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1 花田中学一年生
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しおりを挟む《きょうから、日記をつけようと思う。
ヨウちゃんはいつも、自分のことを隠すから。
なにかあっても、平気なふりをするから。
ヨウちゃんのささいな変化も逃がさないように。
あたしは、自分の羽と交換に、ヨウちゃんと別れたんだから。
この羽をつかわなきゃならないときは、いつでも、すばやく動き出せるように。》
あたしは、つくえの上で、分厚い日記帳のページをめくった。
小六の冬、おこづかいで買った桜色の日記帳。ちゃんと分厚い表紙がついていて、辞書みたいにしっかりしてる。
《日記をつけなきゃいけないのに、あたしはヨウちゃんを、正面からちゃんと観察できない。
だって、ぜったい目が合っちゃう。
だから、こっそり、後ろから見ようって決めた。
そしたら、ヨウちゃんの背中は、なかなか見られないってことに気がついた。
あたしのほうが、背が低くて、ヨウちゃんのが、背が高いから。
教室でもあたしのつくえの方が前だし。
体育の体操は背の順。
朝礼でならぶのも背の順。
卒業式の練習で合唱するときだって、あたしが前の列で、ヨウちゃんは後ろの列。
ヨウちゃんに背中を向けているのは、いつもあたし。》
外は星空。
二階のあたしの部屋の窓で、レースのカーテンがゆれている。
パジャマに着がえて。部屋の電気を消して。勉強づくえのスタンドライトだけをつけて。
勉強づくえの前で、また日記帳のページをめくった。
《きょうは卒業式。六年生の贈る言葉は、ヨウちゃんが一番長かった。長いのにセリフをしっかり覚えていて、ハキハキ言えてた。
青森さんと窪は、私立中学に行くから、「これで最後だね」って、ヨウちゃんといろいろ話してた。ヨウちゃんは笑ってきいてて、「がんばれよ」って声をかけてた。
青森さんがそのあとに、あたしのところに来て「和泉さんもまだ、あきらめないで」だって。その言葉、うれしいのか、かなしいのか、ちょっとわからなかった。》
《春休みだから、ヨウちゃんに会えない。
ヨウちゃんの家の庭のハーブたちは、またのびはじめたかな?
ヨウちゃんはまた、ガーデニングヨウちゃんになるのかな?
ヨウちゃんのお母さんのハーブティー飲みたい。
ヨウちゃんのお父さんの書斎に行きたい。》
《入学式。ひさしぶりにヨウちゃんのお母さんを見た。うすピンク色のスーツを着て、ヨウちゃんのとなりで笑ってた。
ヨウちゃんもたまに、お母さんに話しかけてた。
あたしは、お母さんに声をかけられないように、息をひそめて、後ろのほうに隠れた。
制服姿のヨウちゃん、カッコイイ。》
シャープペンで書いた丸っこい字の上に、ポトンとしずくが落ちた。
ポトン、ポトンと、しずくがページをぬらしていく。
あたしはしゃくりあげて、目にあふれる涙をぬぐった。
「……真央ちゃんのバカ……。やっぱり、そんなことなかったじゃん……」
ヨウちゃんがいつまでもあたしを見てるなんてこと、なかった。
ずっと見ていたのは、あたしのほう。
ずっと好きなのは、あたしだけ。
「わ……わかってるもん……。いつかはこうなること、ちゃんとわかってたもん~……」
だって、ヨウちゃんは昔っから、モテモテだった。
中学に入って、カノジョができないわけない。
「それでも……そうなっても、しょうがないって決めたのは、あたしなんだから……」
「別れるのはイヤだ」って「そばにいて」って、言ってくれたヨウちゃん。つきはなしたのは、あたし。
いっしょにいることより、ヨウちゃんとはなれて、陰からヨウちゃんを見守るほうを選んだ。
「……ヨウちゃん……」
あたしは日記帳を閉じて、顔をふせた。
ほっぺたにあたる日記帳の表紙が、ひんやり冷たい。
あたしのナイショ。
あたしとヨウちゃんのナイショ――。
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