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1 あたしの背中の羽のこと
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しおりを挟むいいかな……? ちょっとだけ……。
書斎から帰って、自分の部屋のベッドの上で、あたしはビンを見つめてる。
中の液体が虹色なのは、フェアリー・ドクターの魔力がこもったあかし。
あたし、どろぼう。
ヨウちゃんちの書斎のたなから落ちてきたこれを、勝手に、ポケットにつっ込んできちゃった。
開けた窓から、ひんやりと秋の風が入ってくる。
いいよね……。ちょっとぐらい。
だって、人間の世界って、息がつまるんだもん。
ほんの息抜き。
一滴だけつかわせてもらって、あしたまた、書斎に返そう。
目を閉じて、頭をぼうっとさせて。肩甲骨に、銀色の明かりを感じて。
人間のあたしの背中に、アゲハチョウの形の羽があらわれる。
それでもじっと、目を閉じて。
意識が夢の入り口へ歩きかけたころ。
少し開けていたあたしの口から、小さなチョウチョみたいな生き物が、羽をはばたかせてあらわれた。
する~っと、体の外に抜け出ていく。
チョウチョみたいな生き物には、人間の手足がついている。
長そでシャツにミニスカート。髪の毛のてっぺんには、アホ毛がくるん。
あ……なんか、幽体離脱してきた気分……。
あたしは、銀色の羽をはばたかせて、奈良の大仏並みに大きく見える、人間の自分の体を見おろした。
人間のあたしの背中から、さっきまでの銀色の羽が消えていて、ただの人間にもどってる。目を閉じていて、まるですやすや寝てるみたい。
今。あたしの意識は、手のひらサイズに小さくなった、妖精のあたしのほうにある。
羽のはえ方には、法則があって。
最初は人間の体に直接はえるんだけど。数十分たつと、お腹で孵化した妖精が、人間の体の大きさにたえきれなくなる。
だから、重たい体をぬぎ捨てて、お腹から、外にとびだしてくる。
それが、今の妖精のあたしの姿。
いったん、人間の体をぬぎ捨てちゃったら、「もどりたい」って気持ちだけじゃ、もとの人間の体にもどれなくなっちゃうから。
そんなとき、もとの体にもどしてくれるのが、「ヒソップの煎じ薬」。
ためしに、ぽんっととびはねたら、頭が天井にぶつかりそうになった。
体が軽い。自分の身長のニ十倍くらい、かんたんにとびあがっちゃう。
「ちょっと遊びに行ってきま~す」
あたしは、人間の自分の体にあいさつして、ふわっと、窓からおどり出た。
なだらかな山にかこまれた町が、模型みたいに広がっている。
車通りの激しい道路は、うちの前の大通り。そこだけがにぎやかで、ドラッグストアや電気量販店の、カラフルな看板があがっている。
だけど、道を一本入ると、人が歩いてない住宅街。西には海。
暮れていく空にまぎれて。スーパーの看板より、高いところを飛んでいくあたしを、人はだれも気づかない。
人間の足だと、学校から歩いて三十分。
妖精の羽だと、十分くらいかな?
なだらかな山の木々が、目の前に近づいてきた。
ここが浅山。
あたしが幼稚園児のころ、ヨウちゃんのお父さんから、白いタマゴをもらった場所。
中腹に一部分だけ、ミステリーサークルみたいに、木々が植わってない場所がある。そこは一面、ヒースの茂み。
ちょっと前までは、赤紫色の小さなお花が鈴なりに咲いていたんだけど。今は時期が終わっちゃって、深緑色した、ごわごわの葉っぱだけになっている。
茂みの中に、古い赤レンガの建物がうまってた。
これは、戦争のときにつかわれた砲弾倉庫跡なんだって。
だけど、横にいくつもならぶ、同じ大きさのアーチ型の入り口を見ていると、日本じゃなくて、ヨーロッパの古代遺跡に来たみたいな気分になる。
「チチ、ヒメ、いる~?」
あたしは、一番奥の砲弾倉庫の入り口から、中に向かって呼びかけた。
「チチチチチ」
「キンキンキン」
アーチ型の入り口から、トンボの羽をはやした、手のひらサイズのふたりがとびだしてきた。
「よかった! きょうはいたんだ!」
こないだ、あたしが人間の姿でのぞきこんだとき、部屋の中は、からっぽだった。
妖精はきまぐれ。
その日の気分で、姿をあらわしたり、あらわさなかったり。
家はどこなのか。なにを食べて暮らしてるのか。さっぱり、わかんない。
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