547 / 646
4 なくしたもの
37
しおりを挟む「うん、へいき。もう、ショウガ湯を飲まなくても、ふらふらしたりしないよ。やっぱり、羽を切って、ふつうの人間にもどったからだね!」
両手のこぶしをぎゅっとにぎって、「元気もりもり」のポーズ。「えへへ」と笑うと、誠も、ふっと眉尻をさげて笑った。
屋上のドアから、階段に出て、あたしたちも教室へおりていく。
「なぁ、和泉。あれで……ぜんぶ、終わったんだよな……」
あたしの三段下をおりながら、誠がつぶやいた。
「ハグをティル・ナ・ノーグに落として、葉児はハグと決着をつけた。和泉は羽を切った。鵤さんは帰ってきた。オレももう、鏡の世界には行かない。冥界のリンゴは捨てたよ。これで解決……なんだよな?」
「うん」
そういえば、誠とこの話をするのは、あれ以来。学校がはじまったら、実生活でいそがしくって。たまに会話しても「宿題が~」とか「掃除当番~」とか、そういう話題になってた。
「けど、オレ、どうしても腑に落ちないことがあってさ……」
「……え?」
階段のとちゅうで立ちどまって、誠はぽりぽりと後ろ頭をかいている。
「葉児……。あいつは、気づいてんのかな?」
「……誠。それ、なに……?」
「ん~。今度、葉児にきいたあとで、和泉にも話すよ。たぶん、たいしたことじゃない」
誠はにっと笑って、「文化祭でさ~」と話をかえた。
有香ちゃんに「バイバイ」って手をふって、手芸部の部室を出たときは、空にはうす青い夜が広がりはじめていた。
廊下の暗がりをどんどん歩いて。つきあたりに図書室が見えてくる。
図書室の電気はついていて、入り口のカウンターに図書委員が座っていた。
パソコンで調べ物をする生徒とか。本だなから本を出している生徒とか。ぽつん、ぽつんと、まだ人がのこっている。
真ん中の長づくえで本を開いている、琥珀色の髪を見つけた。
だけど、あたしは声をかけられないで、立ちすくんだ。
ヨウちゃんのとなりに、髪の長い女子が座ってる。
……卯月先輩。
黒いつやつやの髪を、耳横にかきあげて、ヨウちゃんの顔をのぞき込んで、笑ってる。
……なんで……?
ふたりが別れたってきいてから、一度もツーショットを見かけたことなんて、なかったのに。
ヨウちゃんはほおづえをついて、開いた本に目を落としていて。たまにうなずいている。
「あ。カノジョ、来たよ」
卯月先輩は、ニコニコ顔で、ヨウちゃんの肩をぽんっとたたいた。
「綾」
本を閉じて、ヨウちゃんはすぐに立ちあがる。
「ちょっと待って。今、この本、借りてくる」
「……うん」
「そっか、葉児君、けっきょく、借りるのその本に決めたんだね」
後ろをついていった卯月先輩が、つけまつ毛をした黒い瞳でにっこり笑った。
「うん。それね~、読みやすくていいよ。わたしとしては、クー・フーリンの神話の章がおすすめ。
クー・フーリンって、めっちゃ強くてカッコイイんだ。敵の女王をもうちょっとで、しとめられそうだったときにね。『女は殺さない』って、やめたりするの。キザでしょ~。
あ、でも死に方がちょっとね……。えぐいっていうか、ざんねんっていうか。めった打ちだし……。あ、これネタバレか」
「英雄はたいてい、討ち死にだろ?」
ヨウちゃんは、口のはじで笑いながら、カウンターに本をさしだしてる。辞書みたいに分厚い本のタイトルは『ケルトの神話』。
どうしよう。話についていけない……。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
たぬき
くまの広珠
児童書・童話
あの日、空は青くて、石段はどこまでも続いている気がした――
漁村に移住してきたぼくは、となりのおばあさんから「たぬきの子が出る」という話をきかされる。
小学生が読める、ほんのりと怖いお話です。
エブリスタにも投稿しました。
*この物語はフィクションです。実在の人物、団体、場所とは一切関係ありません。
がきあみ ―閻魔大王がわたしたちに運命のいたずらをした―
くまの広珠
児童書・童話
「香蘭ちゃん、好きだよ。ぼくが救ってあげられたらいいのに……」
クラスメイトの宝君は、告白してくれた直後に、わたしの前から姿を消した。
「有若宝なんてヤツ、知らねぇし」
誰も宝君を、覚えていない。
そして、土車に乗ったミイラがあらわれた……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『小栗判官』をご存知ですか?
説経節としても有名な、紀州、熊野古道にまつわる伝説です。
『小栗判官』には色々な筋の話が伝わっていますが、そのひとつをオマージュしてファンタジーをつくりました。
主人公は小学六年生――。
*エブリスタにも投稿しています。
*小学生にも理解できる表現を目指しています。
*話の性質上、実在する地名や史跡が出てきますが、すべてフィクションです。実在の人物、団体、場所とは一切関係ありません。
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
おねしょゆうれい
ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。
※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
箱庭の少女と永遠の夜
藍沢紗夜
児童書・童話
夜だけが、その少女の世界の全てだった。
その少女は、日が沈み空が紺碧に染まっていく頃に目を覚ます。孤独な少女はその箱庭で、草花や星月を愛で暮らしていた。歌い、祈りを捧げながら。しかし夜を愛した少女は、夜には愛されていなかった……。
すべての孤独な夜に贈る、一人の少女と夜のおはなし。
ノベルアップ+、カクヨムでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる