ナイショの妖精さん

くまの広珠

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1 むすびつきのないカップル

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 校門を出ると、やっと、人のざわめきが耳から消えた。

 静かな住宅街。その奥でなだらかな稜線を描く浅山も、反対側に広がる海も、今は星空の下で眠っている。

 あたしは、こてんと首を横に倒して、ヨウちゃんの左腕に自分の頭をくっつけた。


「綾……今、オレ、汗くさいぞ?」

「い~の」

「……そうか」


 かみしめるみたいなつぶやきが、あたしの胸をじんとさせる。


 ねぇ、ヨウちゃん……。

 いつまであたしを見ていてくれる……?



 ヨウちゃんちとあたしんちのわかれ道までは、校門を出て、たったの数分。ヨウちゃんはまよわずに、あたしの家へ続く道へ、足をのばした。


 きょうも、送ってくれるんだ……。




「あ、葉児君、待ってっ!」


 澄んだ高い声がして、あたしはハッと、ヨウちゃんの腕から頭をあげた。

 ヨウちゃんも、まばたきしてふり返る。


「……え?」


 ヨウちゃんの家に向かう道の、ブロック塀の影に、ひとりの女子が立っていた。

 街灯が、その人の黒くて長い髪を照らしてる。

 すごい直毛で、日本人形みたい。小顔に、つけまつげをしたぱっちりの目。

 短いスカートからのぞく白い足は、バービー人形みたいに、細くてまっすぐ。

 二年の卯月先輩。


 ヨウちゃんの元カノ!


「葉児君、あのね。この本読んでほしいと思って、待ってたんだ」


 卯月先輩は、すたすたヨウちゃんの前に歩いてくる。と、肩にさげたスクールバックを開いて、一冊の本を取り出した。

 文庫本だけど、カバーは外されていて、茶色がかっている。

『アルスター物語 クーリーの牛争い』っていう難しそうなタイトルが、街灯に照らされた。


「この本ね、こないだ葉児君が図書室で借りてた本よりも、小説風に書かれてるんだ。葉児君ならぜったいに気に入るから。ね、読んで、感想きかせてよ」


 ヨウちゃんはあたしの手をにぎったまんま、しばらく本を見おろして。冷めた目を先輩に向けた。


「……なんのつもりですか?」


「そんなに敵対しないでよ? ほら、つきあってたときは、あんまり話できなかったけどさ。わたしたち、趣味が合うと思うんだよね。こういう話ができる人って、そうそうめぐりあえないしさ。ひとりの読書仲間として、どう?」


「……けっこうです」


 ヨウちゃんはきびすを返して、歩き出す。


「え? ヨウちゃんっ?」


 手を引っぱられて、あたしも歩かされる。ヨウちゃんの手、ぎゅ~っときつい。


「も~、葉児君って、なんでこういう趣味をナイショにしとくわけ~? 意外性があって、カッコイイのに~。カノジョに話せないなら、わたしに話せばいいじゃない~っ!」


 先輩の大声にもかまわず、角を曲がって。

 やっと、ヨウちゃんの足がゆっくりになった。


「……ごめん、綾」


「ううん……」


 ヨウちゃんのナイショの趣味……か。


 あたしは細かい字を読むのが苦手。文章のつながりを目で追っているうちに、うとうと眠たくなっちゃう。


「ヨウちゃん……ホントは、あの本、読みたかった?」


 横を見あげたら、ヨウちゃんは冷めた目のままで「べつに」とつぶやいた。


「そういうのを読むのは、もうやめた」


「……そっか……」



 あたしたちには、ふたりだけのナイショがない。

 だけど、ヨウちゃんには、きっとまだまだナイショがある。

 この先、そのナイショをうちあけていく相手は、だれ……?


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