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12 はるかなる熊野古道
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しおりを挟む「な、な、なにが起きてるんだ……?」
早矢が震える手で、懐中電灯をつけた。その光を、車の窓の外に向ける。
路肩の奥に広がる暗い森の地面にも、たくさんのお地蔵さんの顔があった。
「う、うわっ!? 」
びっしりとうめつくされる丸い石頭。堀で影になった目は、一様に車の中に向けられている。
「お、お、お、おじいちゃん……こ、こ、こ、これはなに……?」
「……わからん……」
おじいちゃんはこめかみに汗を浮かべたまま、わたしの問いに首を横にふった。
「このあたりの山は、熊野の神様の聖域や。わしら人間の頭で、とうてい理解できないことがあっても、おかしない……」
ぽう……。
お地蔵様の頭が青白く光った。
すると、光が吸いあげられるように、頭上にあつまってくる。あつまった光は、丸い玉になって、宙に浮かんだ。
夜闇をただようひとつの青白いシャボン玉。
そのとなりのお地蔵様も青く染まった。
その頭からも、青いシャボン玉が浮かびあがる。
となりから。
またとなりから……。
アスファルト一面にしきつめられたお地蔵様の頭から、次々に、丸い玉が浮かびあがってくる。
ぼんやりと淡い光を保ちながら、割れることなく、ふわふわと、上空へのぼっていく。
「……ヒトダマや……」
おじいちゃんの低い声がした。
「熊野に行きとうても、行かれんかった人たちの魂や……」
「それ……ダリってこと……?」
おじいちゃんはゆっくりと首をさげた。
「香蘭、早矢、宝君。昔の人たちが、なんで熊野へ向かったか、知っとるか?
医学も科学も発達しとらんかった時代、重い病気や災害や、不幸事が起こったとき、人は、自分の力でそれをどうにかするのは、難儀やった。そやから、神にすがった。熊野の神様にお参りすりゃ、きっと願い事は叶う。大病をわずらった人間が、元気にのってよみがえる。
人々はそう信じてな、全国から熊野にあつまってきよった。熊野古道は、参道や。神様に参るための、長い長い道や。険しい山道やで、とちゅうで果てた者かて、いくらでもおる。
行き倒れても、地元の人間に、地蔵仏として弔てもろえた者はまだええ。だれにも気づかれずに果てた、無念の人の魂は、今もまだ、叶えられん夢を抱いて、もう歩けん道を歩いとる……」
ヒトダマの大群が、列をなして、空をわたりはじめた。
アスファルトの行く先。道路ののびるその先に向かって。
夜空の下、東方の山の端だけが、巨大な炎を燃やしたようなオレンジ色に染まっている。
「天火や……」
おじいちゃんが車のドアを開けて、運転席からおりた。
「熊野の神様が、ダリの魂を迎えておいでや……。見たのは、はじめてや……」
おじいちゃんは頭をたれ、手のひらを合わせて、目を閉じた。
わたしたちも、車からおりた。
アスファルトにのばした足元から、お地蔵様たちが消えていく。
魂を抜かれて、役目を消えたのだろうか。アスファルトに溶け込んで、夜闇に吸われる。
……天火。
人々は熊野に向かった。
死を覚悟した、白装束で。
つらくて行き倒れても。
死んでダリになっても。
それでも、いまだに叶えたい、願いがある――。
わたしは、自分の横に立つ、餓鬼阿弥の骨ばった背中を見つめた。早矢におぶさって、空を見あげている。
わたしがどうしても、叶えたいこと。
宝君を助けたい――。
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