334 / 646
3 真実を追いかけて
26
しおりを挟む浅山の中腹に、市立の植物園が建っている。
入園無料。冬でも葉ボタンやパンジーの花が咲きほこる、わりと大規模な植物園。
花壇の奥には、梅や柿やみかんなんかの低木も植わっているし、全面ガラス張りの温室だってある。
だけど、いつ来ても、お客さんがほぼゼロなのが、田舎町のかなしいところ。
「とりあえず、わたしの植物園においで。話をきくよ」と言われて、あたしは、鵤さんについてきた。
作業着の後ろポケットから、鍵をとりだして、鵤さんが門の柵を開ける。
ギイイイと門を押して、開けていく。
鵤さんは、ここの管理人さん。ヨウちゃんのお父さんが亡くなる前の友だちで、妖精のことも、フェアリー・ドクターのことも、お父さんからきいて知っている。
ヨウちゃんは、フェアリー・ドクターの薬をつくるとき、家の庭にない植物の葉や枝を鵤さんにわけてもらってる。
「毎朝、植物園に出社する前に、浅山を一周するのが日課なんだ。妖精の見守りパトロールは、もともとリズの習慣だったんだがね。どうも、受けついでしまったようでね。砲弾倉庫跡の前を通ってみたら、人がいたからおどろいたよ」
「ヨウちゃんのお父さんは、毎朝、妖精の見守りをしてたんですか?」
「そうだよ。リズはいつも、浅山の妖精たちの暮らしを、気にかけていた。ケガした妖精はいないか。こまってはいないか。リズが浅山を歩くと、今まで人間を警戒して出てこなかった妖精たちが、あつまってくるんだ。リズの肩や腕に、手乗りインコのようにとまってね。それは、それは、美しいながめだった……」
しわにかこまれた青い目で、遠くを見つめる鵤さん。
白雪姫に出てくる小人さんによく似てる。
目が青いのは、アイルランド出身だから。あたしは意味がわかんないんだけど、日本に「帰化」っていうのをしたみたい。日本名は、「鵤ダグラス」さん。
「わたしが生まれたアイルランドも妖精の伝承の宝庫だった。だから、リズからイギリスの妖精の話をきくと、故郷に帰ったような気分になれたのさ。植物園閉園後に、よくリズとふたり、植物園にウイスキーなんかを持ち込んで、飲み明かしたもんだ。そのあと、ふたりして清子せいこさんに怒られてね。
まだ、葉児君が幼い……今から、十年ほど前の話だね……」
言えない……。
ヨウちゃんのお父さんがよみがえっていて、中に黒い妖精が入っているだなんて。
「……なるほど、綾ちゃん。『妖精は、羽を切られると消滅する』――か。
たしかに、リズからそんな話をきいたことがある。その、妖精の羽を切った犯人も、それを知っている可能性が高いね。なにも知らない人間が、妖精の羽を切るとは考えにくい」
「人間がやったんですか? 猫や鳥のしわざじゃなくて」
「動物のしわざなら、妖精の体にも動物のつけた傷があると思うんだよ。綾ちゃんが見たところ、その赤毛の子の体の方は無傷だったんだよね?」
「……はい。でも……なんのために、その人は妖精の羽を切ったんだろう? あ……りんぷんが必要だった……とか」
「妖精の羽のりんぷんは、妖精と関わる人間にとっては万能薬っていう、あれかね?」
「はい……」
妖精のりんぷんは、妖精から受けたすべての傷を治す。
それに、フェアリー・ドクターの薬を無効化する――。
あたしの先に立って、植物園に足を踏み込んだ鵤さんが立ちどまった。
「な、なんだ、これはっ!? 」
あたしも息を飲んだ。
葉っぱが、めちゃくちゃにむしられてる。
花壇の中の葉ボタンやパンジーも。その奥に植わったハーブの葉っぱも。
「レモンバーム」と書かれた立て札の下の葉も、ブチブチと切られて、幹しかのこっていない。
「だれかが、夜のうちに忍び込んだのかっ 綾ちゃん、ちょっとここで待っていてくれ。わたしは警察に電話してくるっ!」
鵤さんが、入り口わきの管理棟のドアを開ける。
そして、動きをとめた。
「葉児君っ!! 」
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
たぬき
くまの広珠
児童書・童話
あの日、空は青くて、石段はどこまでも続いている気がした――
漁村に移住してきたぼくは、となりのおばあさんから「たぬきの子が出る」という話をきかされる。
小学生が読める、ほんのりと怖いお話です。
エブリスタにも投稿しました。
*この物語はフィクションです。実在の人物、団体、場所とは一切関係ありません。
がきあみ ―閻魔大王がわたしたちに運命のいたずらをした―
くまの広珠
児童書・童話
「香蘭ちゃん、好きだよ。ぼくが救ってあげられたらいいのに……」
クラスメイトの宝君は、告白してくれた直後に、わたしの前から姿を消した。
「有若宝なんてヤツ、知らねぇし」
誰も宝君を、覚えていない。
そして、土車に乗ったミイラがあらわれた……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『小栗判官』をご存知ですか?
説経節としても有名な、紀州、熊野古道にまつわる伝説です。
『小栗判官』には色々な筋の話が伝わっていますが、そのひとつをオマージュしてファンタジーをつくりました。
主人公は小学六年生――。
*エブリスタにも投稿しています。
*小学生にも理解できる表現を目指しています。
*話の性質上、実在する地名や史跡が出てきますが、すべてフィクションです。実在の人物、団体、場所とは一切関係ありません。
月神山の不気味な洋館
ひろみ透夏
児童書・童話
初めての夜は不気味な洋館で?!
満月の夜、級友サトミの家の裏庭上空でおこる怪現象を見せられたケンヂは、正体を確かめようと登った木の上で奇妙な物体と遭遇。足を踏み外し落下してしまう……。
話は昼間にさかのぼる。
両親が泊まりがけの旅行へ出かけた日、ケンヂは友人から『旅行中の両親が深夜に帰ってきて、あの世に連れて行く』という怪談を聞かされる。
その日の放課後、ふだん男子と会話などしない、おとなしい性格の級友サトミから、とつぜん話があると呼び出されたケンヂ。その話とは『今夜、私のうちに泊りにきて』という、とんでもない要求だった。
【奨励賞】おとぎの店の白雪姫
ゆちば
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 奨励賞】
母親を亡くした小学生、白雪ましろは、おとぎ商店街でレストランを経営する叔父、白雪凛悟(りんごおじさん)に引き取られる。
ぎこちない二人の生活が始まるが、ひょんなことからりんごおじさんのお店――ファミリーレストラン《りんごの木》のお手伝いをすることになったましろ。パティシエ高校生、最速のパート主婦、そしてイケメンだけど料理脳のりんごおじさんと共に、一癖も二癖もあるお客さんをおもてなし!
そしてめくるめく日常の中で、ましろはりんごおじさんとの『家族』の形を見出していく――。
小さな白雪姫が『家族』のために奔走する、おいしいほっこり物語。はじまりはじまり!
他のサイトにも掲載しています。
表紙イラストは今市阿寒様です。
絵本児童書大賞で奨励賞をいただきました。
おねしょゆうれい
ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。
※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
箱庭の少女と永遠の夜
藍沢紗夜
児童書・童話
夜だけが、その少女の世界の全てだった。
その少女は、日が沈み空が紺碧に染まっていく頃に目を覚ます。孤独な少女はその箱庭で、草花や星月を愛で暮らしていた。歌い、祈りを捧げながら。しかし夜を愛した少女は、夜には愛されていなかった……。
すべての孤独な夜に贈る、一人の少女と夜のおはなし。
ノベルアップ+、カクヨムでも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる