ナイショの妖精さん

くまの広珠

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4 忘却のゆくえ

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 スクールバッグをかついで教室に入ると、一時間目が終わった後だった。

 一年のクラスメイトたちがあちこちにたむろして、笑いあったり、はしゃいだりしている。

 堂々と遅刻してきたオレに、大岩がチラッと視線を投げた。

 それだけだった。

 みんな、互いの世界を楽しんでいて、オレの入る余地はない。


 のぞんだ結果……か。


 軽く息をはいて、自分の席に歩いていく。

 教室の真ん真ん中だけが、スポットライトを浴びたように、明るくかがやいて見えた。


 綾がケラケラと笑っている。

 頭のてっぺんで、ぴろんとそり返るアホ毛。本人の顔も赤ん坊みたいに無邪気で、裏とか毒気とか、人間が持っている黒々としたものを、なにひとつ持ち合わせていないように見える。

 胸がキュンっと鳴った。


 オレ……いまだに……か。


 この感情から逃げようとしても、逃げようとしても、体は正直に反応してしまう。


 アホか。遠ざけて、断ち切って。ぜんぶオレ自身でやったことじゃねぇか。


 綾のとなりの席で、誠が綾の顔をのぞきこんでいる。鼻の頭と鼻の頭がくっつきそうだ。綾がまた笑う。ほおを赤らめて、眉尻をさげて。


 イタ……。


 胸が裂けるかと思った。


 いや、見ろ。ちゃんと確認しろ!


 きのう飲ませた薬が、綾に効いているか。

 じゃないと、先に進めない。


 背筋をのばし、胸をはり、なんでもないふりを決め込んで、オレは誠の後ろの席に歩いて行く。

 オレに気づいて、笑顔全開だった誠のほおが引きつった。永井と河瀬の視線もつきささってくる。

 だけど、綾の視線は感じない。



「……葉児」


 スクールバッグから教科書を取り出していると、誠に呼ばれた。体をねじって、イスの背もたれに手をかけて、こっちをふり返ってくる。


「……なに?」


 顔をあげると、誠は眉をひそめて、後ろ頭をかいた。


「あの……葉児には、ちゃんと話しといたほうがいいと思うから。オレ、和泉とつきあうことになった」


 こくっと、つばを飲み込んだ。


「……ああ」


 横目で、誠のとなりを見る。

 綾は誠を見あげていた。ほおが少しピンク色に染まっている。


「……そうか。よかったな。おまえら、もともとお似合いだったよ」


 自分の声が軽く、心の表面をなでていく。


「……葉児。いいんだよな……ホントに」


「なにがだよ?」


 正面からのぞきこんでくる誠の目が痛い。



 きのう、花火がはじまる前。

 オレが卯月先輩と別れて、ひとりで浅山をくだっていると、誠があたりをキョロキョロしながら、歩いてきた。


――葉児ぃ、和泉見なかった?――


 甚平姿で、頭にひょっとこのお面をつけて。手には金魚の袋をぶらさげて。誠は半泣きだった。

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