上 下
18 / 21

episode.17

しおりを挟む
イブの額に汗が滲む。魔法石に自分の魔力を流し続けているせいで体に負担がかかっている。

荷車の荷台にルフィナと押し込まれ、どこかの屋敷に連れられて来たがここがどこなのか分からない。薄暗くて埃っぽい部屋に閉じ込められ、ルフィナは泣き疲れて眠っている。恐怖を感じるくらいなら意識を手放してしまった方が良いだろう。

男達はルフィナに用があると言っていた。ルフィナ自体に何か価値を見出しているのかは分からないが、もうロベルトは事態に気づいているだろう。こんな事なら恥ずかしがらずに魔法石を直接渡しておけば良かった。

イブが落とした魔法石にロベルトは気付くだろうか。気付いていなければイブがやっている事は無意味だが、今は可能性に賭けるしか無い。

今は物音一つ聞こえないが、魔法が使えない事を考えると男達は近くにはいるらしい。奴らがいつ何を仕掛けてくるか分からない。ルフィナだけでも守り抜きたい気持ちはあるが、細身のイブに出来る事は限られている。

どうか、ロベルトが魔法石に気づいている事を願って、自分の魔法石に魔力を込める事しか出来ない自分の無力さを痛感する。

魔力が減ってどんどん気だるくなっていく体を少しでも楽にしようと深く深呼吸をすると、膝枕で寝ていたルフィナが寝返りを打ってイブの腰に手を回して来た。

「イブ………ごめんね」
「………うん?」
「私のせいで、こんな事になって…。私がわがままを言ったから、イブの事困らせたから、神様が怒って罰が当たったんだよ。私が、良い子じゃ無かったから…」

震える声で話すルフィナを慰めようと、イブはルフィナの頭を優しく撫でる。

「ルフィナのせいじゃないよ」

ルフィナのせいじゃない。悪いのはどう考えたってあの野蛮な男達だ。何が目的かは知らないが、まだ幼い子供にこんな恐怖を与えるなんて、イブは絶対にこの手で痛い目に合わせてやらないと気が済まない。

だがルフィナは抱きついたままブンブンと首を振る。

「イブとロベルト、結婚するんでしょ?」
「けっ、結婚!?!?」
「ロベルトは本当のお父さんじゃないって私知ってるの。だから怖かったの。もし、ロベルトに邪魔な子だと思われたら私行くところ無いから。だから、本当はイブの事大好きなのに、ロベルトと結婚しなきゃ良いと思っちゃったの。ごめんなさい」
「…………そんな事、ロベルトさんが思うはず無いよ」

結婚という衝撃ワードは一旦置いておこう。何がどうあれ、ロベルトがルフィナを見捨てる事は無いだろう。イブは第三者の視点から2人を見て来たから、ロベルトがルフィナを溺愛しているのを知っている。だからこそ、イブはルフィナがロベルトの本当の娘だと疑わなかった。

事実を知っても、イブとロベルトの間で何かが変わっても、ルフィナに対する愛情だけは変わらない。

ふと、イブが僅かに顔を上げる。折角の可愛らしい顔立ちが、泣いたせいで目が赤く腫れているのを見ると心が痛む。

「イブは…?」
「……………え?」
「イブは私のこと、嫌いじゃない?」
「嫌いじゃ無いよ、嫌いなわけ無いでしょ?」

ルフィナは、止まっていた涙がポロポロと再び溢れ出す。

まだ小さな体で、自分が置かれている状況を悟って、どれだけ不安な思いをして来ただろう。どれだけ気を張って生きて来たのだろう。

思えば初めて会った時、イブの事をあれほど警戒していたルフィナが、イブの家に預けられる事を嫌がる素振りを見せなかったのも、魔法を一生懸命覚えようとしていたのも、ただロベルトに嫌われたく無い一心だったのだろう。

ルフィナは自分とは違う、母親は居なくとも恵まれた環境に置かれていると勘違いしていた。未来に何の心配事も無く生きているのだと、それで良いはずなのにどこかで自分との違いに線引きをしていたかもしれない。

「謝るのは、私の方。守りきれなくてごめん」

またルフィナがブンブンと大きく首を振る。

「でも安心して。私もロベルトさんも絶対にあなたを見捨てたりしないから」
「イブ……具合悪いの…?」
「大丈夫。心配無いよ」

額から嫌な汗が伝ってくるが、イブは無理にでも笑みを浮かべた。

イブはこう見えても元宮廷魔導士だ。魔力量にはそれなりに自信があったが、流石にかなりの魔力を消費しているせいで体が重い。

今後、どうにか戦って逃げ出すために魔力を残しておくべきか、ロベルトが来ることに賭けて魔法石に魔力を流し続けるか、選択の時が迫って来ている。

辺りはもう真っ暗になっているだろう。ここから逃げ出したとして、場所が分からないから外にも危険はある。ルフィナを連れて逃げ出す事が得策か、確証のない助けが来るのを待つべきか…。

イブがため息を吐いたその時だった。

静かだった屋敷の中にドタドタと足音が響くと、ルフィナは驚いてイブを掴む力を強めた。イブ自身も、男達に何か動きがあったのだろうと緊張が走る。

「大丈夫、私が絶対に守るから。後ろに隠れていて」

ルフィナを立ち上がらせて背後に隠す。幸い、この部屋の出入り口は一つだけだ。敵襲があるとすればドアのみ。イブはドアの正面に立って身構えた。

ガチャガチャと慌ただしく鍵を開ける音が室内に響く。イブは魔法のタイミングを誤らないように心を落ち着かせるために深呼吸をした。

カチャッと音がして、ついに施錠が外される。ドアが開いた先にいたのは…

「イブ!ルフィナ!!無事か!?」
「っ!!!!!」

僅かな明かりでも、見間違えるはずがない。シルバーの髪にブルーの瞳。

ルフィナが安心したように「うわーん!」と泣きながらロベルトの方へと駆け出し、勢いそのままに飛び込んだルフィナだったが、ロベルトはそれを最も簡単に受け止める。

イブも安堵から全身の力が抜けて、ヘタリとその場に座り込んだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

処理中です...