ナイショの妖精さん

くまの広珠

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2 あたしの心の底のひび割れ

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 綾のことで……知らないこと……?


 照明をあびる体育館に、キュッキュとゆかを踏みしめるバスケットシューズの音がひびいている。

 オレがシュートを決めると、体育館のドアの外にたむろしていた女子たちが、キャーと歓声をあげた。

 ほぼ、二年、三年の先輩だ。うちのクラスの女子たちは、オレと綾の関係を知っている。今さら間に割って入ったり、オレを観賞用にしたりしない。


 綾は……いないよな……。


 先輩たちの肩の中に、ちっぽけな身長がうずもれてないかとさがしたけど、やっぱり綾の姿はなかった。

 胸に不安がうずまいて、体が鉛のように重い。

 どんなに先輩たちの歓声を受けても、小学生のころのように、能天気によろこべない。


 次にはなったシュートは、決まらずにバスケットコートの網をかすめた。

 ホイッスルが吹かれて、練習試合が終わる。一年は先輩たちに、それぞれ問題点を指導される。




 ユニフォームから制服に着がえて校庭に出ると、空に満月があがっていた。


 ……中秋の名月か……。


 昼間の教室で、誠がさわいでいた。なんでもきょう、母親の務める児童館で、お月見会のボランティアをするとかで。サッカー部を休むとか、なんとか。

 左腕が寒い。コテンともたれてくる、あたたかいほおが、ない。


「くそ……このまま失うとか……そんなことがあって、たまるかよ……」


 あれだけのことがあって、ふたりでのり越えてきた一年を、奇跡だと信じていた。

 決してほどけることのないむすびつきだって。

 なのに、かんたんにほどけてしまう。

 卯月先輩が遊び半分に、オレにちょっかいをかけてきた。それだけのことで……。



「あら? もしかして、葉児君?」


 顔をあげると、道のうす闇に、三十代くらいの女性が立ちどまっていた。

 胸のところで、内巻きにしている、キャラメル色に染めた髪。大きな胸と細い腰を強調させるカットソーに、ロングのタイトスカートをはいている。

 こんな田舎に、不釣り合いなほどの美人。


 あ、綾の母親っ!



「こ、こんばんは。い、いつも綾さんをつれまわして、すみませんっ!」


 あわてて、ガバッと頭をさげる。


「ふ~ん……。そんな感じなのね……」


 顔をあげると、綾の母親はエナメルの赤いハンドバッグを肩に押しあげた。

 桜色のくちびるが、ふっと笑う。


「葉児君、ちょっとうちに寄ってかない?」





「綾はいないわよ。児童館のイベントに参加するから遅くなるって、さっき電話があったから」


 綾の母親が、家の玄関を開けると、人感センサーが反応して、パッと玄関の照明がともった。


 ……児童館……?

 って、誠のところ……。


 廊下の暗がりが、丸いペンダントライトに照らされる。

 くつがひとつも出ていないみがかれた玄関。くつだなの上にぽつんと飾られているのは、ブリザーブドフラワーの額。

 自分の家の壁には、ところせましと装飾がぶらさがっていたり、たなはアンティークな小物でうめつくされたりするせいで、ここはとても殺風景に見える。

 いや、こういうのを「スタイリッシュ」って呼ぶんだろう。


「わたしも、今、飛行機に乗って東京から帰ってきたところでね。なんにもないんだけど。あ、夕飯はデパ地下で買ってきちゃったわよ」


 リビングに入ると、綾の母親はバッグと反対の手にさげていたナイロン袋を、ダイニングテーブルの上に乗せた。

 綾から、母親はモデルだときいている。子育て中の女性のファッション誌によく出ているらしい。最近ではひんぱんに、東京と花田を行き来しているのだとか。

 うちとはちがいすぎる華やかな世界。オレの想像の域を越えている。

 綾の底抜けの笑みとさえ、かけはなれている……。

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