ナイショの妖精さん

くまの広珠

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6 おとなになるということ

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 オークの根元で、鵤さんは立ちすくみ、青い瞳を見開いている。

 その首筋に、妖精の羽のついた杖が、突きつけられている。

 鵤さんの背後に立ち、杖をつかむ者は、黒いローブを足元まで引きずっている。

 黒いフードを目深にかぶり、目が見えない。鼻も見えない。口さえ見えない。

 顔の場所にあるのは、黒いモヤ。


 こめかみから、冷たい汗が流れた。


「……ハグ……」


 過去の映像じゃない。

 オレの目の前にハグが立っている。


 今……ほおを傷つけたのは、あの杖についた妖精の羽……。


「や……やめろ、ハグっ! 鵤さんをはなせっ!! 」


「はなせ、だと?」


 口のあるべき黒いモヤから、老婆のせせら笑いがもれた。


「それが人にものを頼むときの態度か? きさまは知らないだろうが、すべての物事は、損得で成り立っている。あるいは、優劣。

きさまのような劣った者の言うことなど、なぜ、優れたわたしがきかなければならない? それをして、わたしになんの得がある?」


「な……なにを言って……?」


「このボケ老人をはなしてほしければ、それなりの見返りが必要だという話さ。そうだね、あの小娘の体がいい。人間の体を持っていながら、妖精の羽を持つ娘。あの小娘と、このボケ老人を交換しようじゃないか」


「だ、だれがっ!! 」


「うぐっ!」


 鵤さんが顔をゆがめた。


「鵤さんっ!? 」


 鵤さんの口が、黒いローブのそでに隠されたハグの手にふさがれている。


 カリ……。


 鵤さんの口元から音がした。

 白目をむき、鵤さんが前のめりに倒れ込む。体が、足元からすうっと、後ろの黒いローブに溶け込んでいく。


 ……え?


 作業着のズボンが。ベルトを巻いた腰が。胸が。あごひげが。ほおが。頭が。鵤さんの体は、透きとおり、目の前から消えた。


 ポトと、足元になにかが落ちる音がした。


 音だけだった。


 木の根のせりだした土の上には、なにも落ちていない。




 き……消えた……。

 鵤さんが……――。



 目の前で、黒いローブのすそがひるがえった。


「うわっ!? 」


 瞬間的に目を閉じて。すぐに開けたとき。

 黒いローブをまとった老婆の姿もかき消えていた。



 青空の下。濃い影を落とす外人墓地。

 耳鳴りのようにセミが鳴いている。








――「ナイショの妖精さん 7」 完――
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