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5 長い長い夏休み
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しおりを挟む「そこも一種の冥界だったんだと思う。いわば、異空間。霊魂の世界と現実の世界のはざまみたいな場所かな。けど、オレの調べたティル・ナ・ノーグは、魂がもどる根源の地だ。
ティル・ナ・ノーグは、この地の奥深くに存在する。そこから、生き物は生まれてきて、死ぬとまたそこに帰っていく。で、別の形につくりかえられて、また生まれてくる」
「あ。日本でいう黄泉の国か。イザナミとイザナギが行ったっていう……」
人差し指を立てたのは、誠。
「まぁ、そんな感じだな。『妖精』ときくと、アニメや映画の影響で、神秘的な明るいイメージが強いだろ? だけどな。じっさいは、自然の一部。精霊っていうか……妖怪っていうか……自然崇拝の神っていうか……そんなもんなんだ。
だから、とうさんは、妖精の国とは、霊魂が生まれてくる場所と等しいんじゃないかって考えた。――って、綾! 寝るなっ!! 」
ふら~って、ヨウちゃんの左肩にもたれかかりそうになって、あたし、あわてて目を開ける。
「だ……だって、話むずかしいんだもん」
「葉児、前置きはいいから。で、ティル・ナ・ノーグがなんなんだよ?」
「ああ。だから、オレは、ハグをティル・ナ・ノーグにもどしてやればいいんじゃないかって考えたんだ。妖精を消滅させる方法は、羽を切ることと、りんぷんをつかいきること。けど、黒い妖精のハグは、実態を持たないから、羽もりんぷんも持ってない。ようするに、消滅させる方法がない。
なら、いっそ、ティル・ナ・ノーグにもどして、別の存在につくりかえらえるしかない」
「一から出直せって? けどさ~、葉児。ティル・ナ・ノーグって、どこにあるわけ? イギリス? アイルランド? 黄泉の国と通じてるのは、黄泉比良坂だから、日本の島根?」
「それはまた、ずいぶんと和風だね」
鵤さんが苦笑い。
「つくるんだよ、ここに。ティル・ナ・ノーグに通じる道を」
「え~っ!? つ、つくる~っ!? 」
あたしの声と、誠の声が重なった。
「そう。前のよみがえりの儀式を思い出したんだ。あのときも、妖精の霊気が充満する浅山の力を借りることで、神秘の世界とむすびつくことができた。それをまた、つかおうと思ってる」
「葉児君、方法は? わかるのかね?」
「はい。でも、大がかりになります。あのときは、とうさんの墓の前に、簡易的な祭壇をつくった。けど、今回は浅山全体を祭壇にしてしまおうと思ってます。
浅山の東西南北それぞれに、フェアリー・ドクターの魔力のこもったハーブを置く。で、中心となる、ティル・ナ・ノーグの入り口を開けるのは、オークの木の根元。前に、鏡をうめた、あの場所」
「って、外人墓地の? なんで、あそこなの?」
「オークに、ヤドリギ。『ネミの王』を呼び出すなら、あそこだね」
鵤さんはあごひげをなでて、深くうなずいた。
「……ねみのおう? だれそれ?」
あたしも誠もきょとん。
「浅山の主は、あの外人墓地にある、オークの木なんだよ。その精霊の名前が『ネミの王』」
「リズが昔、言っていた。『妖精のタマゴを孵化させる場所は、日本でも、この浅山でなければ、ならなかった。なぜならば、浅山には、ヤドリギのついたオークの巨木がある。ヤドリギのついたオークは、神聖な木。妖精がつどえるのは、浅山にその場所が存在するからだ』」
風が、ヒースの茂みをかけぬけた。半分しか咲いていない赤紫色の小さな粒が、ころころとゆれる。
あたしは、帽子のつばをあげて、青空を見た。
緑色の木々が茂った浅山。アブラゼミの声。
あたしの育ったこの場所が、日本で唯一、妖精のつどえる場所。
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