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3 おかえり、ヨウちゃん。
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しおりを挟むテレビ画面の中を、赤いゴーカートが走っていく。
運転しているのは、目つきの悪いゴリラ。
緑のゴーカートを運転するキノコの妖精は、どんなにがんばっても、ゴリラのゴーカートに追いつけない。
「はい、ゴール!」
ヨウちゃんがコントローラーから手をはなすと、画面の中で、ゴリラのキャラがこぶしを天につきあげた。
「あ~もう! くやし~っ!! 」
コントローラーをほうりだして、あたし、ぶうたれる。
「ヨウちゃんのゲームなんだから、ヨウちゃんのが強くて当然じゃん! ちょっとくらい、手加減してよ~」
ヨウちゃんの部屋のテレビの前で。ふたり、フローリングのゆかに座りこんで。
ゲーム画面とにらめっこ。
六畳のヨウちゃんの部屋は、最後に入ったときから、あんまりかわらなかった。
窓ぎわにベッドが横づけされていて。わきには勉強づくえ。反対側はテレビで、テレビラックの下に、雑誌やDVDが山積みになってる。たなはメッキのラック。カーテンやベッドカバーの色は、青や黒や白ばっかりで冷めた感じ。
「バーカ。手加減したら、うさ晴らしになんないだろ?」
「なによ~。じゃあ、あたしのうさ晴らしはどうなるのよ~っ!? あたしは、ぜんぜん、ストレス取れない~ 」
キーキー、文句言ってたら、ヨウちゃんは「あ~、わかった、わかった」と背中でベッドにもたれて、ふんぞり返った。
「次はオレ、アイテム封印して、五秒遅れでスタートしてやるよ」
「……あんまりハンデつけられたら、それはそれでくやしい」
「なんだよ、それ」
ヨウちゃん、お腹を抱えてケラケラ。
あ~あ。あたしって、我ながら色気ない。
いちおう、あたしは女の子で。
男子の部屋に入ってるんだけど。
ふつうに、テレビゲームでムキになっちゃうとかさ。
卯月うづき先輩のときはどうだったんだろ……?
思い出さなくてもいいことを、思い出しちゃって、胸の奥がチクンと痛んだ。
春から、六月の終わりくらいまで、ヨウちゃんは一個年上の卯月先輩とつきあってた。
美人で、お化粧してて、スレンダーで。髪の毛はつやつやのストレートで。
ヨウちゃん……。先輩をこの部屋に入れたんだよね……。
「おい、綾っ! 車落ちるっ!」
ヨウちゃんに言われてゲーム画面を見たら、あたしの緑のゴーカートが、カーブを直進して、崖の下に落っこちてた。
「おまえ、ちゃんと前見ろよ。また、オレに負けるぞ?」
「……うん」
ぼんやりとつぶやいたら、ヨウちゃんが横からチラッとあたしの顔を見た。
グウウンとエンジン音をひびかせて、テレビの中を二台のゴーカートが走っていく。
明るいゲームのBGM。外からきこえてくるのは、窓ガラスにはばまれて小さくなったセミの声。
だけど、あたしたち、急に石になっちゃったみたい。口を閉じて、ただ指先で、コントローラーだけを動かしてる。
ボカンと爆発音がして、ヨウちゃんのゴーカートが、壁に衝突した。
……あれ? ヨウちゃん?
ヨウちゃんは、レースを立て直すこともなく、煙の出ている自分のゴーカートをぼんやりとながめてる。
「……綾。好きな人ってだれ?」
「……え?」
ヨウちゃんは目をつむって。また開けた。
「誠に話したんだろ?『わすれられない好きな人がいる』って」
って、ええええ~っ!? それ、きく~っ !?
そんなの、わざわざきかなくたって、だれにでもわかることじゃん!
「う~」って歯をかみしめて。抱え込んだひざで、熱くなったほっぺたを隠して。
目だけあげて、静かな右どなりを見たら、ヨウちゃんはベッドに肩でもたれて、うつむいてた。
……え? 本気……?
しょぼんとしちゃって、元気ない。
なんで……そんなに、自信ないの……?
あたしは、すーと息を吸い込んだ。
「あたしの好きな人はね、すっごいビビリでヘタレなの。人に、好きな人のことをきくくせに、自分は面と向かって告白できないの」
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