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episode.05
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森の小さな魔女の家、狭い食卓に3人分の食事がぎゅうぎゅうに並べられた光景も見慣れつつある。
ルフィナは疲れてしまったのか、食事をしながらウトウトし始めたのでイブのベッドに連れていくとすぐに眠ってしまった。
寝顔を眺めながらロベルトが口を開く。
「ルフィナはちゃんとやっているか?」
「はい。覚えも良いですし、頑張ってますよ」
「…そうか。俺が言うのもなんだが、お前に迷惑をかけていないかといつも心配していたんだ」
「大丈夫ですよ」
ロベルトが父親らしくしているとイブの心は切なくなる。そんな心情を隠そうと笑みを浮かべてみるが、うまく笑えているかは定かでは無い。
「ルフィナも、お前といるのは楽しいらしい。その前に雇っていた魔導士とは反りが合わなかったんだ」
ルフィナはまだ幼い。イブのところに来る以前から魔法を学ぶ機会を与えられていたのは初耳だった。
「……教育熱心なんですね」
何となしに口にしたイブの発言に、ロベルトは自嘲するように鼻で笑った。
「そうじゃない。俺も屋敷の使用人も魔法が使えないし、本来なら自然に覚えられる魔法も他人を頼らなければ教えられないだけだ」
本来なら、母親から学ぶ事がたくさんあっただろうが、ルフィナの母親はもうこの世にはいない。イブは自分の発言が軽率だったと反省した。
「魔法が使えないからと言って負い目を感じる必要はありませんよ。ロベルトさんは立派な人です」
「そうでもないさ」
どうしたのだろうと思う。こんな風に自分を蔑むのはいつも淡々としているロベルトらしく無いし、こちらの調子も狂う。
イブはなんとか心を落ち着かせようと立ち上がり、簡単な魔法を使って一瞬でお湯を沸かした。お気に入りのハーブティーを2杯分用意し、1杯はロベルトに差し出す。
「疲れが取れます。良かったらどうぞ」
「………薬か?」
「これはただのハーブティーです。お望みでしたらそう言う薬もありますけど」
イブの提案には答える事なくロベルトはティーカップに口をつけた。ゴツゴツした手、伏せた目元、色白の肌…全てに目を奪われそうになって慌てて視線を逸らす。
近衛騎士としての立場、使用人がいるとは言え一人で幼い子供を育てる苦労、その大変さはイブには想像し難い。
少しでも、彼の疲れを癒せたなら…。
イブはロベルトに視線を戻すと、密かに回復魔法をかける。劇的なものでは無く、素人では魔法をかけられている事に気づかないほどに穏やかに作用するよう調節する。
イブの自己満足だ。気づかれなくても良い、そう思っていたのだが、ロベルトはカップを置くと真っ直ぐにイブを見据えた。
「やはり、流石だな」
「……?」
「お前の魔法は心地がいい。感謝する」
「……………いえ…」
こうも簡単に見抜かれると、流石と言われたところで少々自信が無くなる。
多属性魔法とは、異なる属性の魔法を使用出来る反面、その一つ一つの能力を極限まで極めるのは難しい。イブは自分が使う魔法は全て中途半端だと自覚している。マスターにも到底敵わない。
宮廷魔導士を辞する事を決めた理由の一つだ。
実力主義の魔導士団で、多少の嫉みや僻みもあっただろうが、特異で半端者のイブは完全に浮いていた。攻撃魔法も治癒魔法も使えるイブは魔物の討伐時には重宝されていたがそれが仇となった。マスターのような処世術も持ち合わせておらず、折角憧れのロベルトに認められても、騎士団員に媚びを売っていると噂され、あの場にイブの居場所はどこにも無くなっていた。
イブは全てを投げ捨て逃げ出した弱虫だ。到底ロベルトに見合うはずも無い。
ルフィナはいずれイブを超えて立派な魔導士になるだろう。イブがルフィナに教えられる事には限りがある。あと1年弱で魔術学園への入学が認められる年齢になるし、その前にもっと優秀な師との出会いがあるかもしれない。
いずれ、終わりはやって来る。今は夢を見ているようなもの。
1人でいる事を選んだのは自分自身だ。ロベルトやルフィナと関わりを持つ事になったのは予定外だったが、いつか、これもいい思い出として消化出来るはずだ。
ならば未来の自分を苦しめる事になろうとも、今はこの時間を思う存分堪能しなければ勿体ないかもしれない。
イブは紅茶を飲みながら、こっそりとロベルトを盗み見た。
ため息が出るほど美しい横顔だった。
ルフィナは疲れてしまったのか、食事をしながらウトウトし始めたのでイブのベッドに連れていくとすぐに眠ってしまった。
寝顔を眺めながらロベルトが口を開く。
「ルフィナはちゃんとやっているか?」
「はい。覚えも良いですし、頑張ってますよ」
「…そうか。俺が言うのもなんだが、お前に迷惑をかけていないかといつも心配していたんだ」
「大丈夫ですよ」
ロベルトが父親らしくしているとイブの心は切なくなる。そんな心情を隠そうと笑みを浮かべてみるが、うまく笑えているかは定かでは無い。
「ルフィナも、お前といるのは楽しいらしい。その前に雇っていた魔導士とは反りが合わなかったんだ」
ルフィナはまだ幼い。イブのところに来る以前から魔法を学ぶ機会を与えられていたのは初耳だった。
「……教育熱心なんですね」
何となしに口にしたイブの発言に、ロベルトは自嘲するように鼻で笑った。
「そうじゃない。俺も屋敷の使用人も魔法が使えないし、本来なら自然に覚えられる魔法も他人を頼らなければ教えられないだけだ」
本来なら、母親から学ぶ事がたくさんあっただろうが、ルフィナの母親はもうこの世にはいない。イブは自分の発言が軽率だったと反省した。
「魔法が使えないからと言って負い目を感じる必要はありませんよ。ロベルトさんは立派な人です」
「そうでもないさ」
どうしたのだろうと思う。こんな風に自分を蔑むのはいつも淡々としているロベルトらしく無いし、こちらの調子も狂う。
イブはなんとか心を落ち着かせようと立ち上がり、簡単な魔法を使って一瞬でお湯を沸かした。お気に入りのハーブティーを2杯分用意し、1杯はロベルトに差し出す。
「疲れが取れます。良かったらどうぞ」
「………薬か?」
「これはただのハーブティーです。お望みでしたらそう言う薬もありますけど」
イブの提案には答える事なくロベルトはティーカップに口をつけた。ゴツゴツした手、伏せた目元、色白の肌…全てに目を奪われそうになって慌てて視線を逸らす。
近衛騎士としての立場、使用人がいるとは言え一人で幼い子供を育てる苦労、その大変さはイブには想像し難い。
少しでも、彼の疲れを癒せたなら…。
イブはロベルトに視線を戻すと、密かに回復魔法をかける。劇的なものでは無く、素人では魔法をかけられている事に気づかないほどに穏やかに作用するよう調節する。
イブの自己満足だ。気づかれなくても良い、そう思っていたのだが、ロベルトはカップを置くと真っ直ぐにイブを見据えた。
「やはり、流石だな」
「……?」
「お前の魔法は心地がいい。感謝する」
「……………いえ…」
こうも簡単に見抜かれると、流石と言われたところで少々自信が無くなる。
多属性魔法とは、異なる属性の魔法を使用出来る反面、その一つ一つの能力を極限まで極めるのは難しい。イブは自分が使う魔法は全て中途半端だと自覚している。マスターにも到底敵わない。
宮廷魔導士を辞する事を決めた理由の一つだ。
実力主義の魔導士団で、多少の嫉みや僻みもあっただろうが、特異で半端者のイブは完全に浮いていた。攻撃魔法も治癒魔法も使えるイブは魔物の討伐時には重宝されていたがそれが仇となった。マスターのような処世術も持ち合わせておらず、折角憧れのロベルトに認められても、騎士団員に媚びを売っていると噂され、あの場にイブの居場所はどこにも無くなっていた。
イブは全てを投げ捨て逃げ出した弱虫だ。到底ロベルトに見合うはずも無い。
ルフィナはいずれイブを超えて立派な魔導士になるだろう。イブがルフィナに教えられる事には限りがある。あと1年弱で魔術学園への入学が認められる年齢になるし、その前にもっと優秀な師との出会いがあるかもしれない。
いずれ、終わりはやって来る。今は夢を見ているようなもの。
1人でいる事を選んだのは自分自身だ。ロベルトやルフィナと関わりを持つ事になったのは予定外だったが、いつか、これもいい思い出として消化出来るはずだ。
ならば未来の自分を苦しめる事になろうとも、今はこの時間を思う存分堪能しなければ勿体ないかもしれない。
イブは紅茶を飲みながら、こっそりとロベルトを盗み見た。
ため息が出るほど美しい横顔だった。
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