ナイショの妖精さん

くまの広珠

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3 夢のあと

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「ま、誠っ! ふざけんなっ!!  くだらないウソ言ってんなら、許さねぇぞっ!」


「葉児……っ! おまえはこれがウソだって思うのかよっ!! 」


 誠の嗚咽がきこえた。


「おまえは、ハグをティル・ナ・ノーグに落とす前、ハグの杖に突かれたんだよっ! そのまま死ぬところだったんだっ! それを和泉は、りんぷんで治そうとした。ほかの妖精たちも手伝った! だけど傷が深すぎて……。

ほかの妖精たちはおまえをあきらめたんだ。それでも、和泉はあきらめなかったんだよっ!!  和泉はぜんぶの力をつかって、おまえを助けたんだっ!! 」


「け、けど、綾はまだ、生きてるだろっ!? 」


 オレの声が裏返る。


「綾はまだ、助かるだろっ!?  い、鵤さんっ!! 」


 鵤さんは答えない。

 足元の水たまりが見えた。水色の作業着姿で、丸いお腹の老人が立っている。耳の横にだけのこった灰色の髪。同じ灰色のあごひげ。顔をうつむけて。小さな青い目をしょぼしょぼとさせて。


「っ!」


 綾の体を横の土に寝かせて、オレは立ちあがった。体重をかけると足が震える。体がガチゴチにかたまっていて、関節が痛い。Tシャツを見おろして、ぞっとした。腹の部分の布がやぶけていて、血で真っ赤に染まっている。


 これを……綾が治して……。


「綾の羽を切るっ!」


 駄々っ子のようにオレはさけんだ。


「葉児っ!! 」

「葉児君っ!」


「オレはこれから、綾をつれて家に帰ります! 誠、鵤さんもついてきてください! ふたりが、こっちの世界にもどったら、オレは、書斎で綾の羽を切りますっ! 鵤さん、お願いですっ! 力を貸してくださいっ!! 」






 あのとき、鵤さんが何も答えなかったのは「もう、遅いんだよ」と伝えたかったからなのかもしれない。


 オレは、綾を背負って下山した。

 登山口に張っていたロープをはずした。そして、結界を解いた。

 浅山は、妖精たちだけの空間から、人間の集う里山にもどり、オレもただの中学生にもどった。

 オレんちの庭は、にくらしいほど鮮やかな花が咲き乱れていた。

 涙をぬぐって、ピンクのバラのアーチをくぐり。かあさんに事情を話して、大至急、カフェを臨時休業にしてもらって。

 とうさんの書斎で、誠と鵤さんにインゲン豆をわたして、こっちの世界にもどってきてもらった。


 それからのことは、よく覚えていない。

 オレはまだ、半分パニックから抜け出せていなくて。

 手当たり次第に、翻訳したノートを読みあさって。

 羽を切る方法をたずねてきた誠に「なんでもいいから、早く!」なんて口走ってしまい、逆にどなられた。


「『なんでもいい』ってなんだよっ! 和泉の体だぞっ!」


「葉児君。落ちついて、やり方を指示してくれるかい? わたしと誠君が、かわりに行うから」


 おだやかな鵤さんの声は、いつも胸のざわめきをしずめてくれる。

 オレは何かを調べて、何かを指示したんだと思う。

 ふたりは、オレの指示通りに綾の羽を切った。


 羽はナイフで切られたように、スパッと落ちた。

 と、同時に空気に溶けて、消えていった。



 あとには、背中に羽の切り口さえのこらない、人間の綾の体だけがのこった。






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