ナイショの妖精さん

くまの広珠

文字の大きさ
上 下
361 / 646
5 あたしたちの決断

51

しおりを挟む

 足元から土が消えている。


 登山道のわきが、土砂くずれにあったときのまま、崖になって、闇の底へ落ち込んでいる。


「よ、ヨウちゃ……」


 胃が浮いたような感覚がして、ジェットコースターに乗ったみたいに、体が落下しはじめた。


「きゃああああああっ!!」


 痛い、痛いっ!

 激突してくる木の枝。しめった土。


 ヨウちゃんが両腕をまわして、上からあたしの頭を守った。


「ぶっ! ふぎゃっ!!」


 目の前のモッズコートの胸に、あたしはしがみつく。


 葉っぱのにおい。

 土のにおい。

 あたしたちは抱き合ったまま、土の斜面を落ちていく。



「きさまら、どこに逃げる気だっ!! 」


 さっきまでいた登山道の上から、ハグの声がした。


 妖精の羽のついた杖が、槍のようにせまってくる。

 ヨウちゃんの背中に向かってくる。


 あたしは、肩甲骨に力を入れて、アゲハチョウの羽をはばたかせた。


 右足の裏で、地面を蹴る。重いモッズコートの胸とともに、夜空に舞いあがる。


 杖はヨウちゃんの左わきの下を通って、崖を落下していった。

 

 ハアハアと、暗がりに自分たちの息づかいがきこえてくる。

 闇に落ちていく杖を見届けてから、あたしはヨウちゃんを抱いて、ふんわり山の茂みに舞いおりた。







 ヨウちゃんの心臓の音がきこえてくる。

 あたしを頭から包み込む、頑丈な腕があったかい。


 枝の上から、フクロウの鳴き声がきこえてくると、ヨウちゃんはようやく身じろぎをした。

 のろのろと、あたしの頭から手をはなす。


 あたしは、懐中電灯をつけて、背中の羽をしまった。

 まぶしさに目をしかめるヨウちゃんのおでこを見たら、ヘッドランプは割れてしまってる。


「……綾……ほっぺた、痛いだろ?」


 ヨウちゃんは壊れたヘッドランプをはずすと、モッズコートのポケットをさぐって、小ビンを取り出した。


「……レモンバームの塗り薬?」


「……ああ」


 小ビンの中に指をつっこんで、虹色のローションをあたしのほおに塗りつける。

 虹色の光がほおにあたったと思うと、痛みは波が引くように、消えていった。


「ありがとう」


「……いや……オレのほうが助けられた。綾が来てくれて……よかった……」


 ヨウちゃんの細い声が、あたしの胸にやわらかいあかりをともす。


「ねぇ、これから、どうする……? 計画めちゃくちゃになっちゃった……。あいつをどうにかしなきゃいけないのに、このままじゃ身動きもできないよ……」


 たずねてみたけど、ヨウちゃんは返事をしない。見たら、木の根にひざを抱えて座り込み、うつむいていた。


 だよね……。ヨウちゃんにだって、かんたんには、作戦をたてられないよね……。


 あたしは崖の上をあおいだ。

 真っ黒い木の枝が、魔女の腕のように星空にのびている。この山のどこに、あいつがうろついてるのか、もうわかんない。




「綾。やっぱり、羽を切れ」



「……え?」


 あたしはまばたきして、ヨウちゃんを見返した。


「だけど……ヨウちゃんだって今……あたしに助けられたって言ったじゃない……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

図書室ピエロの噂

猫宮乾
児童書・童話
 図書室にマスク男が出るんだって。教室中がその噂で持ちきりで、〝大人〟な僕は、へきえきしている。だけどじゃんけんで負けたから、噂を確かめに行くことになっちゃった。そうしたら――……そこからぼくは、都市伝説にかかわっていくことになったんだ。※【完結】しました。宜しければご覧下さい!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

時間泥棒【完結】

虹乃ノラン
児童書・童話
平和な僕らの町で、ある日、イエローバスが衝突するという事故が起こった。ライオン公園で撮った覚えのない五人の写真を見つけた千斗たちは、意味ありげに逃げる白猫を追いかけて商店街まで行くと、不思議な空間に迷いこんでしまう。 ■目次 第一章 動かない猫 第二章 ライオン公園のタイムカプセル 第三章 魚海町シーサイド商店街 第四章 黒野時計堂 第五章 短針マシュマロと消えた写真 第六章 スカーフェイスを追って 第七章 天川の行方不明事件 第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て! 第九章 『5…4…3…2…1…‼』 第十章 不法の器の代償 第十一章 ミチルのフラッシュ 第十二章 五人の写真

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

小さなパン屋の恋物語

あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。 毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。 一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。 いつもの日常。 いつものルーチンワーク。 ◆小さなパン屋minamiのオーナー◆ 南部琴葉(ナンブコトハ) 25 早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。 自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。 この先もずっと仕事人間なんだろう。 別にそれで構わない。 そんな風に思っていた。 ◆早瀬設計事務所 副社長◆ 早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27 二人の出会いはたったひとつのパンだった。 ********** 作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...