ナイショの妖精さん

くまの広珠

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2 それぞれの誓い

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 ……ヤダ、この感じ……。


 前とおんなじ。

 自分の手足が、自分の指示で動かせない。


「誠ぉ」


 水たまりをピチャンと踏んで、あたしの足が一歩、前に出る。


「ね、誠。あたしね、ヨウちゃんなんかもう飽きちゃった。誠のほうがカッコイイから、誠のほうが好きだって、あたし気づいたの」


 自分の口が、自分のしゃべりたいことをしゃべってくれない。


「……和泉……」


 あたしの目の前にはだれもいない。

 ただ、オークの木の太い幹があるだけ。

 だけど、足元の水たまりには、幹に背中をつけて立ちつくす、ひとりの少年がうつっている。


 ……誠。


 くりくりの目をゆがめて。ほっぺたをほんのり赤くして。歯を食いしばって。泣きそうになりながら、あたしを見てる。

 今、あたしの頭や体の中には、黒くてドロドロしたモヤがいっぱいつまっていた。それが多すぎて、脳みそがちゃんと働かない。さけびたいのに、のどにも黒いモヤがつまっていて、声が出ない。

 なのに、黒いモヤは自ら意志を持っている。あたしのかわりにあたしの声をつかって、あたしのかわりにあたしの体を動かす。


「誠! だまされるなっ!! 」


 あたしの背中でヨウちゃんがさけんだ。


「それは綾じゃない! ハグが綾の中に入って、綾をあやつってるんだっ!」



「え~っ!?  ヨウちゃんてば、なんでそんなこと言うの~?」


 あたしじゃないあたしが、ほおをふくらませてふり返った。


「あたしは、綾だよ? 和泉綾」


「……そうか。なら、この枝をつかってやろうか?」


 ヨウちゃんは自分のナップサックから、小枝をとりだした。ズボンの後ろポケットからライターも取り出す。


「エルダーの枝。この煙で、おまえを綾から追い出してやる」


「ヤダぁ~! ヨウちゃんてば、怖いっ!! 」


 あたしの声でハグが言った。


「あのね、あたしのこの羽。まだ穴が開いたまんまだけど、ヨウちゃんがくれたショウガ湯のおかげで、だいぶ復活したんだ。りんぷんだって、ちゃんとつかえるんだよ?」


 ヨウちゃんが、ぐっと息を飲み込む。

 ハグ……。あたしのりんぷんをつかうって言いたいんだ。


「ヨウちゃんがエルダーの枝をつかうなら、あたしのりんぷんをつかって、フェアリー・ドクターの魔力を防ぐぞ」。これは、ハグの脅し。


「……ごめん……葉児……」


 誠の声が震えてる。


「オレには……和泉の声にしかきこえない……。和泉にしか……見えないよ……」


「誠っ!」

「そうだよ、誠。あたしはあたしだもん」


 ヨウちゃんの悲痛なさけびに、あたしののんきな声がかぶさった。

 あたしのほっぺたの筋肉が、勝手に動いて、にこっと笑ってる。


「ね? 誠、口開けて? あたしが誠の口にインゲン豆を入れてあげる。だから、こっちの世界に帰ってきてよ。誠が見えなきゃ、あたし、誠にキスもできない」


 ドキッとして自分の左手を確認したら、なぜだかインゲン豆を持っている。


 そうだ……。ハグは書斎から、ヨウちゃんのインゲン豆を盗んだ。

 これはきっと、そののこり……。


「だ、ダメだ、誠っ!! 」


 ヨウちゃんの声が裏返る。


「それはぜったいに口に入れるなっ!!  浅山には、妖精しか入れない結界を張ってるんだっ! なのに今、おまえがこっちに帰ってきたら! サイアク、おまえの体は消えるっ!! 」



「……なぜ……結界を張った……?」


 あたしから出てくる声が低くなった。


 しわがれた老婆の声……。

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