ナイショの妖精さん

くまの広珠

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「ねぇねぇ。あなた、いつも葉児君と、どんな話してるの?」


 見おろすと、卯月先輩があたしの横にしゃがみこんでいた。ほかの選手たちもみんな、しゃがんでいる。

 自分たちの順番が来るまで、選手はしゃがんで、トラックの内側で待たされるみたい。

 あわててしゃがんだあたしに、卯月先輩がなおも、顔を近づけてきた。


「あなたと葉児君の共通の話題って、なに?」

「え……えっと……」

「葉児君てさ~。わたしとつきあってるとき、ほぼ、だんまりだったんだよね~。難攻不落な城って感じ? だから、あなたと葉児君がなにしゃべってるのか、とっても興味あるわけ。そうそう、唯一、葉児君が食いついてきたのがさ、意外にもガーデニングの話題でさ~」

「が、ガーデ……?」


 頭に、ヨウちゃんちの庭が思いうかんだ。ヨウちゃんはフェアリー・ドクターの薬をつくっていたとき、その薬でつかうハーブも自分で育ててた。


「それ、ハーブ系?」

「ぶぶー。不正解。そりゃ、葉児君ちの庭にはハーブが植わってるけど。あれは、親がカフェのハーブティーでつかうから、つくってるんでしょ? やっぱ、あなたって、葉児君とちっとも話してないんじゃない? 

多肉よ、多肉。あ、綾ちゃん、多肉植物って知ってる? 今、寄せ植えのアレンジがけっこう流行ってるんだけどね。

葉児君が話してたのは、なんて種類だっけ。えっと……センペルビ……」


「……センペルビウム」


 あたしの口から、ぽろっと言葉がこぼれる。



「あれ? なんだ、綾ちゃんも知ってるの? あの話してるときだけはね、葉児君、ふわ~って笑ったんだ。

あの子って、おかしいの。センペルビウムだったっけ? その多肉は、ふつう、冬も夏も、外に出しといていい植物なのに、あの子って、それをわかっていながら、部屋の中に置いてるんだって。

『バルコニーや庭に出しといて、風で入れ物が倒れたり、客にまちがって蹴られたりしたら、どうすんだ』って。でも、冬の寒さにはあてなきゃって、その植物の気候にあうところをさがして、部屋をうろうろしてたらしいんだもん。『どこまで過保護なのっ 』って、あれは笑った~」


 第三走者が立ちあがって、スタートラインに出ていく。青いハチマキの有香ちゃんと、真央ちゃんの対戦。

 有香ちゃんが走り出した。真央ちゃんも走り出す。バトンパスを終えて、トラックをまわっていく。


「がんばれ~っ! 有香ちゃ~ん! 真央ちゃ~んっ!! 」


 口に手をあてて、メガホンにしてさけんだら、横で先輩が「え~? 無視~?」って笑った。


「ま。今さらだけど、わたしは葉児君と、読書っていう共通の趣味も見つかったしね。あの子って、おもしろいね。人にしゃべらない秘密、いっぱい持ってる。一度は『もういいか』ってあきらめたけど、最近また、興味がわいてきちゃってさ~。

あ。あなたが飽きたら、いつ、もらってあげてもいいんだよ」


 ひざに手をあてて、卯月先輩がすらっと立ちあがる。


「じゃ、リレーがんばろっか」


「……あの……そのセンペルビウムって、多肉植物の属名だってこと、知ってますか?」


 あたしも立ちあがって、卯月先輩の背中をにらみつけた。


「え? あれ? そうなんだ? よく知らないけど。葉児君もそれ以上はくわしいこと話さなかったし」


「属名の下に、ちゃんとした名前があるんです。ヨウちゃんの持ってる多肉植物は、センペルビウムの『綾桜』です」


「……あやざくら?」


「あたしがあげた葉っぱですっ!」

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