ナイショの妖精さん

くまの広珠

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5 あたしという名の集合体

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「綾、着がえたか? こっち来て座れ。アザ、見せてみろ」


 ヨウちゃんが勉強づくえの前から、回転イスを引き出してくる。


「……うん」


 イスに座って、ほっかむりみたいに巻いた、頭のタオルをはずす。


 ヨウちゃんの目がゆがんだ。


「……これ、本当に痛くないのか……?」


「……うん。でも……あのね……頭がモヤモヤするの……」


「モヤモヤ……?」


「わかんないけど……『あたしのせい』って言われると、胸から黒いモヤがあふれてきて、それが黒いアザになって広がってくの。モヤはね、頭にまでのぼってきて……あたし、なんにも考えられなくなっちゃう……」


「……そうか……」


 ヨウちゃんは、自分の手のひらにマロウの液剤をスプレーした。その手のひらを、そっとあたしのほっぺたに押し当てる。


 冷たい……。

 ドロドロした頭のモヤも冷めていく……。


 ヨウちゃんがぐいっと、あたしのセーターのそでをまくった。

 真っ黒になった腕にそそがれる、虹色のシャワー。

 虹色のベールに包まれて、黒いアザが消えていく。


「綾。さっきさ、『あたしなんか消えてなくなればいい』って言ったろ? もし、綾がどんどん、なんにも考えられなくなって、その思考回路が消えて、『綾』って存在がなくなったら……。得するのは、だれだろう……?」


「……え? だれって……そんなの、なにかあるの? だれも、どこにもいないのに」


「いたらどうする? 黒いアザに……黒いモヤ自体に意志があって、綾の妖精の体をのっとろうとしてるんだったら……」


 ぞくぞく背すじが寒くなる。


「ヤダ……ヨウちゃん、怖い……」


 自分の腕を抱いてちぢこまったら、ヨウちゃんが「ごめん」とつぶやいた。


「でも、そうか――もしそうなら、黒い妖精たちが綾のまわりの人間にばかり、こぞってとり憑いた理由が、説明つく」


「……え……?」


「黒い妖精は、人間にとり憑いて、負の感情を植えつける。しかもそれをつかって、人を攻撃してくる。けど最初から、攻撃の対象は、綾ひとりだったって、考えたらどうだ? 黒い妖精たちは、はじめから、綾目当てであつまってきていた。綾の体に……黒いモヤを集合させるために……」


「……あたしの……体に……」


「綾の体をのっとるのが、モヤの意志。つまり、モヤは、黒いタマゴの中身、そのもの」


 パチン、パチンと、ピースが合わさって、パズルができあがっていくみたい。


 だけど、怖い。

 すごく、怖い。


 自分の体なのに、自分のものじゃないみたい。


「ね。それじゃあ……今……あたしの体の中には……」


「だいじょうぶだ、綾。そうとわかれば、こっちにもやりようがある。エルダーの枝をつかえる」


 ヨウちゃんが、向かいからあたしの両肩に手を置いた。


「エルダー……?」


「そう、エルダー。和名だと、ニワトコ。エルダーの枝を火にくべると、魔術をかえてくる相手をあぶりだせるって言われる。エルダーなら、うちの庭にもはえてる。カフェの薪ストーブにくべればいい」


 ひさしぶりに見た。口のはじをニッと持ちあげる、勝気な笑顔。


「オレにまかせとけ。おまえの体から、黒いモヤを引きずり出してやるっ!」


 ヨウちゃんってスゴイ。

 笑ってくれるだけで、あたしの中から、怖いものがひとつもなくなっていく。


「よし。そうと決まれば、すぐ決行だっ! 綾、あとアザ、治ってないとこは?」


「あ……え……えっと……」


 あとは、お腹とか、胸とか……。


 自分の体を見おろしたら、ほっぺたがカーと熱くなった。


「あ、あとは、自分で治せるからへいきっ!」


 ヨウちゃんは「わかった」と、あたしにマロウのポンプを持たせて、立ちあがった。


「オレは庭で、エルダーの枝を切ってくる。綾。治ったら、おりてきて」


「う、うん。あ――ま、待ってっ!」


 とっさにあたし、ヨウちゃんのトレーナーの背中をつかんでた。



「……え?」


 ふり返るヨウちゃん。


 その右肩から身をのりだして、冷たいくちびるにあたしのくちびるを押しあてる。

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