「ニコ!」

 アンソニー様が僕を抱きしめます。

「もう、もう……僕は怒っているんですよ! だいたい、どうして王族ともあろうものが囮みたいなことしてるんですか! そんなのエドさん辺りに任せればいいんです!」
「うん、そうだね。あいつ湿疹がどうのと煩かったんだよ。けど、今度なにかあったらニコが言ってやって。ニコが言うなら尻尾振って言うこと聞くよ?」
「なっ……なんですかそれ」
「他には? ニコは怒ってるんだろう? 将来の伴侶として聞いておきたいな」
「あと、あとは、仕事で仕方なくても、あっ、あんな風に他の人にニコニコしないでくださいっ」
「うーん、外交とかもあるしちょっと難しいけど配慮するよ。あとは?」

 めったにお目にかかれないくらいに嬉しそうな顔のアンソニー様。なんか、ずるいです。

「ううー、もう! なんだかずるいです! 僕、怒ってるんですよ!? なのになんで笑ってるんですか! こんなの、もう、許しちゃうしかないじゃないですか!」

 僕がアンソニー様の背中に回した手でぎゅっと彼のシャツを握ると、夜でもないのにキラキラした星が降ってくる中、彼は僕だけに満面の笑顔を見せた。
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