ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 伝えたいこと

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 うす雲が切れて、午後の光が、浅山を照らしてる。

 葉の落ちた枝の先にともる太陽の粒は、新しい花の芽みたい。

 登山道につもる落ち葉。踏みしめる、ヨウちゃんの足。大またで一歩、一歩。

 右手を引かれて、あたしも山道をのぼっていく。



 中腹に植物園が見えてきた。

 ゲートの中に、葉ボタンやパンジーの花が咲いている。

 花壇の奥には、梅や柿やみかんの木。さらに奥には、全面ガラス張りの温室の屋根。

 無料なのがもったいないくらい、大規模な市立の植物園。だけど、平日の午後三時。お客さんはひとり、ふたり。

 まぁ、田舎町の山の中にあるんだから、しょうがないのかもしれないけどね。


「ねえ、きょうは、砲弾倉庫跡に行くんじゃないの?」


「てっとり早く、人にきく」


「……人?」


 入り口のわきに管理棟があった。ヨウちゃんはためらわずに、その窓口をのぞきこんだ。


いかるがさん、いますか?」


「ああ。今は、作業に出てるよ」


 中で、作業着姿のおじさんがパイプイスにゆるく座って、のんびり答える。


 お礼を言って、ヨウちゃんはまた歩きだした。


「ヨウちゃん、いかるがさんって、だれ?」


「ここの管理人だよ。フェアリー・ドクターの薬をつくるとき、うちの庭にない植物の葉や枝をわけてもらってる。おまえも前に、一度、会ったことがあるぞ」


「え~?」


 迷路みたいに入り組んだ、花壇の間の散歩道。


 先のほうで、人影が動いた。

 スノーマンみたいな丸い影。逆光になって、こっちにゆっくり歩いてくる。

 あたしの手を引いたまま、ヨウちゃんが立ちどまった。


 重そうな体を右に左にゆらしながら、やってくるのは、おじいさん。

 水色の作業着姿。丸いお腹に短い足。まるで、白雪姫に出てくる小人さん。

 頭はつるつるで、耳の横にだけ灰色の髪がのこってる。


「鵤さん、こんにちは」


 ヨウちゃんはぺっこり頭をさげた。


「こんにちは。葉児君じゃないか。こないだのアッシュやホーソンはうまくつかえたかい?」


 おじいさんは、灰色のひげのはえた口でにっこり笑った。


 あ……この人、たしかに見たことある。


「おかげさまで。――綾、前にここで、鵤さんに、ブラックベリーの葉をわけてもらったことがあっただろ?」


「あ、そっか! ヒメのやけどを治した、あのときのっ!! 」


「きみは、葉児君といっしょにいた子だね……」


「は、はい! 和泉綾ですっ!」


 あのとき、あたしはまだ、ヨウちゃんのことさえ、よく知らなくて。すごく遠い人に思えた。

 なのに、あのヨウちゃんは、今ここにいるヨウちゃんとおんなじ人。

 あたりまえのことなんだけど、なんだか不思議。


 太陽に照らされる鼻筋の通った横顔をぼんやりながめていたら、ヨウちゃんの手がのびてきて、あたしの左のコートのそでを、ぐいっとたくしあげた。


「鵤さん、このアザ、なんだか、わかりますか?」


「アザかい? どれどれ?」


 鵤さんが、あたしの手首をのぞきこんでくる。


「どうも、知らないうちについてたらしいんです。で、こないだ、妖精たちにも、同じアザができているのを見かけたので」


 え? ヨウちゃん、あたし以外の人の前で、すんなり「妖精」って口にした。


「なるほど……」


 鵤さんも、顔色をかえずに、きき入れてる。



「綾ちゃん。きみは……ただの人間じゃないね?」


 ドキッとして、あたし、シワの奥の小さな目を見返した。


 あれ? この人、目が青い……。




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