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2 それぞれの誓い
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しおりを挟む山を八合目までのぼると、視界が開けて、見晴らしのきく丘に出る。
外人墓地の中で、一本のオークの巨木が、青空を背負って胸を張っている。
その足元に点々とできた水たまりは、入道雲をうつしてる。
アブラゼミのこだまする中、あたしたちはかまぼこ状の墓石をぬって歩いて行った。
見た目には、あたしとヨウちゃん、ふたりだけ。でも、足音は三人分。だれにも見えないけど、誠もちゃんと、あたしのとなりを歩いている。
「キンキンキン……」
頭上から、フォークとスプーンをかちあわせたような音がきこえた。
だけど、音はすぐにアブラゼミの声にまぎれこむ。
まるで遠い日の幻のように。
チチ……ヒメ……そこにいるの?
鳥の巣みたいに丸いヤドリギを見あげても、中で動くものの気配はない。
木の幹の下に立つと、ヨウちゃんは大きく息を吸いこんだ。
「ハグ! 出て来いっ! 約束通りに、綾をつれてきたぞっ!! 」
木陰の闇が濃くなった。
そこにだけ、黒いモヤがたまっているみたい。
目をこらして、ぞっとした。
モヤじゃない。黒いフードをかぶり、黒いローブをまとった老婆が立っている。
ローブのすそは、引きずるほどに長い。そで口は広がっていて、指先まで隠している。
「ハグっ! 今すぐに、鵤さんを返せ!」
深いフードが少し持ちあがって、中が見えた。だけど、顔のあるべき場所には、なにもなかった。
あるのは、ただの黒いモヤのあつまり。
「……なにをカンちがいしている? きさまが先に、その人間サイズの妖精をさしだすべきだろう? あのボケ老人を返すのは、わたしが無事、その入れ物を手に入れたあとだ」
「……なに?」
ヨウちゃんが歯ぎしりする。
あたしは、ハグのそでの先に目をこらした。そでの布ですっぽり隠されて見えない手に、なにかを持っている。ガラスビンの表面が、こもれ日にキラッと反射する。
……チコリのビンっ!
「しかたないではないか。そうでもしなければ、ずる賢いきさまのことだ。老人を手に入れたとたんに、わたしの願いをきくことをやめ、攻撃に出るかもしれん。
しかし、まぁ、ムダだ。わたしは、この木のヤドリギひとつひとつに、妖精を入れている。きさまがフェアリー・ドクターの魔力をつかうなら、わたしはヤドリギを、はじから順に開けていこう。そして、中の妖精の羽をむしり取り、そのりんぷんの力で、きさまの魔力を防いでやる」
「ひ、ヒドイっ!」
あたしはさけんだ。
「なんでそんなことするのっ!? あなただって、妖精から生まれてきたんでしょう! それなら妖精たちはみんな、あなたにとって、親や親せきじゃないっ!! 」
「親か……。親だとしても、毒親だね」
黒いフードの下で、ハグはクックと笑った。
「知っているかい? 子どもにとって、毒になる親がいる。子どもの気持ちを理解しない親。子どもがかなしむのを放置して、自分の気持ちばかり押しつけてくる親……。きさまらのまわりにもいるだろう……?」
一瞬、ママの顔がうかんだ。
ママは、あたしの話もきいてくれないで、ヨウちゃんのことを悪く言う。
ちがうっ!
ママは毒親なんかじゃないっ!
「わたしはね。この毒親たちに、あてつけられたのだよ? この妖精たちは、白い妖精になれなかった不憫なわたしに対して、自分たちの姿を見せびらかした。羽を広げ、木のまわりで、キラキラと踊った。
この毒親たちに、人の痛みを伝えるためには、自ら痛みを知ってもらわなければならない。だからね。わたしは、やむなく、このムシケラどもを、ヤドリギに閉じ込めたのさ」
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